勝つのはどっちだ (後)

どこからともなく、風が入ってきた。ようやく涼風の通る時間になったようだ。
執務室の巨大な机を前に書類に目を通しながら、サイード将軍はふと、違和感を覚えた。
一日中空調がきいているこの部屋は、すべて締め切ってある。どこからも外の風など、入ってくるわけはなかったのだ。

彼は思わずハッとして、顔を上げる。
その視線の先には、極めて美しい異国の女が、静かに佇んでいた。
「ふ、不二子くん!?」
そう呼ばれた不二子は、見るものを魅了せずにはおかぬ、艶やかな微笑を浮かべてみせた。
「ごきげんよう、将軍」

サイード将軍は、びっくりしたことを隠すかのように、わざとらしく大きなため息を吐き出した。そして、少し苦々しい表情を作る。
「何だね、突然こんな……。困るじゃないか」
「アラ。貴方がお困りにならないように、こうして人目を避けて忍び込んできたのよ」
将軍は、「ああ」とも「うう」ともつかぬ声を出した。明らかに困惑している。

不二子は、そんな将軍の様子をおかしそうに眺めつつ、彼の執務机に優雅に腰を下ろした。
彼女は、何も言わない。黙って、その大きな不思議な輝きを持つ瞳で、将軍を見つめるばかりである。唇には、ほんのりと意味ありげな微笑が浮かぶ。

いかつい顔をさらに顰めて、将軍は重々しく言った。
「もう、君とは関係ないんだ。さっさと出て行ってくれないか。段取り通り、R関門の警戒は緩めてあるのだから、早くそこから逃げてくれ。……君は望み通り のものを手に入れ、そして私はあの石に掛けてあった保険金を手に入れる。計画通りだ。これ以上、何の用があるというのだね」
不二子は相変わらず謎めいた笑みを湛えたまま、軽く何度か頷いた。

彼女と、K国将軍サイードの間には、やはり取引があったのだ。

「そうだろう? 詳しい警備の情報も流してやったではないか。あれだけデータがあれば、どれだけ厳重な警備であろうと、あの小賢しいルパン三世なら苦もな く盗めたはずだ。国宝のダイヤを失うのは痛いが、持っているだけでは、今危機的状況にある我が国にとって、何の役にも立たない。盗まれれば、イギリスの保 険会社から莫大な保険金が手に入る。……まあ、そういう意味では盗んでくれた君に、感謝してもいい」
「ふふ。我が国、だなんて格好のいい事言ったりして。国に入った保険金の9割以上が、どうせ軍事費に回されるんでしょう?……つまり、実質貴方の自由になるというわけね」
いかにも腹黒そうに、唇を歪めて、将軍は低く笑った。
「君にそれをとやかく言われる覚えはないね」
「ええ、そうね。……ただ、ニセのダイヤを掴まされて、黙ってはいられないわ」
彼女の瞳が、すっと細められ、大の男でも背筋を凍らされるような、凄みを帯びてきた。我知らず、将軍は一瞬だけたじろいだ。

が、彼も相当したたかな男である。
すぐに気を取り直し、凶悪な本性をむき出して一喝した。
「図々しい盗人女が。お前ごときに国宝をくれてやるとでも思ったか? 調子に乗るなッ!」
ビリビリと空気を震わせるような将軍の怒声にも、不二子は表情一つ、変えることはなかった。将軍は、心底忌々しそうに彼女を睨みつける。
「黙ってそのまま帰った方が身のためだぞ。今すぐ、大人しく引き下がるなら、無傷でこの屋敷を出してやってもいい。……それに、あの約束だけは守ってやろう」
「約束……ねぇ」


その瞬間、将軍はハッと身を固くした。
「お前、不二子ではないな?!」
「ンフフフ、よく気がついたなァ、サイード将・軍っ!」
その言葉と共に、一気にマスクを剥ぐ。不二子のマスクの下……そこから現れたのは、ルパンその人であった。
「おっと。机の下の警報装置に少しでも触れてみな。お前さんを狙っている銃が、火を噴くぜ」
そう言うルパンの手は、無防備に下げられたままだ。将軍は舌打ちしつつ、
「ハッタリはよすんだな、ルパン三世」
彼はその言葉を言い終わるのを待たずに、警報装置を押すべく腕に力を込めようとした。
刹那。重い銃声が響く。
肩を撃ち抜かれた衝撃で、サイード将軍は椅子ごと派手に背後へと転がり落ちた。

「いいタイミングだぜ、次元」
将軍の執務室のドアから、次元が硝煙を上げるマグナムを構えつつ、ゆっくりと入ってきた。
「いつもこういう具合に行くとは、限らねぇからな、ルパン」
ルパンは、満面の笑みでそれに答えた。

次元の背後から、警備兵の制服に身を包んだ五右エ門と、そして不二子も入ってくる。
不二子は、キッとルパンを睨みツカツカと歩み寄ると、思い切り彼の頬を引っ叩いた。
「ルパンッ! よくも寝ている間に、勝手に私を着替えさせたわねッ!バカ!」
「痛ってぇなァ、イキナリ……。仕方ないでしょ、不二子の服が必要だったんだから。不二子はニセダイヤってことに気づかないで喜んでるしさぁ。ガッカリさせるのも可哀想だから、オネンネさせて来たんだぜ?」
「だからって、今着ている服を、脱がせることはないでしょう! しかも、上から下まで全部!」
「まあ、それは役得ってことで……あイタタタ、足踏まないで、ふーじこちゃん。いいじゃない、ちゃんと俺の服着せてあげたんだし」

