見ゆ

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 謎掛けは、問うも答うも、さかしらに考えをめぐらすうち邪念を生む。だから五ェ門の禅はもっぱら只管打座。黙然と、ジッとただ座っている。
 坐禅を始めた頃はやれ姿勢がどうの、息継ぎがこうのと気になった。が、形はいずれも禅の本質にあらずと思い当って楽になった。百万人いれば百万通りの禅がある、正しさがある。
 本職の禅坊主からは一喝「邪道」と食らうやも知れぬ。作法も教義もものかは、己の心が平定すればそれでよし。


 さまざまに去来する思念を、電影のこちら側で黙って眺めている。
 記憶のかなたに押し込めたはずの、怒りだの悲しみ、いたたまれぬ忸怩が不意に牙を剥く。こめかみが割れそうになる。がばと跳ね起き、手当たり次第に斬りつけて、散々に踏みにじりたくなる。
 胸を突く息苦しさについ瞠目し、五ェ門はため息をつく。剛胆と自惚れた己が精神の軟弱を嗤う。
 人の心はついに森羅万象を理解し、受け容れ、なお全き安定を遂げると云う。――其の心境、果たして生きながらたどり着くものか。すべてを映した心のどこにも、さざなみ一つ起こらぬのなら、世にこれ以上長らえる意味すら、もはや見出さぬのではあるまいか。
 自らの生に、積極的にしろ消極的にしろ、見切りをつけては何もならぬと五ェ門は直観した。生まれたからには生き抜くのみ。禅定は支えの方便。
 方便は方便にとどめねばならぬ。


 彼方に高い山の頂が見える。縁あって歩んできた半生の、延ばした方角に見える頂点を、極むることにいささかの価値もあろう。
 先に到達したと手を振る者がいる。こなたを見るのに忙しくて、すっかり背を向けたその先に、よく見れば、明らかなる道の連綿と続くのが見える。目指した峰は存外に遠い。慢心すればたちまち日が暮れる。
 ルパンが、ミサイルの一飛びでたどり着く世界の果ては、ルパンのもの。不二子が単車で乗りつける岬は不二子の。
 五ェ門も己の突端を目当て、ひたすら徒歩(かち)で行く。途中図らずも、己がため待機する音速旅客機に巡り合えば、むげに固辞するにも及ぶまいかと最近では思えるようになった。
 堕落と笑わば笑え。ちゃんとそこへ辿り着くのが肝心。


 着いた所に何があるか、今生の誰も知らぬと五ェ門は思っていた。各人がてんで勝手な景色を思い描いて進む。もうこれ以上進めなくなったとき、絶壁の眼下にはただ一面の無が広がるだけかも知れぬ。
 それは進まぬことの理由たりえず。


「五ェ門、出番だよう!」
 背後で高く呼んだ。五ェ門は両目を開けた。安楽座を解き、衣擦れの小さな音を残して立ち上がった。
 叶うならば斬りたくはない、もう何も。しかし、いざ出くわせば五ェ門は斬ってしまう。眼前に立ち塞がる障壁を、己が斬らねば先へ行けぬとき。斬らずば己が、仲間が命を落とす瀬戸際。斬った刹那に寸分の迷いも狂いもなく、後悔もまたない。ただ己に能(あた)うる業(わざ)を、死力を賭して成さん一念。
 成せば楽し、快し。一時の純粋な高まりを、五ェ門は無心で味わい、しゃぶりつくす。
 斬れば物の、人の命が終わる。代わって生くる己の身に、やがて来る最期の、安らかなるはずもなし。
 情動は互いに独歩して起こる。いずれを生ずるも、感ずるもまことの自分。重ねたはざまが轢(きし)る。五ェ門は淡く笑う。


