( 実録 G・F )  不二子Ver.

「味気ないわね…」
当然の結果なのだが、味覚の方はもっとずっと正直だったようで、思わず計算なしのため息が漏れていた。
だからそれが注目を集めるのは、仕方のないこと。


そもそも店からして…。
東京・銀座という場所柄はよしとしても、地下にもぐる狭い階段は、そこが一般サラリーマンか、趣味に走った連中の社交場だと語っている。
この店が指定されたと言うことは、自分が参加者ではあっても、主役ではないと言われたも同然だった。
最大限、それを妥協するとしてもよ…。
遠くの席まで見渡しても、お宝を持っていそうなものは愚か、カクテルグラスを運んでくるものさえいないなんて。
手元のグラスをカラリと回すうちに、再び、心からのため息が漏れ出ていた。
それにしても、本当に美味しくないわ。

(どうしてこんなものを注文する気になったのかしら…)
店の雰囲気に合わせたのは嫌味半分ではあったのだけれど、まさか自分の口に入れるために、レモンまで搾る羽目になるとは思いもしなかった。
正にそんなことを思っている時、珍しく隣にいた五右ヱ門が声をかけてきた。
「お主、何を呑んでおるのだ」
「レモンサワーなんだけど」
縦長のグラスの隣にぞんざいに置かれた真半分のレモンと、それをどうにかするらしい道具。
(この店は、客にレモンを搾らせるのよ。信じられる?)
視線だけで同意を求めてみたものの、端から五右ヱ門に伝わるとは期待していない。
案の定、五右ヱ門の視線は眇められ、言葉の意味を探っているようだった。
「………」
どうせ、わたしが何を考えているかなんてわからないでしょ。
そうは口に出さず、代わりに微笑みかけてやる。
いたたまれなかったのか、五右ヱ門の視線は再びレモンに落ち、そうして
「これは…搾ったつもりなのか?」
その口から、信じられない言葉を聞いた。
(あら…面白い。たまには当たるのね)
その上、五右ヱ門の問いかけには続きがあるように見える。
「そうよ、それ以上搾れないのよ」
「…まさか。見たところ少々押しただけではないか」
「ひどいわ。力一杯搾ったのに」
本来自分ですべきはずもないことに、何の得があって一生懸命になれるだろう。それでもこれだけがんばったのだ。
「嘘を申すな。お主の力でレモン如き搾れないはずが無かろう」
「あなた、私をそんな怪力だと思ってるわけ?」
それを嘘つき扱いされたのでは、腹が立って当然だ。たとえ相手が唐変木の五右ヱ門であっても。
腹の虫は、だから別の方法で収めることとする。
「勿体ないわよねぇ…」
言えば、五右ヱ門がレモンか自分かに同情して代わりに手を出してくれるだろう。
この際、思いがどちらに傾いていたとしても構わない。五右ヱ門は自分に手を貸し、より上等の飲み物を供してくれるわけだ。
案の定、五右ヱ門は黙って搾り器を引き寄せると、軽々と果汁を搾り出した。とたんに、辺りの空気にレモンのさわやかな香気が混じる。
「まぁ、こんなに残ってたのね。さっきはこの半分も出なかったのに、さすがだわ」
所作があまりにも自然だったので、素直に感嘆が溢れた。力の加減ひとつなのだろうが、渋皮を擦らない程度に果汁だけを十二分に引き出して、香り高いレモンサワーが完成された。
「美味しい」
加わったのは、もちろんレモンだけでない。
五右ヱ門という男の香も含めての特上品だ。めったに楽しめるものではない。
フレッシュな酸味はグラスの最後まで掠れることはなく、なるほど、店側が「客にレモンを搾らせる意味」がわからないではなかった。
しかし――だ。
二つ目のグラスが運ばれてきても、五右ヱ門の視線は ―一旦はそれを確認したはずなのに― こちらを避けていた。誰もが涎を垂らすはずのボディランゲージにも、逃げるような反応しかない。
まったく…この男の考えることはわからないっ
手を貸して欲しいとこれほどアピールしているのに。五右ヱ門にとっては極簡単な動作だろうに、どうして出し惜しみするのだろう?
「ちょっと、無視しないでよ」
「お主、またこれを頼んだのか?」
「だって、美味しかったんだもの」
「…自分で搾ってはどうだ」
「どうしてよ。あんなに簡単に搾れるんだもの、やってくれたっていいじゃない」
「……本当に搾れぬのか?」
そんなことが問題ではない。
…が。そうそう、この男に理解を求めるのは一番難しい部分だろう。
仕方なくテーブルのレモンを手に取ると、先ほどやってみたのと同じように、自分でレモンを搾って見せた。
掌の中に収めるには少々小さすぎ、指先で扱うには大きすぎる。
どう持ってみても力の入れようがなく、その上手が汚れる…。
あがく思いでこすり付けてみたものの、レモンの受け皿にはわずかな果汁しか現れなかった。
「そもそも持ち方が悪いのだ。指ではなく手のひらをあてねば力は伝わらぬ」
そもそも…というのなら、そもそも五右ヱ門がやってくれればよいことなのだ。
「こう?」
仕方なしにその講釈に従うが
「いや、親指の付け根から下を――」
「親指?」
上達するつもりもないのが伝わるのか
「そうではなく…」
明らかに差し出しかけた手を、五右ヱ門は引っ込めてしまった。
どうしてわからないのだろう。
心から不思議に思う。
五右ヱ門が疑うように「搾れない…」というのは確かに正確ではない。けれど自分でする意味が見つからないだけではないのだ。
人の手の加わったものの味わいは、特別なもの。誰かと一緒にいる意味そのものなのに。
五右ヱ門には不必要なものなのだろう。力を借りること自体、自分に許すことではないのかもしれない。
五右ヱ門らしいと言ってしまえばそれまでだが、人の手のかかったものを味わう贅沢に、慣れているのが自分なのだから。
たかが酒の席のやり取りに、どうしてこれほど意固地になれるのかしら。
どこまでわかっているのかいないのか、そんな贅沢を知っていて許さない次元が、遠巻きに笑っている。初めから話に加わるつもりのないものが、行方だけ眺めてほくそ笑んでいるのは面白くなかった。
今となっては、五右ヱ門も大差ない相手だが。
「どうしたの?何か困ってる?」
ああ…やっとまともな男が登場してくれたわ。
しばらく前から視線を遣してきていた向かいの男が、今日はじめて納得のいく問いかけをしてきた。
きちんとした男には、きちんとした女性の返答を用意する。
「ええ、そうなの。レモンが上手く搾れないの…」
「俺が搾ってやるよ。貸してみな」
男の掌の中で、レモンがつぶれていく。渋皮を避けてくれた五右ヱ門程繊細ではないが、それはきっと、この男が美女の隣を占領する優男を意識して反って力が入ってしまったためだろう。
そんな男心は好ましい。
お礼には充分すぎる微笑を男とその周辺に、それから五右ヱ門にも忘れずに、分け与えた。