不二子はプイッと顔を背ける。
「ヘンテコなマスクまでかぶせて」
「ヘンテコって……失敬な。でもまぁ、不二子ちゃんを俺に化けさせて、その懐にあのニセダイヤを入れておけば、察しのいい皆サンのことだから、きっと俺が何をしようとしているか、気付くと思ってさ」
そう言って、ルパンは三人を均等に見回すと、ニンマリと笑った。
「バーカ。俺たちが来なかったらどうする気だったんだ」
次元は、どうせルパンのことだから、すべてを一人でやる終える段取りも出来ていたのだろうと思いつつ、訊いた。
自信たっぷりに、ルパンは片目をつぶった。
「お前らは、絶対に来るさ。なあ、次元、五右エ門?」

次元は、とぼけたようにそっぽを向いた。そんなルパンの言葉には直接答えず、五右エ門は冷静に言った。
「もうお喋りはその辺にした方が良い、ルパン。長居は無用だ」
「オ? じゃあ、お前ら……」
不二子が嬉々として口を挟んだ。
「そう、この通り! たった今、この屋敷にあった本物、頂戴してきたわ」
誇らしげに、不二子は本物の「カルラの聖石」を取り出して見せた。室内に、七色の透明な光が散る。
一同は、頷きあった。
「ほんじゃマ、おいとましますか!」

ルパンの掛け声と共に、4人は走り出そうとした。その時……
肩を撃たれ、わずかの間意識を失っていたらしき将軍が、ゆっくりと身を起こしつつ、憎々しげに呼びかけた。
「不二子くん」
将軍は、震える指先をルパンに向けた。
「この泥棒めの暗殺指令を取り消す約束は、当然無効だ」
「……!!」
声にならぬ驚きが、三人の男を貫いた。信じられぬものを見たような奇妙な表情で、彼らは一様に不二子を見つめたまま、固まった。
(ルパンへの暗殺指令を、取り消させる……約束!)
男三人の驚愕をよそに、軽く目を伏せた不二子は、何故かくすりと笑った。自嘲のようにも見える、笑みであった。
「将軍との約束ってそれだったのか。何かあるとは思っていた……。それが……気になって、不二子のナリしてやって来たんだァ、俺は」
ルパンにしては珍しく、口の中でそっと呟いた。
次元と五右エ門は、あっけにとられて、ただ不二子を凝視するばかりである。
当の不二子は、誰とも視線を合わせない。
「私はどうしても、このダイヤが欲しかった。……ただ、それだけのことよ」
誰に言うともなく、不二子はいたってそっけなく囁いた。

将軍の低い声はまだ続いていた。
「覚えておいて貰おう。我が国の暗殺指令は、たった今から、ルパン三世だけでなく、その一味全員をターゲットとすることを……」





かなりの悪路を、その車は出来る限りのスピードで、疾駆していた。執拗に追跡してくる武装ヘリを、ようやくまいたようだ。
勿論、それはルパン一味の車である。
細く険しい、地図にも載っていないような山道ばかりを通らねばならぬとあって、K国脱出は困難を極めそうだが、全員が、何とかなるだろうと考えていた。
今まで彼らが潜り抜けてきた危機と比べれば、まだ余裕がある。

後部座席では、ルパンと不二子が相変わらずイチャついていた。というよりも、一方的にルパンがじゃれついていると言った方が的確だったかもしれない。
不二子と将軍の間で交わされていたらしい「約束」について、改めて彼女に聞きただすような野暮を、ルパンは決してしなかった。が、その声は、いつも以上に楽しげにも聞こえる。
不二子の方は、いたってクールにルパンをあしらい続けている。

ハンドルを握りながら、次元は思わずぼやいた。
「あーあ。俺たちゃ、何のために来たンだか」
「まあ、良いではないか。ルパンは無事だったわけだし」
助手席の五右エ門は、次元を慰めるように言った。しかし、次元は大きく煙草を吹かし、チラリとバックミラーで後部座席の二人に視線を送った。
「不二子のヤツ、裏切っていねぇ時まで、とんだ疫病神だぜ。俺たちまで、悪名高いK国暗殺団に狙われることになっちまった……まったく!」
「俺たちを殺るまで、K国自体が保つかどうか……まあ、逃げ切るまでさ」

そして、ガタガタと揺れる車内で、五右エ門は突然目を見開いた。
「そういえば、次元。今回の賭けは……どうやら俺の勝ち、だな?」
賭けをした時と同じく、悪戯っぽい笑みを浮かべ、五右エ門は次元の方へと手を差し出したのであった。

なぜだか急に書きたくなったお話。唐突に、冒頭の部分と、ラスト部分が頭に浮かんできて、ほとんど一気に書いてしまいました。
次元と五右エ門の組み合わせには、以前から挑戦したかったのですが、こういう結果に。
この二人を会話させるのが、案外難しいので驚きました(笑)。どちらもお喋りなタイプではないからなんですね←今更。
それはそうと、書き上げた今、この話、次元と五右エ門メインとはいえないような気も…(笑)
影の主役は、ふーじこちゃん??
ところで、タイトル。本ッッ当になかなか決まりませんでした。本来、名詞だけのタイトル、もしくは「○○の○○」というパターンのタイトルが好みなんですが。まあ、たまにはこういうのもヨシ、というコトで(笑)。
さて、次元と五右エ門は、一体いくらくらい、賭けていたんでしょうね(^^)。

(02.2.2完成)

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