蛍火

 「どうしても行くのですか。」
一人の女が今、五右ェ門の前にいた。
 「・・・・・・。」
言葉を返さず去って行く五右ェ門の背に女の声が突き刺さる。
 「五右ェ門さん、私は一生あなたを恨みます!」


5年ぶり・・・
実に5年ぶりに五右ェ門はこの村に来た。
修行の為に日本へやって来た五右ェ門の元へ手紙が送られてきた。
内容は決着を付けたい。この村に戻って来いと言うことだった。
そして村にやって来た五右ェ門を、一人の女が待っていた。
ーー決闘をしないで欲しいーー
すがり付く様にして女は哀願した。
しかし、その願いを五右ェ門が聞き入れる事はなかった。
小さな川の水音が静けさの中に染み入る。
宵闇のくさはらに五右ェ門は居た。
対峙しているのは歳の頃なら三十代くらいの男。
構え方こそ五右ェ門と違っているが、やはり剣術の心得があるらしく、抜き身の大刀を右斜め下に構えている。
 「変わらねえなあ、五右ェ門。」
ひとしきり風が吹き、雲間から月が顔を出す。
捲り上げた袖から剥き出た腕は痩せており、伸び放題の髪が顔にかかり、こけた頬にギラついた眼。
月光の映し出す男の容貌には、並ならぬ執念が感じられた。 
 「あの日からずっと・・・ 氷みてえに冷たいお前のそのツラを たたっ斬ることだけを考えて生きてきたんだ。 覚悟しやがれ!!」
言うや否や疾風のように男が駆け抜けた。
振り下ろされた刃を五右ェ門が刀の峰で払い退ける。
冷たく澄んだ金属音が響く。
振り向いた五右ェ門の目に、再び下段に構え突進して来る男の姿が飛び込んだ。
 「・・つぁあああっ!!」
 「・・!・・」
互いの刀の鎬(しのぎ)がぶつかり合い、ぎりぎりと軋む。

‘腕を上げている’
確かに男は5年前とは格段に腕を上げていた。
5年前、ひょんなことから五右ェ門は、老人を助けた。
村の長だった老人は感謝して、五右ェ門に留まる様にと持ちかけたのだった。
老人は五右ェ門に長の座を譲るとまで言った。
突然現れたよそ者が次の長になるなど、その村で生まれ育った者が簡単に許すはずも無く、特にこの男は、納得しなかった。
自分達を差し置いて、よそ者が選ばれた。
何よりも、それを修行の身であるからと、よそ者が断ったのが気に入らなかったのだ。
男はプライドが高かった。
剣の腕にも自信を持っていた。
五右ェ門に戦いを挑み、完敗した男は、‘この恥は必ず雪いでやるからな’そんな言葉を残して村から姿を消したのだ。
一際激しい火花を散らし、二つの影が弾けるように離れた。
 ‘5年前とは明らかに違う’
まるで別人のようだと五右ェ門は思った。
腕前の上達だけではない。
勝負に対する執念が、気迫が違う。
間合いを計る男は刀を下段に構え、隙をうかがう。
下段の構え・・・
もしかしたら下段にしか構えられないのかも知れない。
肩で呼吸をし、異常に汗ばんだ額をしている男の姿に、五右ェ門はふとそう思った。
痩せこけた体、土気色の肌・・・何か病を患っているに違いなかった。
刀を持ち上げ続ける力も最早無いのだ。
 「死ねぇーーー!五右ェ門ー!!」
叫び声もかすれ気味だった。
男の体力が著しく消耗しているのは疑う余地も無かったが、双眸に宿る執念の炎はより一層激しさを増し、五右ェ門はその奥に『生』そのものの輝きを見た気がした。
そして五右ェ門は『生』をーー・・斬るのだ。
一瞬の閃光を残し、舞い落ちる刃先が地面に刺さった。
折れた刀を持ったまま、ゆっくりと崩れ落ちる男の気配を背中に感じながら、五右ェ門は「仕込み」を鞘に収めた。
この男とは、こういう形でしかケリは付けられない。
それは5年前のあの日から、解っていたことだった。
この世に同じものは二ついらない。
俺かお前、どちらかでいい。
ーー・・・唯一つのもの。
それがこの男が誇りを、命を、全てを賭して求めたものだったのだ。
 「!晶左ーー・・!!」
駆け寄った女は、先刻五右ェ門にすがり付いた女。
晶左(しょうざ)と戦わないでほしいと哀願した女・・・。
女には解っていた。戦えばどちらかが必ず死ぬ。
そしてそれは・・・晶左に違いない・・と。
五右ェ門の事は噂に聞いていた。
あの剣の達人に、鋼鉄さえ斬る刀に敵うはずが無い。
戦わないで欲しい。
晶左の残り少ない命の限り、せめて病に蝕まれたその身が朽ち果てる時まで一緒に生きていたかったのだ。
男の躯を膝に抱き、女は忍び泣いた。
止め処なく流れる涙が、男の顔に雫となって落ちた。
男の顔の何と穏やかな事か。
それは成すべき事を成し遂げた、燃え尽きることの出来た者だけが湛えられる微笑だった。
何時しか女は頷いていた。
溢れる涙を拭おうともせず、何度も・・何度も頷いていた。
 「ー・・・五右ェ門さん・・・」
去り行く五右ェ門の背中を女の声が追った。
 「・・・・ありがとう。」
五右ェ門の去りし後には、くさはらがまるで男と女の最期の逢瀬を労わり隠すようにそよぎ、小さな灯りが、無数に瞬いているのだった。

                       

 −−『蛍火』・完ーー


ちゃかさんのサイトで、キリ番取らせていただきました〜vv
私、ちゃかさんの書かれる凛々しく誇り高い五右エ門が大好きなんです。
そして、このようにシビレるような素敵なお話を頂き、感激しております。とにかく深い!!
闘う五右エ門は、やっぱりどんな時よりも魅力的です。
ちゃかさん、ありがとうございました!
ちゃかさんのサイト「おきらく館」(残念ながら8月末日閉鎖されました)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送