06:ツーといえば…

完全に囲まれてしまった。
そう云ったところで、特に大袈裟でない状況に陥っていることを二人は自覚しないわけにはいかなかった。
古びたつり橋のど真ん中――ルパンと次元は、そこで立ち往生を余儀なくされた。
少し風が吹くだけでもイヤな軋みをあげながら、ゆらゆらと頼りなげに揺れる。遥か下方には、岩肌を割って流れ来る濁流が深く激しく渦巻いている。
高い場所には慣れっこの二人とはいえ、あまり好き好んで覗いてみる気にすらならぬ。
よりにもよってそんな場所で、橋の両岸を押さえられてしまったのであった。
前方にも背後にも、それぞれ五、六人の男が手に拳銃を光らせて迫ってくる。

「さあ、その鞄をこっちに渡してもらおうか」
渓谷に、勝ち誇った男の声が響いた。
長年悪質な盗掘団のリーダーをやっている男らしく、いかにもふてぶてしく落ち着いており、二人に向けた銃口に迷いはなかった。浅黒い顔には笑みすら浮かんでいる。
その男が一歩踏み出すごとに、ぎし、とつり橋の悲鳴があがる。
ルパンが軽く肩をすくめるのが、次元の背中越しに伝わってきた。
「渡した途端にハチの巣にされンのは真っ平だね。コレが欲しいなら、まずは銃を下ろしな」
「命令できる立場かよく考えるんだな、ルパン三世」
「あっそう? こっから鞄ごと、捨てっちまってもいいんだぜ。どうせ殺されんならよ、こんなモン用なしだかンな」
そう云って、ルパンは手を伸ばし、お宝の詰まった鞄を橋の外側に指一本でぶら下げてみせた。
中には、彼ら盗掘団が発掘し勝手に国外へ持ち出した後、つい先ほどルパンに横取りされたマウルージ王の秘宝が入っている。

男は、忌々しそうに顔をしかめたが、仕方なくゆっくりと銃口を下に向け始めた。部下たちもそれに倣う。
その時、ルパンが鋭く囁いた。
「いまだ次元!」
同時に、次元は待ってましたといわんばかりのすばやさで、拳銃を抜き放った。ためられていた力が一気に解放される。
連続した銃声が渓谷に轟いた。
次元の銃弾は狙い違わず、つり橋を支えていた太い縄を断ち切っていた。

ただでさえ今にも壊れそうだったつり橋は、完全に崩壊した。橋板がばらばらと分解し、濁流に飲まれていく。
二人への包囲を縮めるため橋に踏み込んでいた男たちは、突然足場を失い宙に放り出された。己の身に何が起きたのかわからないまま、派手な悲鳴を上げて落ちていった。
「アレーーッ」
悲鳴を上げたのは、ルパンも同様であった。
が、彼は落下していくその中で、ベルトから特殊ワイヤーを取り出すと、断ち切られ、垂れ下がろうとしているつり橋の縄に向けて的確に放った。ワイヤーが縄にうまい具合に絡まる。
ルパンと、鞄を持ったままの彼の手にしがみついた次元の身体は、一旦自由落下から逃れた後、振り子のように断崖へと引き寄せられていく。
「うわっ、うわぁ〜」
「ルパンッ!」
意外な速さで岩肌が迫る。
二人は、息を合わせて身構える。同時に足で思いきり突っ張り、岩壁への全面激突を避けた。
「痛ッてぇ!」
衝撃の強さに両足に痺れが走る。二人は、我知らず涙目になっていた。




ワイヤーをゆっくりと伸ばし続け、ようやく地上に辿り着くことが出来た。
これほど高い断崖の分、ワイヤーが足りたのは幸運であった。
二人は河岸に足を下ろすと、大きく息をついて、しゃがみこんだ。
乾いた風が、渓谷を吹きすぎていく。
盗掘団の殆どは濁流の深みに消えたようだった。日頃の行いがよっぽど良ければ、遥か下流の方で岸辺にたどりつくことができるかもしれない。
何人かは、橋に踏み込んでいなかったため墜落を免れたようだが、この崖下の河岸まで追ってくるにはかなり迂回せねばならず、まだ当分時間が掛かるだろう。

