( 実録 G・F ) 五右衛門ver.

「味気ないわね…」
隣からこぼれた言葉に視線を向ければ、もの言いたげな不二子の瞳があった。

東京・銀座。
時のころは松の内が明けたばかり。なれど正月らしい余韻が見いだせないのは、場所柄致し方ないところか。
華やかな繁華街の脇に見落としそうな入り口。細い階段を下った地下に指定の店はあった。
此度の集まり――その詳細は省くが――には相応しい雰囲気を備えていたといえよう。
和の落ち着きは望めぬものの、東洋を意識された内装が好ましい。
宴は盛り上がり酒の注文も回を重ね、不二子は先とは違う円筒形のグラスを手にしていた。

意味がわからず無言でいると、不二子はグラスを揺らして微かに眉を寄せてみせた。どうやら飲み物に対する不満らしい。
「お主、何を呑んでおるのだ」
「レモンサワーなんだけど」
言ってテーブルに目を落とす。つられて視線の先を見る。そこには半分に切られたレモンと、それを搾るための器具。
顔を上げると、不二子がにっこりと微笑んだ。
「………」
もう一度レモンを見る。切り口はわずかに凹んでいて、搾り器と一応は接触したことを伺わせていた。が……
「これは…搾ったつもりなのか?」
念のため、訊いてみる。
「そうよ、それ以上搾れないのよ」
「…まさか。見たところ少々押しただけではないか」
「ひどいわ。力一杯搾ったのに」
「嘘を申すな。お主の力でレモン如き搾れないはずが無かろう」
「あなた、私をそんな怪力だと思ってるわけ?」
(…たかがレモンを搾るのに怪力もあるまい)
まして不二子である。今更非力を主張されても笑止だが、宴の席であるから口に出すのは自粛した。
「勿体ないわよねぇ…」
明らかに確信犯的な呟きとわかる。
とはいえ、このまま捨てられるレモンは気の毒だ。
それに不二子といえど、常に悪気があるとは限らない。注文したものが予想と違って困惑しているとすれば、異国において我が身にも覚えがある。
いずれにしても些細なことゆえ搾り器を引き寄せた。心持ち力を加えるだけで、果汁は簡単に溢れ出る。
「まぁ、こんなに残ってたのね。さっきはこの半分も出なかったのに、さすがだわ」
不二子の口から、こうも素直な感嘆が聞けるとは意外だった。
果汁によってグラスは満たされ、透明だった液体は淡く色づいた。それを口に含んで、
「美味しい」
無邪気なほどの笑みを浮かべる。
その微笑が、ほんのり甘い心地よさをもたらしたのは否めない。変に勘ぐったりせず搾ってやれば良かったと、些か気が咎めた。
しかし――だ。
いつ頼んだものか、同じグラスと新たなレモンが運ばれてきた。
不二子は何ひとつ言葉もなく、ただひたすら視線を注いでくる。その間、髪の毛を撫でつけたり、目を瞬かせたり、肩を揺らしたりと落ち着きがない。
目を逸らしたまま黙っていると、
「ちょっと、無視しないでよ」
なにやら不満らしい声が飛んできた。
やむなくそちらを見れば、放置されたレモンが嫌でも視界に入る。
「お主、またこれを頼んだのか?」
「だって、美味しかったんだもの」
「…自分で搾ってはどうだ」
「どうしてよ。あんなに簡単に搾れるんだもの、やってくれたっていいじゃない」
「……本当に搾れぬのか?」
不審に満ちた眼差しを感じ取ってか、不二子は潔白を証明するかのごとく、面倒そうに手を伸ばした。
細い指先でレモンを摘み、そのまま搾り器に押し当てる。力を込めている…ようには見える。が、果汁はいくらも出てこない。当然だ。
「そもそも持ち方が悪いのだ。指ではなく手のひらをあてねば力は伝わらぬ」
「こう?」
不二子はレモンの真上から手を被せた。それで搾れぬこともないが、ヘタに当たって痛かろう。
「いや、親指の付け根から下を――」
「親指?」
手のひらの位置を指し示してやったにも関わらず、親指そのものを使おうとする。
「そうではなく…」
どうも意図する形が伝わらない。
見当違いな手つきを直してやろうとしたものの、さすがに公衆の面前で手を重ねることは憚られて止めた。途端、舌打ちでもしそうな表情が不二子の顔をかすめた。
同時に悟った。見当違いは己の方だったのだと。
さっさと搾ってくれた方が簡単で早い。
不二子の目はそう言っていた。
わたしのために力を貸してくれて当然――言葉にせずともそう語っている。
まったく…この女の考えることはわからぬ。
無論男子たるもの、困っているおなごに手を貸すことをためらうべきではない。だが、こうもあからさまに使われるとなれば話は別だ。
たかがレモンと言うやもしれぬ。
しかし日頃の良からぬ行動も、同じ理屈で成り立っているのではなかろうか。
なればこちらも同じ理屈で、不二子自身の手によって搾らせねばなるまい。
だから、されどレモンなのだ。
手助けはならぬと己を戒める。と、離れて座る次元がニヤニヤ笑っているのに気づいた。自分なら派手な喧嘩を繰り広げるであろうに、他人事だと思って呑気なものだ。
「どうしたの?何か困ってる?」
唐突に割り込んできたのは向かいの男だった。渡りに船とばかり、不二子は甘ったるい声を出す。
「ええ、そうなの。レモンが上手く絞れないの…」
「俺が搾ってやるよ。貸してみな」
男はさも嬉しそうにレモンを受け取り、力自慢のつもりか目一杯押しつぶした。
味わうための果汁ゆえ、そこまで搾り上げずともよかろうに……。
ようやく目的を達した不二子が、男を褒め称えながら視線を寄越す。それは勝ち誇った色を湛えていた。

