証 (あかし)

今度ばかりは、次元から折れるつもりはなかった。
ルパンとやりあったのは昨夜のこと。
きっかけはたぶん些細なことだったのだろう。珍しくもない皮肉の応酬も時にはエスカレートすることがある。売り言葉に買い言葉で互いに引けなくなった挙句、終いには捨て台詞の投げ合いだ。
  『うるせーんだよ次元はっ。いちいちお前に世話ぁ焼かれたかねーや』
  『あぁそうかい。じゃ、一人で勝手にやんな』
  『望むところだぜ、せいせいすらぁ』
(ったく、どれだけ俺が尻拭いしてきたと思ってるんだ)
自室のベッドに寝転がって、次元は胸のうちで悪態をついた。
しかし…だ。
今夜のヤマには次元が必要なのである。
腹を立てているのではない。ましてや、詫びが欲しいわけでもない。
必要なら呼びに来な――と、態度で示しているだけだ。それこそがルパンにとって「折れる」ことだとわかっている。しかもアジトに二人きりでは、彼自身が足を運ぶしかないのだから。
事態は根競べになりつつある。とはいえ、タイムリミットは迫っている。
(ルパンの奴、粘りやがるな。だがそろそろ行かねぇと……)
今回はタイミングが勝負のきわどい仕事だ。細部はこれから詰めるというのに、ドアは一向に開く気配がない。視線は無意識のうちにドアと時計を往復する。
苛立ちまぎれの煙草を手に取ったそのとき、外から耳慣れた音が響いてきた。
次元は跳ね起きると、道路側の窓に駆け寄ってカーテンを引く。まさかと思ったが、やはりSSKが出て行くところだ。
(あ・あのヤロウ、俺を置いて行きやがった!)
醒めていた怒りが瞬時に沸騰した。同時に疑問も湧いてくる。
(本当に一人でやる気なのか?)
次元の手を必要とせず、ルパンだけで決行する目途が立ったというのか。 それとも――
(……畜生、勝手にしやがれ。俺ぁ今度こそ絶対に知らねぇからなっ!)
遠ざかるベンツに背を向け、次元は拳を壁に叩きつけた。

『幻のダイヤなんだぜ?』
ルパンはなんとか相棒の関心を引こうとする。半月も部屋に籠って練り上げた計画なのだ。が、次元は素っ気なく水を差す。
『アテにはならねぇな、そんな謳い文句はよ。一体どんなシロモノなんだ』
『とにかく二つとないダイヤさ。な、見てみたいだろ? それに他の宝石コレクションだって100万ドルはくだらないって――』
『気に食わねぇな』
次元は渋い表情で屋敷の見取り図に目を落とす。ルパンが拗ねたように口を曲げた。
『なんだよ…獲物が? 金庫が?』
『金庫さ。この仕掛けを考えた奴ぁ、よっぽど性格が悪いんだろうぜ』

(まったくだよなぁ、次元)
その金庫室を目の前にして、ルパンは唇だけに笑みを浮かべる。
ここまで来るのは簡単なのだ。屋敷は表向き無防備な上、ひとりの警官も立ち入らせていない。
しかし、その無防備さは、餌である。
金庫室への侵入者は数知れないが自力で出てきた者はない。警察が"事前"にルパンを捕えるのを禁じられている様子なのも、自信の表れだろう。にもかかわらず外で張っている銭形達は、当然、盗みに成功して出てくるルパンを待ち構えているわけで。
(とっつあんのご期待に応えてあげなくっちゃ〜ね)
今しがた時報で合わせたばかりの腕時計を見遣る。
作戦開始は23時50分。
見た目オーソドックスなマホガニーの扉に鍵は掛かっていないが、入って閉めたら最後、10分以内に金庫を開けない限り出られない。といってこの扉を閉めなければ金庫も開かないよう作られている。
(ンじゃ、ゲームを始めましょっか)
ゆっくりと扉を押し開く。額にはめたライトが、部屋の奥にある金庫を照らし出す。
23時50分ジャスト、ルパンは後ろ手に出口を閉ざした。

