本音 (後)

不二子にしてみれば、こんな風に捕まるのはとばっちり以外何ものでもなかった。
次元の口ぶりからすると、どうも先日ルパンと次元が奪った、この街で一番大きなカジノの売上金に絡んだいざこざらしい。
その時ヨーロッパを転々と旅行していた不二子は、そのヤマに一切関係していないのだ。
(ルパンへの人質なんだったら、次元だけで充分じゃないの)
口には出さなかったが、本音を言えばそんな心境であった。
次元だけ、あるいは不二子だけでは、ルパンが見捨てかねないとでも、「ヤツラ」は思ったのだろうか。それとも、ルパンの協力者を一人でも減らした方が何かとやりやすいから?
いずれにしても、ルパンは必ず来る。不二子は確信していた。
不二子のためか。それとも相棒のため、それとも、己の誇りのため……?
(理由なんか何でもいいわ。ルパン。きっと、来てくれるわよね)

「おい、不二子」
次元の囁きが、不二子の物思いを破った。
見張りの男を意識して喋っているせいで、彼の声は聞き取りにくい。かすかに首だけを動かして、次元の方に顔を寄せた。
「何?」
「この縄を、どうにかしないことには、動きが取れねぇ。何とか緩めてみるから、少し痛てぇだろうが我慢しろ。声なんか上げるなよ」
「ええ」
そう答えたものの、その痛みは想像以上だった。思わず唇をかみ締める。
見張りに気付かれないよう、かなり静かに動いているのだが、それでもロープが食い込む箇所の痛みは耐え難いほどだ。痛みのあまり、きつく目を閉じる。
これだけ痛みに耐えたのに、実りは少なかった。いっこうにロープが緩む気配はない。
次元は思わずため息をもらしていた。不二子もつられて、ため息をついた。

「何をしている?!」
大きな図体に似合った、野太い声が響く。ドアに背を向け椅子に座り、銃を構えたまま二人の方を睨みつけている。
「何もしてねぇよ。できっこねぇだろ、こんなにガチガチに縛られてちゃよ」
次元のそのボヤキは、どうも本心のようだった。巨体の男は、次元の言葉に頷きつつ、縛られている二人をジロジロと無遠慮な視線を向ける。
「ヘヘッ、いずれにしてもそんないい女と密着していられるんだ。羨ましいご身分じゃねぇか、え? 次元さんとやら」
「良かったら、いつでも代わってやるぜ」
次元の軽口に、男は野卑な笑みを浮かべたが、それ以上もう答えようとはしなかった。
(見た目ほどは馬鹿じゃないみたいね)
不二子は、あの大男が自分にもっと興味を示せば、どんな媚態を見せてでもロープを緩めさせようと思っていたのだが、それも難しいようだった。

ドアの向こうから、階段を上がってくるような音がする。それはどんどん近付いてくる。この部屋へ向かって来ているらしい。
階段を上がる足音の数から、ここは少なくても5階以上の高さがあるようだ。もっとも、地下層がなければの話だ。が、この安っぽい建物の様子からして、地下に幾層も部屋があるとはとても思えない。
ノックの音がすると、巨体の男が椅子をずらしてドアを開けた。
金髪の女が、携帯電話を片手に部屋へ入って来る。電話と、そして銃を同時に次元の方へ向けた。
「ルパンが、どうしても声を聞きたいそうよ。でも、余計なことを言うと、ただじゃ置かないからね」

その途端、電話越しに不二子の方にまでルパンの声が響いてきた。
「こーの、ドジッ! バカッ! マヌケッ! 相棒失格だ、お前なんか! 俺がせーっかくサンディちゃんとデートしてたっていうのによぉ、どうしてくれるんだよ、邪魔しやがって!」
「うるせぇ! 俺だって今までどれだけお前の尻拭いしてきてやったと思っていやがるんだ」
「とっ捕まっているクセに偉そうにするな! だいたいお前はフランス人形だ、テディベアだって、昔っから女々しいんだよ」
不二子はあっけにとられていた。まったく緊張感のかけらもない。ルパンらしいといえばルパンらしいが、どうにも実際的でない。

次元も次元だ。せっかくのルパンとの電話なのだから、もっとマシなことを言えばいいのにと、不二子はイライラしながら電話から漏れるルパンの声と、次元との会話を聞いていた。
馬鹿馬鹿しい会話は続いていた。何故か、次元は辺りをしきりに見回しているようだった。彼の動きが、不二子に伝わってくる。
「誰がテディベアだ! お前だって6歳まで寝小便してたクセに、10歳で女買ったりしやがって、どうにもならねぇスケベだよ!」
「役立たずの相棒に言われる筋合いはねぇな。帰ってきたら覚えてろよ、一生便所掃除に格下げだ」
「上等だ。早く来やがらねぇともう二度と飯作ってやらねぇからな」
「何を呑気なこと言ってンのよ!次元ッ!」
思わず、不二子は口を挟んでしまった。すると、次元は憎々しげに怒鳴り返した。
「ウルセェッ、この欲張り女め」

