押しがけ

「おいっルパン、手前ぇハンドルくらいちゃんと握ってろよ!」
埋まりそうな砂利に足をとられて、次元は忌々し気に大声を上げた。
隣の五右ヱ門は―声さえ上げないが―眉間に皺の寄った顔を赤くしている。
「ぐぅう…クっそう、重てぇぇ」
全体重を押し付けても、車は凍ったように動かない。何しろ足元が悪い上に、リアには特別あつらえのターボエンジンが積んであるのだ。スペシャルに重いに決まっている。
いつもは人間臭いと思うほど小気味よく動くだけに、黄色い車体は今、本当に魂が抜けてしまったようだ。
「ったく!…チャッチャと動きやがれっ!」
さらに力をこめながら、次元は罵りの声を高くした。
「こ〜んのヤロウぉっコンチキショーっ」
五右ヱ門が、そんな罵声にあわせて力を込める。
「クッソヤローぉぉぉぉ」
「〜のトウヘンボクッ」
エンヤートットォ、バッカヤロー
―ったくナンダイ、ドッコイショッ
程なく、それは車のお尻に張り付いている男二人の、なにか長閑な掛け声に変わっていった。


事は、彼らにしてみれば想像を超える長い期間、そうと気づかれぬまま続いていた。
始めにルパンが、わずかに首をひねった。練りに練った計画を、いきなり現れた銭形警部におジャンにされた時だ。
「とっつぁんのヤツ、いやにいい勘してるじゃねぇか…」
呟きに、悔しさは隠しようもない。
警部は正に、ルパンの匂いをかぎつけたとでも言うように不意に現れたのだった。珍しく粛々と計画を進めていたルパンにしてみれば、得意のどんでん返しの返り討ちを食ったようなものだ。
それを嘲っていた次元が、間もなくタバコのフィルタを噛み潰すことになった。
先陣として独り出向いたアジトへ、銭形警部ご一行に乗り込まれたのだ。危うく捕まりかけ、トレードマークを身代わりにする羽目に合っていた。
「なんだかなぁ…。とっつぁんの様子がバカにおかしいぜ…」
急遽替えざるを得なかった別のアジトに雁首をそろえたものの、そこでも、ルパンと次元はさえない顔で考え込む。
「銭形が、われらのアジトをつぶしにかかっている?」
それが実現可能とは思えない。思えはしない事を、二人に代って、五右ヱ門が酷く陰気に口にした。
「そうじゃねぇな…。俺たちの首に鈴がついてるって感じだ」
「…盗聴器?……いや」
無帽の次元が、顔を上げた。
「発信機か」
三人の声が揃う。同時に、相棒たちの衣装に、手元のグラスに、タバコに、それぞれの視線が走った。
可能性として高いのは、まずは次元の身辺だろう。自覚があるのか、「叩っ切るのだけは勘弁してくれよ」と言い置いて、次元はポケットの中身を全てテーブルに広げた。
タバコとジッポーと百円ライターとさらにマッチ。特殊装置がテンコ盛りの万年筆、超小型カメラと、ポケットから出てきたことを疑うような大型ランプ。そしてマグナムのマガジンがひとつ。続いて出てきたウェットティッシュにルパンが呆れる。
スーツを同じ黒一色に着替えてから、次元は腕時計とマグナムの分解にかかった。
しばらく唖然としていた残る二人も、結局はパンツ(もしくは褌)一帳になってみせた。


