SHINE

月は夜の太陽
偽りの輝きは
この世界の真実を照らし出す

まとわりつくような空気が息苦しい、熱い夜。
眠れない不快さを紛らわすように、夜空の下、車を走らせて。ルパンと次元、それに五右ヱ門
がやって来たのは、アジトの近くにある海だった。
波が紡ぐ、微かな旋律が、静寂に包まれた空間に流れる。
漆黒の海を泳く白い月の光は、砂をきらめかせ、深い蒼の水面を渡りゆく風が、車から出た三
人の頬を、涼やかに撫でていった。
「気持ちいいな」
「…ああ、生き返った気分だぜ」
ルパンは大きく伸びをすると、息を吐く。そして、自分のジャケットを脱いで次元に寄越し、
靴と靴下を脱くとその場に放った。
「おい、何するんだよ。泳ぐのか?」
「まさか。でも折角だからな」
呼び掛けに振り返った怪盗は、邪気のない笑顔を残すと、海辺の方へと歩いていく。
相変わらず読めない奴だと思いながら、ふと隣に目をやると、唇にとこか苦い笑みを浮かべた
侍と、目が合った。
「…今に始まったことではあるまい」
先回りされた言葉に、次元は違いねぇ、と肩を竦めた。そうして仰いだ、星のない夜空と、寄
せる波の中を歩く彼の姿に、既視感を覚える。
艶やかな黒髪を、潮風になぷらせた五右ヱ門が、呟いた。
「まるで月や風と、戯れているようだな」
「なるほど」
見ればルパンは、海中へ足を踏み入れたところだった。
スラックスが濡れるのも構わないのか、膝下まで浸かっている。服のままで泳いだら、風邪を
引くだろうにと思い、それからそんな心配をした自分に、心中で笑った。
「どうした、やっぱり泳ぐ気にでもなったのかい」
苦笑を含んだ問いかけ、けれど。
視線を自分に向けたルパンの表情に、次元は自分の顔から、それが引いていくのを感じた。
浮かべる微笑と、漆黒の双眸の冷たさに。
「月光が冷たいのは、きっと偽りの輝きにすぎないからだろうな」
ルパンは、歌うようにそう言った。
空の海をたゆたう月から溢れる雨が、地上の海へと静かに降り続く。その光を受け止めるルパ
ンは、確かに心地好さそうだった。
どうしてだろう。
太陽と、どこまでも高く青い空。あの男には、誰よりも自由が似合う筈だ。だがそれと同じよ
うに、まるで囚われることを楽しむかのように、闇夜をその腕に抱こうとする。
何を望むのか。何を求めているのか。
自分達よりも遥かな還くを見据えるまなざしが、一体何処に向けられているのか、未だに分か
らないというのに、ルパンは立ち止まり、頑みようともしない。
けれどそれでも、青い空と暗い闇を駆けるその姿に、自分達は魅かれてしまったのだ。銭形は
もとより、五右ヱ門や、あの不二子でさえも。
はたして仲間さえ翻弄して、操る糸に絡めた怪盗が、右手をゆるやかに掲げる。
「でも俺は、この光が好きだ。太陽の輝きは、あまりに強く眩しすぎて、世界の真実を隠して
しまうけれど、月の輝きは、俺達の生きるこの世界が、あくまで変わらないということを教え
てくれるから」
緩く握った掌、指の隙間から零れる砂は、きらめきを放ちながら、風に流れていった。 「『一粒の砂に世界を観じ、一輪の花に天界を見る。
  掌中に無限を収め、一刻に永遠を掴む』…」
唇からその言葉を解くと、ルパンは力を抜いたように息を吐き。そのまま、自身の身体を後ろ
に倒した。盛大に上がる、水飛沫。
その音でようやく我に返った次元は、隣で同じように困惑する五右ヱ門と顔を見合わせると、
慌てて海の方へ走っていった。
「なぁ次元、五右ヱ門?」
海中に仰向けに淳かんだ男は、自分を見下ろす二人を見上げると、身体を起こした。短い髪か
から雫を滴らせ、言ってのける。
「俺は、世界を掴めているのかな」
「何、言ってやがる」
「全くだな」
互いに呆れながらも、立たせてやろうと、差し出された手を掴んだが。しかし次の瞬間、強く
引かれたのは、自分の腕の方だった。
思いきりバランスを崩したが、あやういところで身体を捻り、尻餅をつくだけに留めた。けれ
ど自分自身で上げた飛沫が、雨となって頭上から降ってきた。
明るい笑い声を上げる男を、次元は睨む。
「俺達をからかって、楽しいか?」
「勿諭、楽しいぜ」
「…だろうな」
すっかり濡れてしまった帽子を脱いで顔を上げると、ルパンの向こう、同じような格好になっ
た五右ヱ門がいる。十数分前の会話を辿った、台詞が浮かんだ。
「まあ、今に始まったことじゃねえしな」
「違いない」
「何のことだよ?」
「ああルパン、世界は確かにお前のものだぜ」
次元は笑う、幾許かの違和感と、不安を覚えながら。
「少なくとも、この犯罪の世界はな」
「あるいは虚偽の世界だ、次元」
すると男も、余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「俺達のいる場所は、もしかしたら地図のどこにも載っていないのかもしれない」
「お主、先程から何を言っている?」
「たとえ時代や人が変わろうとも、俺達は何も変わらず、何も失うことなく、永遠に在り続け
るんだ。ここではない世界に生きる誰かが、そう望む限りはね」
意味を間う五右ヱ門には応えずに、笑んだ怪盗はどこか、噛み合わない言葉を紡いだ。
「…永遠に?」
「世界は俺のものだってこと」
そうしてやはり、全てを知っているかのように微笑んだのだ。

黄金色の月は、青き海と世界を、今も変わらず照らし続けている。

終。

柊けいこさんからいただきました(2002.9.10)
一言一言、丹念につむぎあげられた言葉が輝いて・・・
独特の「世界」を形作っているのが素晴らしくて。
光景が、実際に目に見えるようですvv
柊けいこさん、ありがとうございましたvv

柊さんのサイト「言語廃墟(休止中)」

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