The Last Shot (後)

「ルパン、無駄な抵抗はせずに、大人しく出て来い!」
ほぼ無人の遊園地に、銭形の叫びが奇妙な響きを帯びてこだました。
当然のことながら、その呼びかけに応えは、ない。
銭形は慎重に辺りを見回しながら、じっとルパンの気配を探った。

これほど遊園地は広いものだったろうか。これほど、陰鬱な場所だっただろうか。
楽しげに行き交う人々の熱気に溢れ、活気と歓声と笑顔に満ちているべき空間が、虚ろに静まり返っているだけで、そこはまるで別世界のように変貌を遂げる。
メリー・ゴーラウンドも、ジェットコースターも、観覧車も――気味の悪い影を落として銭形を囲繞している。
淡い常夜灯が、いっそう淋しげな雰囲気を高めている。

視界の隅で、灯りのひとつが、ちらりと瞬いたような気がした。
誰かが横切ったか。
銭形は影の方を振り向くと、素早く拳銃を構えた。
だがそこには、固くシャッターを閉ざしたクレープ屋があるばかりであった。人の気配も感じられない。
季節柄、暑いはずもないのに、いつのまにか銭形の額には、じっとりと汗が浮かんでいた。

銭形がいつにも増して神経を尖らせているのは、ルパン以外の存在を敏感に感じ取っていたからだ。
ルパンの車を彼と同じように追っていた男。やつも、この場にいるに違いない。
警察関係の人間ではありえない。とすると、ルパンを追う人間の種類は限られてくる。
(ルパンのヤツ、この街で何かしでかしやがったな)
苦々しく顔をしかめた。
しかし、どういう状況であれ、銭形のやるべきことは、何ら変わるものではない。
ルパン三世を逮捕する。ただ、それだけである。

その時、重い銃声が轟いた。
反射的に花壇の繁みに飛び込み、身を伏せる。
その姿勢のまま、銭形も一発、威嚇のつもりで撃ってみたのだが、逆効果であった。
彼の伏せた所のすぐ近くのベンチが、続けざまに銃弾を浴び、たちまちぼろぼろの木屑と化した。
硝煙の匂いが立ち込める。
静寂が戻ってきた。
銭形は、ゴクリと唾を飲みこんだ。
撃ってきたのはルパンではない。あの男だ。
――ルパンと間違われたのか、それとも銭形本人として狙われたのか。
どういう状況なのか、今ひとつ飲み込めないまでも、確実にわかったことがひとつある。
敵の腕は、そう悪くない。

◆ ◆ ◆

「あららら、とっつあんも災難だこと」
物陰に身を潜めつつ、呑気そうな呟きをもらしたが、ルパンの面はわずかに曇った。
まさか、自分を狙っているシンジケートの殺し屋が、警察の人間である銭形にまで発砲するとは思っていなかったのだ。
銭形をルパンと見誤ったのかもしれないが、「狂犬」とあだ名された殺し屋・ジャスティンの性質を考えると、「誰でもいいからとりあえず消す」との物騒な決断の結果である可能性が高い。
ぐずぐずしてはいられない。とにかくジャスティンを倒して、この場を逃げ出さなくてはならない。

さっきジャスティンが発砲したと思しき場所の、背後に回り込む。
メルヘンチックな建物や、カラフルな看板の陰に身を隠しつつ、忍び足で走る。
筋骨逞しい、物騒な人影が見えた。
ルパンがトリガーに力を込めた瞬間、気配に気付いた相手も、振り向きざま発砲する。
銃声が交錯した。
ルパンの放った3発の銃弾はいずれも外れた。うち一発はごくわずかにジャスティンの肩を掠めたようだが、厚い皮ジャンに阻まれ、大したダメージにはなっていない。
一方、ジャスティンからの弾丸の嵐は、まだ降り注いでいた。
ルパンは必死に身を低くしながら弾を避け、広場を転がり走った。何とか壁際に身を隠す。
「へったくそぉ。数撃ちゃ当たるってモンじゃねぇってんだよ」
息を切らしつつ、それでも憎まれ口を叩くのは忘れない。
残りの弾数はあと5発。
替えの弾も、銃以外の武器も、アジトへの通信器具も、すべて奪い去られてしまった後である。
この5発だけで、決着をつけねばならない。
ルパンは息を整えると、再び闇に身を潜めて移動し始めた。