『鍵を解除しても警報が鳴るなんて、随分と奇妙な金庫だぜ。おまけにセキュリティを切っても鳴っちまうんじゃ……待てよ、それじゃ持ち主はどうやって金庫を開けるんだ?』
『そりゃ〜モチロン開け方があンのよ』
忌々しげに金庫の図面を弾く次元に、ルパンは得意そうな眼を向けた。
『この金庫は鍵とセキュリティが連動してるんだ。ふたつを同時に解除すれば警報は鳴らない。セキュリティは警備会社の担当なんだが、金庫室にホットラインがあってな、連絡を取りながらタイミングを合わせて解除すんのさ。で、そいつを3回クリアしてようやくご開帳〜!って寸法よ』
『なるほど。だがそうすると警備会社には容易に忍び込めねぇだろうな』
『そ〜れが解除信号は単なるオフだから線を切っても同じなのよ。凝った仕掛けって意外と抜けがあンのよね〜。金庫室で無線が使えねぇのが難点だけっど、時間を決めときゃなんとかなるだろ』
『10分間で3回の解除か。で、その"同時"の許容誤差は?』
『そうだな、ほぼ1秒ってとこか』
帽子の下で、次元の眉間に皺が寄った。

見た目はオールドタイプのダイヤルのくせに、中身は最新技術が使われているらしい。
しかしダイヤル部が機械式であることは調査済みだ。聴診器からのわずかな音も指先に伝わる微かな振動も逃すまいと、ルパンは全身の感覚をそばだてる。
とっかかりは金庫のクセを探りながらキーを見つけるのが常だ。だから最初のキーに4分を割り当てたが、すでに3分を回ってしまっている。
(…やっぱり、ここだろうな)
ようやく確信が持てて時計を見ると、残り10秒である。ルパンはダイヤルの横にあるボタンを見遣った。これを押すのと、次元が最初のターゲットを撃ち抜くタイミングのズレが1秒以内に収まれば、第一段階は成功だ。
(さぁて、と。上手くいくかな?)
秒針の動きと、ボタンに触れた指に、神経を集中させる。
……3……2……1……
指に力を込める。警報は――鳴らない。静かなものだ。
「ナ〜イスショット」
ルパンは満足げにくすくす笑う。そして次のキーを探すべくダイヤルに手をかけた。
ところが――
今度はいともあっさりとキーが見つかった。時間はまだ1分も経っていない。何度か確認したが、やはりこれ以外は考えられなかった。
(やれやれ、さっさと済ましちまいたいトコロだが、そうもいかねぇしなぁ〜)
こちらの様子を次元に伝えるすべはない。それに、相手も同じく順調とは限らないのだ。

『線を切れなんて簡単に言うがな、無線もなしで誤差1秒たぁ無謀としか思えねぇ』
次元は3つの×印がついた屋敷の図面を、突き返すようにルパンの方へ押しやった。
後から追加されたセキュリティは他の電気系統とは別に、取って付けたような配線がなされている。とはいえターゲットたり得る箇所がざらにあるはずもなく。
『いくら警備が薄いったって、これだけの範囲を2・3分で移動するんだ。しかも無線が使えなきゃ、互いに何があっても決めた時間は変えられねぇ。こいつをやってみようなんて考える奴は他にいないぜ』
『それをやるのがルパン様よ。次元こそお前らしくないこと言うじゃねぇの』
『俺はいいさ、万一失敗しても逃げられる。が、お前ぇは高圧電流の餌食だぞ』
『縁起悪ぃこと言うなぃ。まぁあの世に行った奴はいねえみてーだぜ。監獄行き〜は間違いねぇだろうけっどな』
他人事のように笑うルパンへ、次元が苦々しい視線を送る。
『気に食わねぇ、こいつは防犯装置じゃなくてネズミ捕りだぜ。甘いエサでおびき寄せやがって』
『だ〜から俺たちが鼻を明かしてやろうじゃないのよ。どっちにしろもう遅いぜぇ。とっつあんへのご挨拶は済ませちまったかンな』
『ちっ、手回しのいいこった。だがなぁ…他の方法はねぇのか? 警報が鳴ったって逃げられなくはねぇだろう』
『まぁな。斬鉄剣なら金庫も扉も斬れるし、屋敷内の警備はゆるいし』
『だったら……』
『この金庫はちゃ〜んと開けてやりたいんだ。"幻のダイヤ"に対する礼儀ってモンだからな』