そこまでしていながら、だ。
三度目に唸った五右ヱ門は、定規で計れそうなほど眉間の皺を深く刻んでいた。
「鈴どころではない。まるでリードをつけた犬だ。警部を連れ歩いている」
「あぁ、飼い主を引き摺り回すタイプの奴だな」
まだ、目的地に到着さえしていなかった。その途中で取り囲まれ、カーチェイスが始まってしまったことに、次元はやけくそで笑う。
「まるでと言うなら…、俺たちゃ車ごと、とっつぁんのでっかい手錠にかかってるようなもんだ」
どこかで見たことのある映像を思い浮かべながら、
(なるほどね…、それだぁ)
ルパンは片眉を上げて笑顔を作ったが、そんな暢気な場面では決してない。現に、愛車にキスされる勢いで、銭形のパトカーが張り付いてきている。
「なんとかなるか?」
次元が聞いた。
狙うまでもなく、運転している警官にでも、銭形本人にでも、容易くマグナムを打ち込める。ところがタイヤは狙えない。全く困ったことに、それほどの近距離なのだ。
「なんとかぁ?」
疑問形で受けて
「するしかないでしょっ」
断定で結ぶ。
次元が振り返って、そんなルパンをわざわざ嘲った。
しかし。
同じ「何とか」するのでも、知恵と技量で切り抜けるのなら、ずいぶん気も晴れたに違いない。もっぱら力で押し切るのは、余裕がないだけになおさら、酷くルパンを腐らせた。
パトカーを振り切って車ごと森へ飛び込んだルパンは、崖だろうが獣道だろうがかまわずにひたすら走り続けた。しばらく沢を転がり落ちてから、わずかに砂ジャリが広がった岸辺に乗り上げて、やっとそこでエンジンを切ったのだ。
「なるほどここなら、いくら信号が送られてても、パトカーじゃ来れねぇな」
次元の機嫌取りを睨み返して、ルパンは乱暴にボンネットを持ち上げた。
フィアットから発信機を見つけ取り外すのに、さほどの時間がかかったわけではない。
ルパンが「絶対これだ」と指した先はバッテリーで、凝った造りの発信機が内側に取り付けられていた。取り外し自体に問題はない。が、そのためにバッテリーを完全に放電させなければならなかったのが、大いに痛手だったのだ。
「あああーーー!チキショウッッッッ」
ルパンは雄たけびをひとつ上げると、助手席にそっくり返ってしまった。
車外の次元と五右ヱ門は、互いに視線を投げあっただけで、何も言わない。いやさすがに、かけてやる言葉が見つからない。
いつの間にか発信機を取り付けられた上、悠長に構えていて失敗を繰り返した。
ルパンが恥に思うのも分からないではないが、よくあることとも言えまいか…。
(……って、それじゃぁ困るか…)
次元が何度キーをひねっても、フィアットはカスンッカスンッと空ぶるばかり。うんともすんとも言わないのは、ボンネットに足を上げてただ煙を吐いている煙突男と大差ない。
「…ったく」
小さく挿まれたため息を、五右ヱ門は苦笑いで流した。先を問うまでもない。
「………。押すぞっ、五右ヱ門」
次元の決意表明が少なからず投げやりに聞こえたとしても、誰がそれを責められようか。


完全に電力をなくしたフィアットのバンパーと、完全に気力をなくしたルパンの背中と、押すならどちらがマシでしょーか…。
汗だくの男二人、黙々と、同じことを思いながら、さらに力を込めて、そのふたつを、とにかく押す。
もう少し行けば下り坂に車を向けられる。そう思って自分を励ましながら、うんざりするほどの長い時間、二人は黙々と仕事を続けていた。その間、ルパンはずっと車内に閉じこもって不貞寝なのだかイジケなのかを決め込んでいた。
「ルパーン!お前ぇ、かなり太ったんじゃねぇか?」
次元が声を張り上げる。
「ルパン!お主ちょっとの間、宙に浮いておけっ」
五右ヱ門が意味なく加勢する。
車から降りろでも、いっしょに押せでもないのだから、こちらも大した開き直りだ。
「ようし…、ここならっなんとかタイヤを回せそうじゃねぇか?」
苦しい息に乗せて、次元が希望を口にする。すでに二度ほど押し掛けに失敗している。おまけにエンジンの機能など解さない男相手、もう一人は重石の割り当てだから、甲斐のない観測にも聞こえた。
が、
「よう次元、早いトコ走らせてやろうぜ、こいつを」
今回ばかりは違ったようだ。
フィアットのルーフを上げて、ルパンがひょっこり顔を出した。
「こいつを走らせてさ、コイツでとっつぁんにやりかえしてやろうぜ」
フィアットと、手にした発信機を指してニヤリと笑った。
微妙な笑顔だった。新たな進路を見つけて自信満々、はたまた長い付き合いの男たちから見れば、少々照れている色も隠せない。いずれにしても、つい先ほどまでとは天と地の差だ。
唖然とする間もなく、隣の次元にも同じ表情を見出して、五右ヱ門は嘲った。当然、傍から見れば、こちらも同じようなものだろう。
「そうこなくっちゃっ」と書いてある、それぞれの顔。


「そいつをどうするって?」
「ちゃんと押せよぉ、力いっぱい」
「エンジン回すタイミングをしくるなよっ」
「とっつぁんのパトに仕込みなおしてからなー」
「タイヤ…ひとつ分、…まわっっっったっぜっっ」
「もうちょいだっイキメ〜〜っ!」
「くっそぉ〜重てぇぇ〜」
「俺たちがヨ、とっつぁんの周りをうろついてやんの」
「くおおぉおぉぉぉ〜〜っ」
「…エンヤートット、バッカヤローーーっと」

Fellowsのやっちさんから、お礼として頂きました。
本来なら、いつも遊んでいただいてるお礼をこちらがしなきゃいけないのに。
その上ちゃっかりこうして作品をうちに飾らせて頂いて(しかも半ば強引に)、本当に感謝の気持ちで一杯ですv
エンジンが掛かったルパンは、もう誰にも止められないくらいに、元気に突っ走ってくれることでしょう。そんなルパンが大好きですv

やっちさん、本当にありがとうございました!

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