フェイク (後)

「チッ、苛々するな。この手錠さえなけりゃ、変装なんかひっぺがしてやるのに」
銭形の内心と似たようなことを、次元は吐き捨てるように呟いた。
後手にきつく拘束する特殊手錠を取り外せないものかと、次元はもどかしげに腕をひねったり身をゆすったてみたが、それも虚しかった。が、ついに次元は立ち上がった。
「ええい、面倒くせえ。おい、こうなったらお互いに面を検めあおうぜ。やましくなけりゃ、構わねぇはずだろ?……まずは不二子からだ」
「どうしてわたしからなのよ? 自分が本物だってことを証明してからにしたら」
次元は、彼女の言葉を無視して問答無用に近づいていった。五右エ門も無言のまま、次元に続いた。
「悪く思うなよ、不二子。すぐに済む。おい五右エ門、ルパン、手伝ってくれ」
不二子の隣で成り行きを見守っていたルパンだったが、どうしたものかと一瞬だけ迷うかに見えた。

「おいこら、勝手な真似をするな! 大人しく座ってろ!」
銭形が一喝したその時、車が一度大きく揺れた。
背後で腕を縛られているという不安定な格好で立っていた次元と五右エ門は、思いきりバランスを崩し、派手に不二子の元へ倒れこんだ。二人の男に押しつぶされる格好になった不二子は、たまらず声を上げた。
「痛ッ!」
その声を聞くや、一同はたちまち凍りついた。
それは、不二子の声などではなく、ルパンの声だったからである。
どこから見ても不二子そのものの女は、二人に押しつぶされ、苦しげに呻いた。
聞きなれたルパンの声で。
「重いっ、重いっての。早くどいてくれぇ」
膝をついて体勢を立て直しながらも、次元と五右エ門は呆気にとられた表情で、ルパンの姿をした男と、ルパンの声を発する女を見比べた。
「まさか、お前がネズミ、なのか……?」
五右エ門は、ルパンの姿をした男に疑わしげな視線を向ける。
ルパンは慌てて大きく首を振ると、
「ばあか! やっとわかった、コイツがネズミだ。騙されンな!」
不二子の方へ顎をしゃくり、じれったそうにじたばたと身悶えする。が、同時に不二子の姿をした女も、ルパンそのものの声でわめき散らす。
「ネズミはそっちだ! 念のため俺は不二子に化けて様子を見てたんだよ」


今まで手を出さずに成り行きを見ていた銭形の堪忍袋の緒が、ついに切れた。金網を強く叩くと、威勢良く怒鳴りつけた。
「うるせぇ、うるせえッ、大人しくしやがれ! 逮捕されてる分際で、勝手にガタガタと騒ぐんじゃねぇ! 刑務所に着いたら、俺が存分に調べてやるから……おおッ?!」
銭形の怒声は、途中で途切れた。
それまで順調に走り続けていた護送車が、その時ものすごい勢いで急ハンドルを切ったからである。
乗っている者すべてが、激しく車内の右側に叩きつけられた。ぶつかり合って転がった四人の悲鳴が上がる。
護送車は、あまりにも唐突に、ハイウェイからおりる道をとったのである。
先導していたパトカーはもちろんのこと、予想外の動きに、後続のパトカーですらついて来れず、そのままハイウェイを走り続けざるを得なくなっていた。
護送車はただ一台となって、一般道に入っていく。

銭形は運転を続ける警官に向き直り、食ってかかった。
「おい、どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も、銭形警部、ご存じなかったんですか?」
警官はまるで動じず、涼しげな面持ちで云う。
「何をだ」
「この護送車は、刑務所へは行かないってことをね」
途端に警官の顔が妖しく笑み崩れた。
銭形が反射的に懐の拳銃へ手を伸ばした刹那、顔に何かが噴射されるのを感じた。途端に銭形の意識が遠のいていく。
「く……き、貴様は」
その言葉を最後に、銭形は意識を失った。

即効性の催眠スプレーをしまいこむと、ハンドルを握ったまま、「警官」は銭形の足元に置かれていた、ダイヤモンドの入った小さなアタッシュケースを手元に引き寄せた。
そして、ゆっくりとマスクを剥がす。厳つい警官の制服の肩に、ふわりと柔らかい髪が広がった。
後ろを振り向きざまに、
「なかなかの熱演だったわね、ニセ不二子さん」
そう云って微笑んだ彼女こそ、本物の峰不二子であった。