「いい加減におしッ! つまらない喧嘩を聞いているヒマはないんだよ!」
女が、ついに怒りをあらわにした。次元の耳元から荒々しく電話を離す。
何となく不二子は女に同情した。勿論、自分をこんな風に監禁している憎い相手なのだが。ルパンのような男が相手では、常識的な人間には本当にやりづらいことだろうと想像して、ほんの少しおかしくなったのだ。
二言三言、女はルパンと話しているようだった。すると、しぶしぶながら女は、今度は不二子へ電話を向けてくる。ルパンが、不二子の声も聞かせろとごねたに違いない。
「ハーイ、ルパン。早く助けに来て頂戴」
「不二子ちゃん、わかってるって。……愛してるゼ」
「ルパン……」
いろいろとルパンに伝えたいことがある。
しかし、余計なことを言うなと言わんばかりに、女の銃が不二子のこめかみに当てられ、それ以上言葉が見つからなくなってしまった。
女はさっさと電話を離すと、再びルパンと話しながら部屋を出て行った。

以前と同じような沈黙が落ちる。
部屋がほんのりと、明るみを帯びてくる。窓から朝日が差してきたのだ。
「不二子」
次元が再び、そっと囁きかけてくる。
「ルパンのヤツ、お前に何と言った?」
「え? ああ……いつものおふざけよ」
「いいから! 全部正確に思い出して言え。重要なことなんだ」
次元の声は、さっきルパンと喧嘩をしている時とは、うって変わった真剣なものだった。不二子の表情も、さっと引き締まる。
「『不二子ちゃん、わかってるって。愛してるぜ』……これだけよ」
「OK。わかったぜ」
次元は、満足そうに笑ったようだった。



見張りの男は、相変わらずドアの前に陣取って座っていたが、前よりはずっと注意力散漫になっているのが見て取れた。夜通し起きていたのだから、いい加減眠気も覚える頃である。
チャンスかもしれない。ルパンと女の交渉の結果は、どうなったのかわからないし、ルパンの救助もいつになるか分からない。脱出にむけて自力で出来ることはやっておくべきだろう。
不二子がそう考えた時だった。
「おい、不二子。今だ。……お前、俺の手首の間接、外せるか?」
「えっ」
「どうもルパンのようには行かねぇからな。手首の間接でも外して縄抜けするしかねぇ。どうだ、出来るか」
不二子は、縛り上げられている自分の手を動かし、次元の手に触れてみる。かなり腕に縄が食い込んで全身が痛むが、無理をすれば出来ないこともない。
「痛いわよ」
「大丈夫だ」
それ以上、無駄口は叩かなかった。
不二子とてかつては殺し屋である。そのくらいの心得は充分にあった。一気に力を込める。
ゴキリと、嫌な音がした。
思わずヒヤリとする。次元の痛みを想像したせいでもあるし、見張りの男に気付かれるのを恐れたせいでもある。
が、男はうつらうつらと下を向いたままである。
次元は、さすがにわずかなうめき声すら立てずに痛みに耐えた。
しばらくの間、背後で次元がごそごそと動く気配がし、その都度不二子の腕も痛んだが、黙ってこらえるしかなかった。

「いいぜ」
次元はようやく縄から脱出し、自分の腕を治し終えていた。そして手早く自分の足に絡まる縄を解きにかかる。
「オイッ、お前ら……!」
見張りの男が目を覚ました。反射的に銃を持ち上げ、次元のほうへ向ける。
が、次元の動きはそれ以上に素早かった。瞬く間に男の懐に飛び込み、当て身をくらわせる。
男は、ググッとうめいて、床に派手な音を響かせながら倒れこんだ。男が座っていた椅子が吹っ飛ぶ。
「しまった!」
今の音で、階下にいる連中に気付かれたかもしれない。
「次元、早く私のも外して! これじゃどうにもならないわ!」
次元が慌てて不二子の腕の縄から外しにかかる。階下が、騒がしくなったような気がする。
「さーて、間に合うか。そろそろなんだがな!」
「どういうコト?!」
バタバタと、階段を駆け上がってくる音がする。一人や二人のものではない。物騒な足音が迫る。
不二子を縛っていたロープがついに解かれた。
だがせっかく自由に動けるようになっても、こんな場所では大人数の銃を持った人間から身を守りきれない。かと言って、地上へ飛び降りるにはあまりも高い。また縛られてしまっては、何もならない。
「次元! どうするの」
「来るぞ!」

次元がそう言った瞬間だった。
荒々しくドアが開かれる。銃を持った幾人もの男たちが顔を覗かせた。
と、同時に窓ガラスが派手に割れた。何かが勢い良く飛び込んでくる。
飛び散るガラスの欠片。赤い翼。そして……
「ルパン!」
そう叫んだ時、不二子は力強い腕に抱きとられ、体がフワリと浮くのを感じた。