 ――


 アジトの玄関の内側では、既にルパンと次元が、ドアにぴったりと張り付き、得物を手に身構えていた。
(来た)
 ルパンが唇だけ動かした。次元の額に一筋の汗が流れた。
 五ェ門はジリと腰を落とし、左手で剣の鯉口を切った。
 外の石だたみをコツ、コツと足音が近づいてくる。玄関の内と外の空気がピンと張り詰めた。鼻の奥が乾いて喉仏に引っ付くようだ。
 ドアノブが回った。五ェ門は抜き払った。
「ヤッ」
 今までドアだった板が細切れ、バラバラと崩れ落ちた。パン、パンと2発の破裂音が立て続いた。
 薄煙の向こうに凍りつく人影が、うっすら透けて見えてきた。


「…アレェ!」
 ルパンが素っ頓狂な声で飛びさがった。次元の手からクラッカーが滑り落ちた。五ェ門の刀身がかげった。
「不ゥ二子…ちゃん」
「ルパン!」
 不二子のまなじりが吊り上がった。
「人がせっかく尋ねてきたのに、ドアもまともにひらけないのッ」
「ま、間違えたア」
「間違いで悪かったわね、何よ。次元と五ェ門まで駆り出されちゃって」
 二人は顔を見合わせ、そろって両肩をすくめた。豊かな髪の毛にへばりついた紙リボンと紙ふぶきを、不二子は両手で散々に払いのけた。それが終わると横目でジロリとルパンを睨んだ。
「で!」
「ハ、ハイ」
「アタシと間違えて、一体誰を待ってらっしゃったわけ」
 途端にあさっての方角を向き、てんでに口笛を吹き始める男三人の姿に、不二子はいよいよ仁王立ちの腰に両手をあてた。ルパンはちらと片目をめぐらせ、不二子の肩の角度を計った。ルパンと不二子の目が合った。――不二子がクスッと笑った。
 見る間に、不二子は顎の下に手をかけ、一気に引き剥がした。べろりと剥がされた面の皮の下から、別の見慣れた顔が現れた。
 次元がぽかんと口を開け、すぐにもっと大口を開けて笑い出した。
「こいつぁ一本取られた!」
「お待ちしておりました、お姫様」
 ルパンが恭しく手振りをつけて腰を折った。
 五ェ門は身を翻し、鞘の先でチンと壁のスイッチを押した。一面張り巡らされた電飾が華やかに点灯した。




『SUPER-HAPPY 5TH ANNIVERSARY -- DEAR CLUB MERCURY !!! !』





 ―― 


 仕事を一つ終えて、五ェ門は一人座す。
 今日も生きた。己の意識がいつ、何処で途絶えようとも狼狽はせぬ腹で居る。閉じかけたしとみを幾多かいくぐり、気づけば身は元の世に在る。


 障子を隔てた庭の隅、ヒトリシズカの静かに咲く。白く細い花びらがひっそりと束になり、寄り集まって、鷺の綿毛のように揺れている。朝(あした)に生まれ夕べに閉ず。なれば何故芽吹き、繰り返し咲くことの止まぬか――


 閃光が貫いた。全身が打ち震え、心臓がわななく。
 興奮と狂喜の鼻面をジッと押さまえて、握った片拳をそろそろと開いた。そして愕然とした――たなごころに明らかなる感触を残したまま、確かに見たと思ったものは既に失せ、手繰るよすがもない。ただ我が身の、深い闇の淵に取り残されるばかり。
(…未だし)
 五ェ門は鼻から息を捨て、肩を捨てた。やがて、鞭を振るうように高く、高く背筋をもたげ、強く膨らめた胸をその上に載せた。


 五ェ門は諦めない。
 全き光の、いつかこの身を包む日まで。




当サイトの5周年のお祝いにと、mamsさんから頂きました!
mamsさんによると、私のHNから連想したタイトルで、そこから五右ェ門のこうした姿が浮かんだのだそうですv
とにかく五右ェ門カッコイイーー!!
一語一語研ぎ澄まされたような言葉に、どんどん引き込まれ、圧巻でした。
内に色々なものを秘めつつも、凛とした五右ェ門の姿が、私にもはっきり見えました。
そんでもって…ルパンたちの出でてくる一幕!!うふふふ(嬉しすぎ!)
mamsさん、夢のように幸せな1シーンを、ありがとうございました。
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