聖夜に勝る

 気が付けばすれ違って行くのは多忙な人々、軽やかに身体に浸透していくのは鈴の音。
 色とりどりのイルミネーションがあちらこちらで、闇をバックに華やかな聖夜を告げていた。
 こんなにもうかうかと盛大に今日という日を祝っているのはこの国だけである。本番では逆に、家庭的でもっとしとやかなものなのだ。
 銭形はトレンチコートのポケットからライターと煙草を取り出し、紫煙を廻らせた。
 白く浮き上がる真冬の呼吸よりも白く、煙は都会の冴えない空に溶けていく。
 彼はそれを追って空を垣間見た。星達がイルミネーションに押されるようにして、弱弱しく応える。
 こんな空でも、イルミネーションに劣る筈がない事を、人々は忘れているのだ。


 という色彩が、眠ることのない街を支配する。


 皮肉な事に、真っ先に連想させてくれたのはあの男のジャケットの色であった。
 かつて着ていた物と、今現在、銭形が知る限りに専ら身に付けているものと。男の方の赤はもっと鮮やかで、緑の方はもう少し地味な色だった気がしないでもないが。
 それから銭形は、もう一つどうしようもない事実に気づいた。
 そういえば今日、一つ歳を。
 取ったんだったな、と毎年の例に漏れず、あまりにもその反応の鈍さに自分で自分が笑えた。
 こんな特殊な日でなかったら、きっと気づく事もなかったろうに。
 この歳ぐらいになってしまうと正直あまり気にならなくなるのが事実である。
 けれども、ある意味で今日は、銭形にとって区切りの日であり、他人とは全く違った意味で特別の日なのだ。
 人々の浮かれる気配に呑まれる。間もなく明けるべき年の気配が迫り。そして、自分が歳を取ったのだと言う、なんとも実感の湧かない己自信の言葉の違和感。
 この日―銭形は、来年もこうして一人の男の跡を追うばかりの生活を続けているのだ、という何処か絶望にも似た確信を、鬼気なほど生々しく、感じるのだ。
 終りが無い事。決して。ループ、あるいはターン。
 一方では馬鹿げている、と囁いていた。俺はもちろん人間で、それはあの男同じ筈であり、いつかは必ずどちらも死ぬのだから。
 今日はまた、聖夜限定のダブルカラーが、あの男に変わって銭形を揶揄しているようでもあった。


 こんな日ぐらい休ませろ、といる筈の無い相手に悪態付く。
 帰還したのは、祖国―この国に彼らの目撃情報が出たからである。彼らもまた、今日の浮かれ気分を、この国の何処かでちゃっかり味わっているのかもしれない。
 久しぶりに家へ帰って寝ようか、と踵を返した時だった。


 「…こんな日ぐらい、休めば良いのに」


 皮肉めいた声が降って来た先には、周りとは明らかに卓立された人影が四つ。
 それを見て銭形は、やはり聖夜よりもずっとあざやかだった、と咄嗟に独り頷いた。

この小説は、里奈さんからいただきました(2002.12.16)。
何と、私の描いたとあるトップ絵からイメージして、この小説を書いてくださったとのこと。
絵を描いていて、こんなに嬉しいことってないんです、ホントに(嬉涙)。感激しました。
ちなみに里奈さんの作品を読ませていただき、さらに絵のイメージが浮かんだ私は、
ご迷惑も顧みず、里奈さんにイラストを進呈。
結果的にコラボのような形になり、本当に楽しかったです。

里奈さん、本当にありがとうございましたvv

里奈さんのサイト「ゆうやみ堂」(残念ながら閉鎖されました)

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