不二子は空を飛んでいた。
ハンググライダーに乗ったルパンに抱かれて。
次元もどうにかルパンにしがみついている。
背後から何発もの銃声が聞こえたが、滑るようなルパンの飛行を妨げることはできなかった。

窓からグライダーで飛び込んできたルパンは、不二子と次元を抱きかかえると、そのまま反対の窓を割り、飛び去ったのだ。
清冽な朝の空気を切って、三人は軽々と飛び続ける。
「早朝の空の散歩ってぇのも、オツなもんだな」
相変わらずの軽口を叩きながら、ルパンは不二子にウィンクをして寄こした。
「そうね、結構気分のいいものね、ルパン」
「ま、このお邪魔虫がいなければもっと楽しいデートになるんだがなぁ」
「悪かったな、お邪魔虫で」
「拗ねるなよ、次元ちゃん。冗談だよ冗談」
三人の重みを辛うじて支えていたグライダーも勢いを失いつつあった。ルパンは狙いを定めて、ある建物の屋上に舞い降りる。
「計算通り! オミゴトォ!」
その言葉を証明するかのように、今降り立ったビルの脇に、ルパンの愛車が停めてあるのが見えた。



車を軽快に走らせながらも、ルパンは幾度も大きな欠伸をした。
「普段、こんな時間に起きたことねぇもんなぁ」
「デート疲れじゃないの? サンディちゃんとの」
ちょっとした皮肉を込めて、不二子は言い放った。とばっちりでさらわれて、痛い思いもしたのだから、少しくらい意地悪を言わなくては気がすまない。
「アレッ。まさか本気にしてんの、不二子ちゃん?」
ルパンは、そっと不二子の肩に手を回して抱き寄せようとする。いつものことながら、不二子はそれを振り払った。後部座席では、飽きれたように次元が寝転んで、煙草に火をつける。
「オイ次元、言ってやってくれよ。あれは暗号だったって」
「暗号? あの口喧嘩が?」
不二子は驚いて、隣のルパンと、ミラー越しに次元を見つめた。次元は面倒くさそうに頷いている。

「そりゃそうだ。いくら非常識なルパンでもあんな時に下らない戯言ばかり言いやしないさ。ま、やりかねないヤツではあるがな。それがこの暗号の狙いでもあるのさ」
「どういうイミだよ、次元。……まあ、そういうコト。俺たちの間で何種類か決めてある暗号の1つだったってわけ」
ルパンの言葉の後半は、不二子に向けられたものだった。
「6歳までオネショだとか、10歳で…」
「当たり前でしょーが。暗号なの!」
ルパンが何故かムキになって言った。次元はニヤニヤと笑いつつ、フォローするかのように付け加えた。
「あれは、捕らえられている部屋の大きさだとか、窓の数だとか、そんなことを伝えてたワケだ」
「次元のフランス人形だとかテディベアとか……トイレ掃除なんかも?」
「そ。見張りの人数とか。イロイロとな」

不二子は、納得しながら軽く頷く。
「結局、無駄にことは何一つ言っていなかったのね」
「不二子ちゃんがいてくれて、助かったよ。『愛してるぜ』は『30分後決行』の意味だったんだけっども、次元しか捕まっていなかったら、危うくコイツにそんな台詞言わなくちゃいけないところだったんだから」
「お前の暗号センス、悪すぎるんだよ。いつも言ってんだろ。これを機に考え直せよ」
次元がツケツケと言った。不二子はチラリと冷たい横目でルパンを眺めると、
「フーン。暗号だったのね。そうでしょうとも」
ルパンは途端に慌てて言い添えた。
「いやぁ勿論、本音だよ。本音! 暗号と掛けちゃいるけどさァ。不二子ぉ、わかってンだろ? 俺が本当に愛してるコトくらい」

不二子はルパンを無視して、次元に問いかけた。
「もしかして、私についたあの悪態まで、暗号の一つだったの?」
「あ…?『欲張り女』って言ったアレか」
次元は、煙草の煙でゆっくりと大きな輪をいくつも作りながら、続けた。
「あそこだけは、暗号じゃねぇ。つい出ちまった……本音だ」
「マッ!」
ルパンの明るい笑い声が、高く車内に響き渡った。

以前から一度は次元と不二子メインのお話を書いてみたいと思ってました。それにしても、こんな感じになるとは…(笑)
本当はもっと、次元と不二子がお互いに実力を認め合っているという雰囲気が出したかったのですが、それは次回以降の課題という事で。
喧嘩しつつも仲がいい、仲がいいけど色気のある方向へはなぜか向かわない、というのが、個人的にこの二人の好みの関係だったりします。
オチもこんな感じですし(笑)、軽い感じで読み流していただければ、一番いいのかなとも思います。
完璧にどうでもいい余談ですが、この話で五右エ門は、次元たちと一緒に捕らえられもしないし、ルパンと一緒に助けにも来てません。
それは、どこかとんでもない辺境の地へ修行に行ってしまっているという設定が、私の中ではされてました。ホント、どうでもいい話ですみません(^^;

(02.4.19完成)

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