◆ ◆ ◆

さすがにルパン三世は素早い。ジャスティンは半ば本気で感心し、歯をむき出しにした。笑ったのだ。
ルパンを追っている刑事も同様に、小賢しくよく動き回っているようだ。ルパンに対して呼びかけることもやめ、すっかり鳴りを潜めている。
せっかく姿を捉えたと思ったが、二人とも見失ってしまった。
刑事に先を越され、ルパンを連れ去られてはたまらない。
ジャスティンは弾を補充すると、あたりを見回しながら走り出した。荒々しく地面を蹴る。

「そこかッ?」
今は動かぬ回転木馬の後ろに、コートの影がひらめいた。すぐさまそれめがけて乱射する。
激しい炸裂音とともに、色とりどりの木馬や飾り立てられた馬車は瞬く間に穴だらけになった。
「やったかな」
ジャスティンは撃つのをやめ、一歩、近付く。
途端に、ずたずたになった馬車の陰から、彼めがけて弾が飛んできた。反射的に膝をついて避ける。
危うく、拳銃を弾き飛ばされるところだった。
「あじな真似しやがる刑事だぜ」
苛立ちを覚えながら、立ち上がる。ジャスティンは刑事が潜んでいるところへ、立て続けに弾を浴びせる。
隠れるところごと、吹き飛ばしてやる。そんな勢いで殺し屋は撃ち続けた。
「ハッハァ、見えたぜ、警察の旦那」
ついに直接銭形の姿を捉えた。逃げ出しざまに2発撃ってくるが、その狙いは大きく外れた。
ジャスティンは、走り去ろうとする銭形の後姿に、ゆっくりと照準を合わせた。

殺し屋の背後から、その瞬間、銃声が響いた。
「俺はこっちだよ、マヌケェ!」
ルパンだ。
ルパンの弾はジャスティンからわずかに逸れた。しかし、振り向いた彼を嘲るように、ひらひらと手を振ってみせる。
「少しは頭使ったらどお? それとも脳みそまで筋肉でできてンのかい、ジャスティン坊や」
「コソ泥が!」
怒りに任せて連射した。
が、ルパンは軽々と身をひるがえして木陰に消える。
「チョロチョロ逃げても無駄だぜ! こっちにはな、お前と違っていくらでも弾はあるんだからな」
その言葉を証明するかのように、ルパンを追って走りながら、ジャスティンは撃ちに撃ちまくった。
だが、ルパンはいとも簡単に弾を避け、挑発的に姿を現し、そしてまた消える。これを繰り返し彼を愚弄し続けた。
怒りのあまり、殺し屋の目の前が赤く染まった。

再びルパンの姿を見失った。
と思った時、不意を衝かれた。予想もつかぬところから顔を出したルパンの一撃に、振りかざした拳銃を弾き飛ばされる。
次に放たれたルパンからの2発の弾丸を、ジャスティンはギリギリのところで、転がって避けた。
巨体に似ぬ素早さで、ベンチの裏に飛び込む。身体が、熱く痺れた。
「くっそう、生意気な泥棒め!」
せっかく片付けられそうだった刑事も、ルパンのせいで逃げられてしまった。そのルパンもまたしても消えた。
許せない。
闘いでの高揚感と、ルパンへの激しい怒りに我を失い、殺し屋は次第に思考力をなくしていった。
どっちでもいい。とりあえず次に目の前に現れたヤツを撃つ。
ジャスティンはそう心に決めると、腰に下げていたもう一丁の拳銃を取り出し、昏い光を目に宿して再び歩き出した。

◆ ◆ ◆

「あれで仕留められなかったのは痛かったな……」
ルパンはひょいと首をすくめて呟いた。
想像以上にジャスティンはすばしっこく、ルパン渾身の一撃は彼の背中をかすめたにとどまったのだ。
しかしいつまで悔やんでいても始まらない。
残りの弾は、いよいよあと一発である。
「さぁて、面白くなったきたってところかねぇ?」
ルパンはまるで、手の中のワルサーに囁きかけるように云い、ひとり底知れぬ笑みを浮かべた。

◆ ◆ ◆

危ないところをルパンに救われたのだということを、銭形はよく解っていた。無法者は、銭形も容赦なく片付けようとしていた。
「ルパンめ。余計な真似を」
そう云ってはみたものの、複雑な思いがこみ上げてくる。
殺し屋の言葉を信じるとすれば、ルパンにいつもほどの余裕はないようだ。武器は彼愛用のワルサーP38しか持っていないらしい。
それが本当なら、弾も、いまや殆ど底を尽きているだろう。
弾数に関しては、銭形もルパンと同様であった。
実りのない捜査を終えて署に帰ろうとしていた、まさにその時ルパンに遭遇したのである。大した準備もしていなかった。
所持しているコルト・ガバメントに装弾していた、7発だけがすべてであった。
それも、残り一発しかない。