「わたしはグレープフルーツサワーにするわ」
席を移った不二子が、そう注文しているのが聞こえた。
しばし耳を疑った。
(レモンすら搾れぬのに……いや、大きい方がかえって扱い易いだろうか?)
などと一瞬でも考えた己が愚かだった。
その大きな果実は、瞬く間に他人の手で搾り上げられた。むしろ搾ることを競っているとさえ見える。不二子はその様に恐縮するどころか、当然だと言いたげに微笑んでいる。
男たちは、その笑みに惑わされるのであろうか。
たかがグレープフルーツと甘く見ていると、それだけでは済まなくなるというのに。
「…騙されぬがよいぞ」
一応忠告してやったものの、みな笑うだけだ。
不二子の、不二子たる所以を見せつけられたように思った。

「…お主、最後まで傍観を決め込んでおったな」
宴の後。3人になってから恨み言を向けてやったが、次元は意に介する様子もない。
「いやいや、面白かったぜぇ」
「他人事だと思って…」
「俺だってグレープフルーツにはちったぁ手を貸してやったぜ、なぁ?」
「よく言うわよ。全然搾ってくれなかったじゃないの」
次元はけらけらと笑い転げている。あの状況を誰より察したであろうのに…、否、だからこそ楽しんでいるのか。
「ルパンは名古屋に居るといったか」
不愉快なので話を変えた。
「ああ、俺も明日向かう。なにか伝言あるか?」
「あなたがいなくて寂しかったって言っといて頂戴」
「…確かにな」
ルパンがいれば、あんな面倒なコトにはならなかったのだ。ルパンなら、不二子が他の男の手を借りたことをさぞかし悔しがるだろう。レモンでもグレープフルーツでも、運ばれた傍から嬉々として搾るに違いない。
そんな愚かな男たちが周囲にいれば、自らの手を使うなど馬鹿らしくなるのやもしれぬが…
「少しは自分で搾ってみようと思わぬのか」
無駄とわかっていても苦言を呈さずにはいられなかった。が、
「どうして? 搾ってもらうほうが美味しいのよ」
あっさり返ってきた言葉は、「宝石も盗ってもらうほうが美しいのよ」と、聞こえた。

ぜひとも「不二子ver.」と合わせてお読みくださいねv



とある飲み会に参加していた五右エ門たち・・・
その時の1シーンに、これ以上ないほど「彼ららしさ」が
表れた、珠玉の作品をいただきました!!(大感激)
不二子と五右エ門のちぐはぐ具合と、絶妙の心理描写に
笑いが止まりませんvv

何だかんだいっても優しく、それでいて油断しない(出来ない?)五右エ門が素敵!
私もグレープフルーツ絞って欲しいです(笑)

konさん、本当にありがとうございましたvv

konさんのサイト・「Fellows」内の「Kon-Tents!」です。

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