「しっかしお前も無茶すんなぁ、次元。インディ・ジョーンズじゃあるまいしよぉ」
「んぁ?」
ルパンの、珍しくしみじみとした物言いに、煙草を取り出しかけていた次元は思わず顔をあげた。
「無茶って……お前ぇが合図したんじゃねえか」
「ヘッ?!」
今度はルパンが戸惑いを見せた。しばらくしてようやく次元の指していることに思い当たり、大きく手を振った。
「あれはお前さぁ、こ〜んなコトしろって云ったつもりじゃなかったンだぜ? ヤだねぇ、早とちりしやがって」
なら、どういうつもりだったというのか。名を呼ばれただけですべてをわかれというのか。
ジロリと相棒を横目で睨んだが、ルパンの方はまるで気づきもしない。
それどころか、へらへらと笑いながらさらに云い募る。
「わかるでしょうが、次元ちゃん、長い付き合いなんだし? 相棒ならよ、ツーといえば……」
「知るか」

そっぽを向いて立ち上がり、次元はひとり煙草に火をつけた。
確かに危険な方法ではあったが、あの時動くとすれば、最良の方法だったはずだ。
武器を下ろしかけたとはいえ、さすがに前後に群がる十数もの敵を、あのように不安定な場所では一気に片付けられるはずもない。
銃撃戦になってしまえば、二人とも無事では済まなかっただろう。
(ルパンが何を考えてたかは知らねぇが……)
それをいまさら問うのも癪である。
次元は帽子のつばを引くと、相棒に背を向けて歩き出した。ごつごつした岩だらけの河原は、歩きにくいことこの上ない。
「お〜い、どこ行くンだよ?」
次元の内心にまるで気づいてないルパンは、呑気な調子で後を追ってくる。
先ほどの発言に、悪気はないのだ。それは、次元にも判っている。
だが――
「勝手ばかり云いやがるぜ、お前ってヤツぁ」
振り向きざま、云い捨てる。いきなりの剣幕に、ルパンはきょとんと目を見開く。
「な、何だってぇの、突然? どうしたんだよ、次元」
「……ハッ! 何でもねぇ」
間の抜けたルパンの顔に言葉を失ってしまい、次元が自嘲気味の苦笑いを返したその時であった。

絶え間なく流れ続ける水音に、突如低いモーター音が混じった。
二人が振り返ると同時に、足元へ一発の銃弾が撃ちこまれた。岩が砕けて飛び散る。
「動くな!」
モーターボートに乗り、荒々しい大河を下って現れたのは、さっきの盗掘団とはまた別の男たちであった。
マウルージ王の墳墓から発掘された宝を巡り、水面下で争い続けていた盗掘団うちのもう一方のグループである。かなり前に撒いたはずだったが、再び追いつかれてしまったようだ。
六人の男たちは、それぞれに銃器類を構えて、停止したボートの上から二人にじっと照準を定めている。

中から恰幅のいい男が一人、ボートから降り、接近してきた。どうやら彼がリーダーらしい。
ピクリ、と次元の右腕が動く。
だがその瞬間、銃声とともに次元のトレードマークが弾かれ、宙に飛んだ。
風にゆっくりと舞い、砂利だらけの足元へ落ちる。
「……やろう」
次元の呻きは、男の哄笑にかき消された。
「動かない方が身のためだ。うちのスナイパーの腕前は、その辺の三流悪党とはわけが違うからな」
リーダーの男は、頼もしげに後ろを振り返る。