先ほどの急ハンドルのせいで、いまだにダンゴ状態になって転がっていた四人であったが、運転席に現れた人物が不二子であることがわかると、男三人は一斉に身構えた。
「フン、ばれちゃしょうがないね」
低くかすれたような、聞きなれぬ女の声が、不二子のマスクをかぶったままの口元から漏れた。ふてぶてしいまでに落ち着いた声色だった。
いまだに顔かたちは不二子のままであったが、そこに現れる表情は残忍な殺意に歪み、もはや不二子と見間違えることはありえないほど、似ていなかった。
次の瞬間、顔をあげた女ネズミは、プッと何かを吹き出した。
「あぶねえ!」
ルパンは相棒二人を突き飛ばしざま、狭い護送車の中を転がり伏せた。
数瞬前まで彼らが居た空間に、細かく鋭い針が次々に突き刺さる。おそらく毒針であろう。
いち早く身を起こした五右エ門が、女ネズミに蹴りを入れるも、思いのほか素早い身のこなしにかわされる。
続いて次元も足払いをかけようとしたが、女は狭い車内をものともせず、無駄のない動きで紙一重に避けきった。
が、その隙に背後に回ったルパンが、女の首筋に鮮やかな手刀を決めた。
女ネズミは声も立てずに、崩れ落ちた。
フーッというため息が、三人の男たちから同時に漏れた。それに気づき、顔を見合わせて互いに苦笑いする。

いつの間にか、ルパンは手錠を外していた。
「外すのに時間かかっちまって、参ったぜ。……ん?」
気を失い、うつ伏せに横たわっている女の足元に、ルパンは違和感を感じた。右の靴の裏だけに、細工をしたようなかすかな痕が認められる。靴を脱がせてみると、ごく小さいが、確実に時を刻む不穏な音が聞こえてきた。
「うわっヤダ! これ時限爆弾じゃないのよ」
ルパンは大いに慌て、爆弾の仕込まれた靴を持ったまま飛び上がった。
「何ぃ?! す、捨てろ、早く捨てろルパン!」
次元も五右エ門も壁際に退き、身振りで外へ爆弾を投げるよう促す。だが、護送車の窓は当然のことながらすべてしっかりと閉ざされている。内側から開けることなど出来はしない。出入り口である後部ドアも同様である。

「ルパン!」
すかさず運転席の不二子が、護送車のロックを解除した。
ルパンがドアへとすっ飛んで行き、道路の左側に広がる麦畑に向けて、力いっぱい大遠投する。不二子も強くアクセルを踏み込んで、出来る限りスピードを上げて遠ざかった。
夜空に大きな放物線を描いて飛んでいく。その途中で、女の靴だったものは轟音とともに爆発した。
「ヒー、あっぶねえ、危ねえ」
ルパンはへたへたと腰を下ろした。
「俺たちを殺るためなら自爆も辞さねえってことか。あーあ、まったく面白いったらねえな」
次元のぼやきに、五右エ門はただ肩をすくめてみせた。

わずかの間脱力していたルパンであったが、すぐに立ち直ると、いそいそと運転席の真後ろに歩み寄った。満足そうに笑いながら、金網越しに不二子に声を掛けた。
「お陰で助かったぜ、不二子ちゃん。や〜っぱり俺のこと、心配してくれちゃってたんだ。愛だよねぇ、愛」
「何のことかしら。今回、あなたたちが組んだのは『ニセ不二子』でしょ。わたしはあなたたちの味方じゃないのよ。勘違いしないでもらいたいわね」
いたってクールにルパンを受け流す。さらに不二子は容赦ない口調で云い切った。
「さ、ルパン。すぐに車を飛び降りてちょうだい。これくらいのスピードなら、あなたがたなら平気なはずよ」
「そりゃないんじゃないの。せっかくだからさ、仲良くしようぜ。俺と一緒に居れば、いいことあるかもよ?」
甘えるような声でルパンは不二子に囁きかけるが、彼女は――当然といえば当然かもしれぬが――まるで聞く耳を持たなかった。
次元も一応「欲張りすぎは身を滅ぼすぜ」と抗議したものの、その声は普段ほどの迫力はなかった。五右エ門はいつものように無言を貫いているが、さすがに渋い顔であった。