(……つっても、道は険しいぜ)
2つまではクリアしたが、悪い予感に限って当たるものだ。3つめのキー探しは難航を極めている。それらしい引っかかりが二箇所あって、どちらがキーか決め手が見出せない。
しかし苦戦しているのはルパンだけではないはずだ。最後のターゲットが一番厄介だと次元は言っていたのである。
ルパンは腕に目を遣った。もはや時間切れのようだ。
(仕方ねぇや。ま、どっちかを選ぶとすりゃ…やっぱこっちだよなぁ?)
ダイヤルを3にセットする。秒針が12を指すと同時にボタンを押し込む。
その瞬間、鍵の外れる音がしたのかしなかったのか……
取っ手を掴んで引き寄せると、金庫の扉は静かに開け放たれた。
「やぁったぜ、次元!」
跳び上がった拍子に、額から汗が滴り落ちた。
――そして
なんとか周辺の警備をかいくぐって、ルパンは落ち合う場所に辿り着いた。が、
「おーい、次元―?」
そこには車の影も人の気配もない。辺りを見回しても草木が生い茂っているだけだ。
「あ・あんニャロー! 俺を置いて行きやがったなぁ〜っ!!」
乗ってきたベンツは1キロほど離れたところにある。しかもうっかり上げた声が巡回中の警官達に気づかれたようだ。
「やべぇ。チクショー、次元のヤツ〜!」
ルパンは屋敷に背を向け、あたふたと地面を蹴った。

『いわば"幻のダイヤ"ってお姫様を迎えに行くナイトの気分なのよ、わかるぅ? ま、俺と違って次元はナイトってガラじゃないから、わっかんないかなぁ〜?』
『けっ、カッコつけやがって。せいぜい気をつけるんだな。サルの黒焼きなんざ出来たって旨くもなさそうだしよ』
『…なぁに、誰かサンが失敗しなきゃ大丈夫さ。まさか世界一のガンマンが撃ち損じるとは思わねぇけっど?』
『…そうだな、世界一の大泥棒が似合わねぇナイトを気取った挙句、黒焦げで牢の中なんてドジを踏むとも思えねぇしな』
『なんだとぉ、俺様がドジを踏むわきゃねっだろが』
『よっく言うぜ。お前ぇのドジやマヌケのせいで、どんだけヒドイ目に遭ってきたと思ってんだ!』
『多少のスリルはお楽しみなんだよっ。いっつも俺の機転で助かってっだろ!』
『何度俺がフォローしてやったか、数えきれねぇな』
『うるせーんだよ次元はっ。いちいちお前に世話ぁ焼かれたかねーや』
『あぁそうかい。じゃ、一人で勝手にやんな』
『望むところだぜ、せいせいすらぁ』

