「きみが、トッツァンの新しい部下なのかーい」
「とっつ…?」
「銭形のトッツァン」
 帰宅時間帯の地下鉄を待つ人波の中で、いつしかわたしの真隣に立っていたその人物の横顔を、わたしは注意深く観察した。
 心拍が逸 (はや) った。
「…ルパン三世」
「どうだい、きみ一人で俺を捕まえてみちゃ。お手柄だ、表彰ものだぜ」
 言われるより先にわたしは相手の手首を確かに捉えていた。その手ごたえが急に軽くなった。
「待て」
 人物はうすら笑いを浮かべたまま、フイと一歩退き、人波の合間にかき消えた。
「待て!!」
 人ごみが一斉に硬直した。その中で動き続ける一つの後姿をわたしは追った。
「警察です。道を開けてください」
「――おい、どうした」
「警部!」
 ちょうど改札階からホームへの階段を降りてきていた銭形は、驚いたようにわたしを見たが、すぐに階段の上を振り返った。
「ルパンだな」
「あの上着です」
 銭形は即座に見分けたようだった。
 身分証をかざして有人改札口を走り抜けた。人の流れに逆行するのは骨が折れた。
「待て! 警察です、通してください」
 わたしが先に立って、人の波を掻き分けて進んだ。
 すばしこく逃げる後姿が、地上への出口の階段を上りきって外へ出る一瞬、階段の途中にいるわたしからは見えない角度になる。そうなる前にわたしは急いだ。
「気をつけろ」
 背後の銭形の声が心強かった。
 わたしは階段を上りきり、夜の歩道の雑踏のただ中に飛び出した。
 見回した。既にルパンの姿はない。
 耳元に鋭い舌打ちの音がした。
「くそう、取り逃がしたか」
「申し訳ありません」
 振り向いたわたしは――



 唖然とした。
 銭形の姿などどこにもない。



 かばんの中で携帯電話が振動している。
 非通知着信だ。見守っていると留守番電話録音に切り替わった。
 端末を耳に当てると、録音されつつある音声が聞こえた。
『楽しかったかな? また、遊ぼうねえ。今日は帰ってゆっくり休めッ』
 最後のフレーズ、どう聞いたってこれは銭形の声だ。声は終始笑っていた。
『ルパーン三世』
 軽々と名乗って、電話はプツッと切れた。



 わたしの指の中に、作り物の手首が、まだしっかりと握られていた。手首は内側からほのかに温かく、わたしが指を離すと、手首の表面にはくっきりと赤い指のあとさえついた。
 …いったい、これは何個目の証拠物件にカウントされるのだろう?
 急に困憊 (こんぱい) した。
 任務のプレッシャーが、改めて、両肩にずっしりとのしかかってきた。…大変なものを相手にしたものだ。
 気が遠くなりそうだ。



 ただ…少し、ほんの少しだけ…楽しいかも知れないと、そう思えたことは事実だ。
 
 






2010年のお年賀として頂きました。

短い中にも、いつもピリッと「ルパン」を感じさせてくれるmamsさんのSS、感涙モノです(嬉vv)
実際にこうして、ルパンの変装を目の当たりにしたら…初仕事の部下くんはさぞ面食らうことでしょうね。
でも「楽しいかもしれない」、そう思えるのがさすが銭形警部仕込み!
ルパンも見所ありとして、こんな遊び心ある挑発をしてみたのかしらと、妄想逞しくしたくなってしまいます。
ルパンスキー目線としては、初仕事でルパンの妙技を間近で見られるなんて、幸先がいい人だ!と、とても羨ましいです^^

mamsさん、ありがとうございました!
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