Masquerade 6

銭形は、その反論に一向に動じた風もなかった。
「残念ながらそのアリバイは成立しません」
「なぜですのっ?」
銭形はゆっくりと部屋を歩き回りながら、語った。

「私は、仕事柄いろいろと観察してしまうのがクセでしてね。あのゲームの1回目、私は探偵役に当たり、控えの間に入る機会がありました。そこで面白いものを見つけましたよ。普通の人ではアレに気づかないでしょうが」
エンリコとアナの顔色が、誰の目にもわかるくらい蒼白になった。
顔の包帯をとってしまった元ミイラ男が突然思い出したように言った。
「そういえば、あなたは控えの間でしきりと壁を見てましたね。はじめは壁にかかったリトグラフでも鑑賞しているのかと思ってましたが……」
「そうです。さすがは我が『助手』。よく覚えてますな」
銭形は静かに笑った。さらに話を続ける。
「私は、控えの間に奇妙な壁を見つけました。あれは隠し扉ですね。どういう意図で作られたのかは知りませんが、控えの間から、この大広間へ通じる、もうひとつの扉があったのです」

エンリコはガタガタと震え始めた。虚勢を張る気も失ったらしい。アナは血色の悪い唇を強くかみ締めていた。
銭形は、そんな2人の様子を無視して一気にまくし立てた。
「すべてはエンリコさんとアナさん、あんたたちの計画だった。ステファーノ氏とロッテさんの狂言事件の計画を偶然知ることになったあなた方は、それを利用 してステファーノ氏を亡き者にしようとした。本物のルパンが来るはずもないと知っていたから、部屋を暗闇にしてしまうような危なっかしいゲームを提案でき た。その暗闇の中で殺し、しかも宝石が偽物に『すりかわっている』とわかれば、すべてをルパンのせいにできると踏んだのでしょう。しかもあのゲームで探偵 と助手になれば、自分達はその時、控えの間にいたというアリバイを作れるってわけだ」

相変わらず冷静なリカルドが、表情ひとつ変えずに訊ねた。
「そんなアリバイを考えていたとすれば、夫婦で探偵と助手になれるまで、ずっとゲームを続けるつもりだったのでしょうか?」
「いいや、違います。エンリコさんは、かなりカードがお得意のようだ。まるで手品師のようにカードを操る。カードを使ったマジックを嗜まれるのではないですかな?」
銭形に問い掛けられ、エンリコはさらに青ざめた。が、断固として口をつぐんだままだった。銭形は特に気にした様子もなかった。

「カードマジックには、『フォース』という技法があります。よく観客に好きなカードを引かせて、そのカードを術者が当てるマジックがあるでしょう? それ に使われたりするのですが……観客には自分の意思で選んだと思わせておいて、実は術者の希望通りのカードを引くように強制するテクニックです。エンリコさ んは、この手を使って皆さんにカードを引かせました。キングとクイーン以外のカードを引くように、です」
「そういえば、毎回エンリコさんがカードを切っていたな……」
思い出したように、ナポレオン姿の舞台俳優氏が囁いた。
「でも、どうしてゲームの3回目に」
「それがあの停電と関係していると、私は考えています」
銭形は自信たっぷりに答えた。

「エンリコさんは、ゲームが始まる前に、警備員にいろいろ指示を出していた。そのうちの1人が、部屋からこっそり出て行っている。覚えておられますか?  多分その男が共犯です。その警備員が屋敷全体の電源を密かに落とす役目だったのでしょう。彼が電源を落とすための準備ができるまで、普通にゲームが続けら れた。電源が落とせるように用意が整ったらエンリコさんへ連絡をする……エンリコさんは携帯電話をバイブレーションにしておき、その電話にかけさせること で準備が整ったことを知る」
エンリコの額には、大粒の汗が浮かび、顔色は蒼白を通り越して灰色と化してきた。その様子が、銭形の言葉が真実であると証明しているかのようだった。