今日の不二子はあくまでも強気だった。
「ドアのロックが解除されているうちにさっさと降りた方がいいんじゃなくて? このまま銭形警部と一緒に、皆さんを警察前までお送りしてもいいのよ」
「わかったよぅ、降りますよ」
いよいよ降参したらしく、ルパンはひらひらと手を挙げてそう云った。
相棒二人の手錠を素早く外してやると、彼らに目配せし、開け放ったドアから一斉に飛び降りた。
三人は道路わきの草むらに身軽に転がり、程なくゆっくりと身を起こした。それをバックミラーで見届けると、不二子は銭形が奪っていた彼らの武器を窓から放り投げ、返してやった。
そして車を勢い良く加速させ、あっという間にルパンたちから遠ざかって行くのだった。

「ちくしょう、あの女。手荒に扱うなってんだ」
ぶつぶつと文句を云いながら、次元は己の銃を拾い上げ、丁寧に腰にさした。五右エ門も、ようやく戻ってきた斬鉄剣の重みを確かめるように、ゆっくりとかかげた。
ルパンだけはまだ突っ立ったまま、不二子が去っていった方角を見つめていた。
「ま、気にするなルパン。こんな時もあるさ。今日は俺たちの負けだ」
ルパンの気持ちをどう想像したものか、次元は何気ない調子で軽く肩を叩いた。だが、ルパンは彼の言葉を殆ど聴いていなかった。そしてポツンと呟く。
「俺たちの味方になっておけばいいのに」
「あ? そりゃどういう意味だ?」
次元同様、五右エ門も興味を惹かれたように、ルパンの方へ顔を向けた。

ルパンは身体のあちこちを探ったりいじくったりしていたが、やがてパッと両手を開くと、ジャケットから魔法のように次々とダイヤモンドがこぼれ落ちてきたのであった。
月の光を反射して、神秘的で眩い輝きが彼らの目を奪った。次元は思わず口笛を鳴らした。
そのうちの一つを拾い、手の中に収まる星のごとき豪華な輝きに見入りながら、ルパンは云った。
「とっつあんに引き渡したのは、偽物のダイヤの方。盗んだ直後に、本物は俺がこっそり身につけて隠しておいたんだ。ネズミが俺たちの中に潜入しているなんて情報のキレッ端だけが入ってきたモンでな、用心していろいろ準備してたってわけさ」
「なるほど」
五右エ門は言葉少なに、だがいたって満足げに頷いた。
次元の方はといえば、いかにも愉快そうにククッと低く笑って、
「あの女も気の毒にな。ニセモノと逃走中か」
言葉と裏腹に、それほど気の毒だとは思っていない口調で云い、おもむろに帽子のふちに手をかけた。
「まあいいさ。不二子ちゃんには後で俺から、ちゃ〜んとプレゼントしてあげっちゃうから。このダイヤがいいかな?」
まるでここにはいない彼女自身にしているかのように、ルパンはダイヤに優しくキスをした。
そんなルパンの言葉は珍しく、相棒たちに穏やかに受け入れられた。
「お前ぇの好きにするといいさ」
次元の云い方は、いつもの皮肉な様子は影を潜め、どこか優しさを滲ませたものであった。

思い立ったが吉日とばかりに一気書き。
ずっと前から、それこそ「Masquerade」を書いた頃から、「変装」という要素を使って、これは誰なの??というちょっとしたサスペンス風小話(笑)を書けないものかと考えていました。これからも機会があれば、何かしら書いていけたらいいなと思ってます。
今回のお話は「この中で偽者は誰か」という切り口で。まあ、誰が偽者かは、かなりわかりやすいと思われます。
頭の中で考えていた時よりも、ずーーっとシンプルになってしまいました。本当はもっともっと入り組んで、皆が皆変装しているような話にしたかったのです が、それは原作新の一話になってしまうし、自分でもワケがわからなくなったので(やはり馬鹿;)…こんな形に落ち着きました。
次元は今回ミスリード役を割り振ってしまったので、話の進行上ちょっとでしゃばってもらいましたが…、まあたまにはいいかな、と(ダメ?笑)
ネズミ一族については、あまり深く考えてはいません。原作からエッセンスを拾い上げて、少しだけイメージを膨らませたものの、ごくあっさりと書いたつもりです。ルパンたちと張り合える敵役として、ネズミの名前は通りがいいかなと思いまして。

(04.4.9完成)

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