足場の悪いボートの上から、小揺るぎもせずライフルを構えて微動だにしない男。彼がご自慢のスナイパーだろう。
痩せ細った死神のような風貌である。が、抑えられた殺気の凄まじさと、構えの隙のなさは、確かに油断ならないものであることを、ルパンも次元も即座に感じ取っていた。
下手に動くことは出来ない。
二人はそっと目を見交わした。
そうしている間に、次々と男たちはボートから降りて来、二人を遠巻きに囲むように並んだ。死神のような男が最後にうっそりと近づいてくる。
「武器を捨てろ」
死神が命じた。陰々と響くその声までがあまりにイメージにぴったりである。こんな状況だというのに、ルパンと次元は軽く吹き出しかけた。
「何がおかしい! 云うとおりにするんだ!」
そう怒鳴ったのは死神ではなく、リーダー格の男であった。死神は墓場の糸杉のような身体に不吉な気配を漂わせたまま、無言で二人を睨み据えている。

「しゃーねぇな」
ルパンはジャケットの内側に手を伸ばし、ゆっくりと銃を取り出す。途端に男たちの殺気がルパンに集まる。少しでもおかしなことをしたら、ためらわず発砲されるであろう。
だがルパンはそ知らぬ顔で、淡々とワルサーを足元に放り投げた。
仕方なく、次元も同様に腰に差してあった銃を捨てた。そっと銃を手放すまで、今度は次元の方へ殺気が押し寄せてくる。肌に痛いほどだった。

二人が丸腰になったのを見届けると、太ったリーダーの男はねっとりと笑った。
「それで、だ。ルパン、そのカバンをこっちへ貰おうか」
「何だい、オッサン、気安く呼ぶなってんだよ」
口を尖らせて云い返す。だが男はそんなへらず口を受け流し、銃を持つ手にいっそう力を込めることでルパンを促した。
「あ〜あ、コイツを手に入れてから、ロクなことがねぇや」
ルパンはまるで汚いものでも持つかのように、莫大な価値のある宝の入った鞄を指でつまんだ。
「だからさっさと渡したまえ。それさえ手に入れれば、君たちに用はない。殺す気もない。殺すつもりなら初めから威嚇の発砲などさせんからな」
その言葉に、死神が昏く頬を歪めて頷いていた。無感情な銃口はルパンを狙いすましたまま放さない。

「チェーッ。……なぁ次元、どーしよ」
「俺ぁ知らね」
トレードマークを拾うこともままならず、次元は不貞腐れた表情をさらしている。
「ま、まだむくれてンのかよ?」
「無駄口を叩くな! 早く鞄を持って来いッ」
男の一喝がルパンの言葉を強引に断ち切った。
そっぽを向いた次元を一瞥し、かすかに苦笑いしてから、ルパンはゆっくりと彼らに近づき始めた。
一同に激しい緊張感が張り詰めた。
だがルパンは特に何もしようとはせず、一歩一歩、静かに進んでいく。
そして、太った男の真正面に立つと、宝の詰まった鞄をぐいと突き出した。男は慎重にそれを受け取った。
「ほらよ、オッサン、これでいいんだろう」
「よし、そのまま元の位置に戻るんだ。下手な真似すると遠慮なく撃つ」
「へいへい」
云われた通り、ルパンはそのままの姿勢で後ろへ下がって来る。

「中を確認させてもらうぞ。ルパン、あんたは食えない男だって評判だからな」
「どうぞ、気の済むまで」
ニヤリとルパンが笑った。それを、次元はいつもより見通しのよい視線の端にとらえた。

鞄が開けられたその時、耳をつんざくような連続した破裂音が鳴り響いた。「わっ」とわめいて男が鞄を取り落とした。
火薬の匂いが風に散る。
盗掘団の男たちすべてが、鞄の中から飛び出した爆竹に気を取られた。
死神の殺気も、わずかに揺らいだ。
その一瞬で充分だった。
「次元ッ!」
ルパンは足元の石ころを強く蹴り、死神の利き腕に命中させた。反射的に引き金を引いていた死神の弾は、遥か空へと逸れた。
その隙に、次元は己の銃を拾い上げる。
再び繰り出される死神の銃よりも早く、正確に狙いを定める。マグナムが火を噴いた。
帽子のお返しといわんばかりに、死神の拳銃を弾き飛ばした。