「わたしはグレープフルーツサワーにするわ」
誘われるままに五右ヱ門の隣から逃げ出して、手も足もゆったりと伸ばしながら男たちの視線を確認する。
誰の目にも、期待通りのワタシが映っている。
向かいの男に合わせてサワーを注文しても、不恰好なほど大きな果物に煩わされる心配もない。むしろ、自分だけに向けられる感謝の微笑を取り合って喧嘩になるほうが心配だ。
普通の― 男なら分かっているはずなのだから。
フルーツを搾るくらいの労力に代えられない、価値ある笑みがここにあると。
「…騙されぬがよいぞ」
向こうから五右ヱ門が小さく呟いたが、誰もまともに耳に入れない。負け犬の遠吠え程の意味しかなさなかっただろう。

「…お主、最後まで傍観を決め込んでおったな」
宴もお開きになってから、次元を相手に五右ヱ門が恨み言をこぼしていた。
「いやいや、面白かったぜぇ」
「他人事だと思って…」
「俺だってグレープフルーツにはちったぁ手を貸してやったぜ、なぁ?」
「よく言うわよ。全然搾ってくれなかったじゃないの」
手を貸すとかどうとか、この男たちは全くなってない。
身体をくの字にして笑う次元に、苦虫を噛み潰している五右ヱ門。どちらも女の価値を知らないという意味では同類だ。
「ルパンは名古屋に居るといったか」
「ああ、俺も明日向かう。なにか伝言あるか?」
五右ヱ門にではなく、次元はこちらへ問いかけてきた。
「わたしがいなくて退屈してるでしょうね。かわいそうにって言っといて頂戴」
「…確かにな」
ルパンがいれば、あんな面倒なコトにはならなかったはず。ルパンなら、手のかかる女の楽しみ方を知っている。甘やかしわがままを言わせることをこそ喜ぶだろう。望むこと全てを叶えられるのは自分しかいないと、確信しているに違いない。どちらの掌の上にいるのか、男と女の種類があるのは、そんな駆け引きを楽しむためだろうに。
「少しは自分で搾ってみようと思わぬのか」
ああ、また。わからない坊やね。でも
「どうして? 搾ってもらうほうが美味しいのよ」
そこがかわいい所だってことにしといてあげる。いい女の在りようを知るには、もう少しお勉強が必要なようね。




ぜひとも「五右エ門ver.」と合わせてお読みくださいねv



とある飲み会に参加していた不二子たち・・・
その時の1シーンに、これ以上ないほど「彼ららしさ」が
表れた、珠玉の作品をいただきました!!(大感激)
不二子と五右エ門のちぐはぐ具合と、絶妙の心理描写に
笑いが止まりませんvv
「贅沢」に慣れた不二子、とんでもなくいい女ですよね〜(惚)
思わず手を貸したくなる男の気分、わかりますとも!
やっちさん、本当にありがとうございました!!

やっちさんのサイトはこちらですv>>>「Fellows

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