思い出した喧嘩の原因に忍び笑いを漏らしながら、ルパンはリビングに入っていった。
長い足を組んでソファに寝そべっている男の上半身は、広げた新聞紙に埋もれている。ルパンは毛布を引っぺがすように新聞を捲り、さらに髭面を隠している帽子をも摘み上げる。
と、いきなり起き上がった次元に胸倉を掴まれた。
「わぁっ! 次元、待ったっ、こぼれる!」
的外れな悲鳴に、次元は力を緩めてルパンを見つめた。目をまるくしているルパンの右手には次元のトレードマークが、左手には琥珀色の液体と氷の入ったグラスがある。
「頼むからさ、こいつで機嫌直してくれよ。な?」
人懐こい笑みを浮かべて左手を差し出す。カランという音とともにグラスの中がきらめいた。仏頂面のまま手を伸ばして受け取ると、頭にトレードマークが戻ってきた。
「……無茶しやがって」
「あらぁ〜、ナンのコトかしらん?」
ルパンは指にこぼれた液体を勿体無げに舐めている。次元の鼻腔にも上等なブランデーの香りが届いた。どうやらとっておきの瓶を開けたらしい。
しかし次元の眼は、グラスの中で虹色を放つ塊に吸い寄せられている。しばらく光にかざして眺めた後、ふと首を傾げて一息に中身を飲み干した。
ちゃんと味わえよなぁという苦情を聞き流して、そのゴルフボール大の塊をつまみ出す。
「変だな。このダイヤ、なんか歪んでねぇか?」
「ふふん、そこが"幻のダイヤ"たる由縁なのよ」
自分のグラスに酒を注ぎながら、ルパンは嬉しそうに話を始める。
「ダイヤの品質ってのは素材と加工技術で決まる。このダイヤはな、平たく言えば素材の質が悪いのよ。まぁ悪いっつーかクセがあるっつーか、結晶構造に歪みがあんのさ。常識的には対称なカットでなきゃ輝きが落ちるんだが、コイツの場合は綺麗に光を反射しねーんだ。だから普通なら宝石には使われない」
「ははぁ、ワザと歪んだカットをしたってことか」
「そうなんだけんど、口で言うほど簡単じゃないんだぜぇ。一面一面をダイヤの癖に合わせて削ってくんだから。スゲエよなぁ……むしろ歪みがある分、不思議と味のある光り方してっだろ」
興奮で乾いた舌をブランデーで湿らせてから、ルパンは言葉を加えた。
「これと似たタイプのダイヤにな、コンピュータ解析でカットを試みた研究所があるんだよ。だが、ひとつとしてこれほどの輝きは得られなかった。上質で大きいダイヤなら他にもある。が、コイツは文字通り、世界にただひとつのダイヤなのさ」
ルパンはこの獲物に心底惚れ込んでいるらしい。上機嫌な相棒に次元も顔をほころばせ、ダイヤを空のグラスに戻してルパンに渡した。
「しかし…カットした奴ぁ物好きだな。何だってそんなに面倒で手のかかるヤツを選んだんだ?」
「さぁ? これだけ大きい上質なダイヤがなかったのか、自分の腕を試したかったのか、コイツが気に入っちまっただけなのか……。いずれにせよ大した腕の持ち主だったことは確かだよ。名前も何にも残っちゃいないが、コイツの輝きがその証だ」
ダイヤをそのままに再び満たされたグラスを、次元はゆっくりと傾けた。ビロードの舌触りと深い味わいを堪能しつつ、手の中で揺らして"幻の"輝きを楽しむ。
世界に唯一の素材と、それを最大限に活かす者。両者が出逢った証である奇跡の輝き。
「悪くねぇな」
「だろ?」
「そういや、100万ドルとかいう他の宝石はどうしたんだ?」
「他の? …あぁ」
ルパンはすっかり忘れていたという表情で、さらりと言った。
「とっつぁんがあ〜んまりしつっこいもんだからさ、くれてやっちまったよ」



いつも大変お世話になっているkonさんから、こんなに素晴らしい作品を戴きましたv
作品を戴くに当たって、リクエストまで聞いてくださったんです(感涙)。
私のお願いしたのは、ルパンと次元の「喧嘩→仲直り」。
こんな曖昧なリクエストに対して、これほどスリリングで、ルパンチックな作品を戴けるなんて!
本当に感激でした。ありがとうございました!!
これぞ相棒!ですよねv

さて、うちのサイトのキリ番(7万ヒット)として、konさんからリクエストをいただき、
この作品に私のイラストをつけさせていただきました。
もし宜しかったら、こちらからご覧くださいませ。

konさん、ありがとうございましたvv

konさんのサイト「Fellows

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送