我に返った部下たちが慌てて銃を構えなおしたが、二人は早々とボート目指して駆け出していた。
「撃て、撃てッ!」
降り注ぐ銃弾を身軽に避け、ルパンはひらりとモーターボートに乗り込む。
ルパンを援護するように適度に応戦しつつ逃げていた次元は、一気に身を翻すと後に続いた。
次元が乗り込むと同時に、ボートは急発進した。

風を切って水面を走る二人の後を追ってくるのは、諦めの悪い銃弾や罵倒の声ばかりではなかった。
お宝の入った鞄が、こちらへ向かって飛んできていたのだ。
次元は呆気に取られて空飛ぶ鞄を凝視する。そして、中途半端な姿勢で立ったまま、ボートを片手で操縦しているルパンを振り返った。
彼の手には、例のワイヤーが握られている。細工されたベルト部分のボタンを押すと、スルスルと勢い良くワイヤーが手繰られる。お宝の重みに引きずられ、ルパンの身体が傾いだ。
慌てて次元がモーターボートの操縦を代わる。
ボートの加速と相まって、盗掘団の男たちは、空飛ぶ鞄に追いつくことは出来なかった。
やがてそれは、ルパンの腕の中にすっぽりと収まった。
「やっぱり盗ってきちゃった」
鞄の取っ手からワイヤーを外すと、ルパンは悪戯っぽく目をきらめかせた。

ボートを操縦しながら、あきれたように笑う次元の視野に、ふわりと影が差した。
「ついでにコレもだ」
そう囁く、ルパンの声がする。
かぶり慣れた帽子が、無造作に次元の頭に戻された。
一体いつの間に拾っていたのだろうか。
次元は思わず帽子を上から押さえつけ、一呼吸置いてからゆっくりと相棒の方へ視線を向ける。
水面に反射する陽光のせいなのか――ルパンは目を細めて前を見つめていた。
「あのどさくさに、よく拾えたな」
「まっかせなさ〜い」
すべてを茶化してしまうような軽い調子でそう云って、ルパンはどんと胸を叩いてみせた。いつもの笑顔が広がる。次元もつられて口元を綻ばせた。

気を良くしたルパンは、宝の無事を確かめるためか、座り込んで鞄を覗き込み何やらごそごそとやり始めた。
鞄からはまだ火薬のにおいが立ち込めている。爆竹などいつの間に仕込み、鞄に仕掛けておいたものか、近くにいた次元にも見当がつかない早業であった。
「……よくもまあ、あれこれ仕込んであるもんだ」
「それを承知してっから、お前もあんな無茶ができンだろ?」
つり橋での出来事を云っているのだろう。どこか面白がっている口調であった。
だが、次元は言葉を返さず、前を向いたまま操縦を続けた。ルパンも特に答えは望んでいないに違いない。
ボートは波に乗ってますます加速する。水しぶきが眩く舞った。
次元は唇の端でかすかに笑みを作ったまま、帽子をいつものように目深にかぶり直した。

作中でルパンに言わせている通り、「インディ・ジョーンズ」意識してます。つり橋で敵に囲まれた二人…という状況を考えた時点では、特にそのつもりはなかったのですが、でも昔観た記憶がそれを思いつかせたんだろうという気がしてます。
次元もきっとあの映画を観ていたのでしょう。だからああいう逃げ方を選んだってことにしておいてください(笑)
ルパンはそんなつもりじゃなかったようですが、実際何を考えていたのかはわかりません。IQ300の考えることは、とても把握し切れませんわ(と言って逃げる)
たまには二人の意図がズレたりすることもあるかなぁ、とか、それでももっと深いところでツーカーの二人が好きなんだ、とかそんなこと考えながら書いておりました。
ただこの二人は、自分の「好き」という思いが強すぎて書くのが難しい!

(2004.8.4完成)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送