だが、こんな時であっても、銭形は当然ルパン逮捕しか考えてはいない。
状況を打破するには、さっさとルパンと取り押さえ、速やかに立ち去ればいい。殺し屋など二の次、三の次である。
銭形には、常にルパンしか見えていないのである。
だからこそ銭形なのだともいえた。

その時、噴水のある広場を挟んだ向こうの木陰に、派手なジャケットがちらりと覗いた。
銭形に見せつけるかのごとく、横顔が不敵に笑っている。
「ルパン! そこを動くな!」
叫びざま、銭形は潜んでいた物陰から広場へ、無我夢中で踊り出た。
同時に、銭形の左側から、彼に向けられた凄まじい殺気が迸るのを感じた。
殺し屋である。
「あばよ、サツの旦那」

たった一瞬という時間が、飴のように伸びた――

銭形は、しかし殺し屋の方を見もしなかった。向けられた銃口も無視した。
ようやく姿を現し、去って行こうとするルパンから、目を逸らして逃げられてしまうわけには行かぬ。
何もかも構わず、銭形はルパンめがけて突進していった。
ルパンが、静かに立ち止まり、銃を構え、トリガーを引くのが見えた。


銃声はほぼ同時だった。


ガシャリと大きな音を立てて、殺し屋の拳銃が足元に落ちる。
そして、殺し屋本人もゆっくりと崩れ、地に倒れ伏した。
ルパンの最後の一発は、狙いたがわず敵を射抜いていたのである。
その殺し屋が最期に放った弾は、銭形の帽子の縁をかすめ去っていた。
銭形の帽子も、はらりと地面に落ちた。

それでも銭形は、まだルパンを見据えていた。
銃声と同時に、一度止まっていた足は、再びルパンの方へと歩み出す。
その手の中には、拳銃がいまだ握られている。中に、最後の一発を残して。

ルパンは、困ったような、それでいて人を食ったような笑顔を、銭形に向ける。
「とっつあんたら、相変わらず猪突猛進なんだからぁ。こっちがハラハラしちまうぜ」
「ほざけ。貴様、俺をエサにしおっただろう。殺し屋に俺を狙わせている間に……」
ヘヘヘとルパンは笑うだけで、何も答えようとはしなかった。銭形も、答えなど望んではいない。
彼の望みは、ただルパンを捕えることだけ、なのである。

一歩一歩ルパンに近付きながら、彼に銃を向けてみた。突きつけられた銃口に肩をすくめて、ルパンはおどけたように云う。
「おーお。今度はとっつあんかよ」
弾の尽きた銃を、ルパンはポンと放り投げた。
それを見つめる銭形の表情には、次第に苦渋が滲み出てくる。深く眉根を寄せ、銭形はわずかに俯いた。

そして、再び顔を上げた時、彼は夜空に向けて、残りの一発を撃ち放った。

銃声の余韻が残る中、銭形はルパンと同じように、からになった銃を投げ捨てた。
きょとんと不思議そうに目を見開くルパンに対して、銭形は大声で怒鳴りつける。
「拳銃なんかは性に合わん。貴様には、これで充分。ルパン、逮捕する!」
そう云うや、懐からお馴染みの投げ手錠を取り出すのであった。

「うわぁ、そっちの方がずーっとおっかねぇや」
陽気な笑顔がこぼれる。ルパンは軽々と身をひるがえした。
「今日という今日は逃がさんぞ、ルパン! 神妙にせんか」
宿敵の背中を睨みつけ、手錠を振り回す。
いつものように銭形は、意気揚々と、一心にルパンめがけて走り出した。

「闘祭」への出品作品。
「闘」といえばルパン対銭形という直球思考の産物。それと同時にルパン対殺し屋という要素も盛り込んだらどうなるんだろう…という思いつきと、「最後の一弾」という要素を絡めたら、わりとササッと書き上がりました。
本当は、ルパン、銭形の弾数の減り方をじっくり書いて(一発ずつジリジリ減っていくように)、カウントダウン的に盛り上げたかったのですが…それほど話を長くしたくもなかったので、一気に三発撃ったりしちゃってます(笑)
夜の遊園地という舞台は、新ル「ルパン史上最大の苦戦」より。この話、子供心に非常に印象的だったので。さすがにミラーハウスは使いませんでしたけど(^^)

(03.11.20頃完成)

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