「どうして停電にしたんでしょう……?」
ナポレオン氏が誰ともなしに問い掛ける。答えたのはやはり銭形だった。
「それはそうでしょう。ゲームは続いていたのです。悲鳴が上がって5秒したら明かりが点いてしまう。5秒じゃ、隠し扉をきちんとしめて控えの間に戻ること が難しかったからです。さらには、屋敷全体が停電していなければ、その隠し通路を灯す明かりが広間に漏れ、扉の存在自体がばれてしまう。それを恐れたから でしょうな」
「どうやって暗闇の中で父を探し出せたのですか?」
リカルドの言葉は、1歳違いのエンリコに訊いたようでもあり、すべてを推理し尽くしているらしい銭形に向けたもののようでもあった。
エンリコが沈黙しているので、これにも銭形が答える。
「エンリコさんを調べればすぐにわかるでしょう。きっと暗闇の中でも見える赤外線スコープを、まだ隠し持っているはずです」

「ちくしょうッ!! オオオオッ!」
突然、野獣のように叫び出した。
「パパが悪いんだ! こいつをっ、こいつなんかを跡取にするなんて言うから……! 今のままちゃんとしないなら、僕を無一文で放り出すなんて脅すからっ!」
憎悪に燃えて、義弟リカルドを指差す。
「お前が悪いんだぞ!」
 そして、エンリコは狂ったように駆け出した。荒々しく客を突き飛ばし、広間の出口へ必死で走る。
「どけっ!」
アナが夫に続いて逃げ出した。
「逃がすんじゃないわよっ! 捕まえて!」
一瞬戸惑いを見せた黒服の男達にすばやく命令を出したのは、ルチアだった。
黒服の男たちは、エンリコ夫妻を追って走り出した。


◆ ◆ ◆


「地元警察もすぐ来るようです」
リカルドが相変わらずの無表情で言った。
誰もが疲れ果て、ホッと安心のため息を洩らした。

ナポレオン氏が、賞賛の目を銭形に向ける。
「さすが、ICPOの銭形警部ですな。お見事でした」
「いやぁ、あれくらいの事件、私にしてみればどうということもありません」
銭形はちょっと澄ましてハッハッハ、と笑った。
「それでは、私はこれで。失礼しました」
銭形が勇ましく敬礼した瞬間だった。
敬礼したその手に、目にもとまらぬ速さで手錠が掛けられたのだった。

「なっ何をするんだ、君は?」
銭形の手に手錠を掛けたのは、鉄仮面の男だった。鉄仮面はようやく口を開いた。
「もうお芝居は終わりだ、警部。いいや……ルパン三世」
そう言うと、鉄仮面の男は今まで自分の顔を覆っていた重く無骨な仮面を、すばやく取り去った。仮面の下から現われたのは……銭形の顔であった。
「警部が2人!」
2人の銭形は、手錠を介して睨み合う。

「ンホホッ、なんだとっつあん、来てたの。そーゆーことは早く言ってくんなきゃ」
そう言うと、手錠を掛けられた「銭形」は、その「顔」をゆっくりと脱ぎ捨てた。するとそこには、ルパン三世の不敵な笑みがあった。
「ルパン三世……!」
そう言うと、全員が息を呑んだ。


「推理は見事だったぜ、ルパン。今回の事件を、お前が自分の悪事に利用しようとしたら、すぐさま俺が出て行ってとっ捕まえてくれようと思っていたんだがな」
「何だよ、とっつあん。とっつあんも真相がわかってたんならネ、さっさと真相明かしてくれりゃ〜良かったンだよ! 楽しちゃってぇ。お陰で俺様、タダ働きしちゃったじゃないのよ」
銭形は、手錠についた鎖を引き絞りながら、じりじりとルパンとの距離を縮めていく。
「お前にかけられそうになった濡れ衣を、自分の手で晴らさせてやったんだ。感謝しろッてんだ。シャバのいい思い出になっただろうが。さ、ルパン、今回お前は何もしちゃいないが、ここで会ったが百年目、神妙にお縄を頂戴するんだっ!」

「相変わらず、古いンだから。いやンなるねェ、昭和一桁は。それに何だよ、あんなに強くぶん殴ってくれちゃって」
「へっ、パーティへ来てみて、お前がルパンだってことはすぐにわかったよ。で、せっかく『犯人』役が当たったんでな、お前の気配だけを俺は追っていた。日頃の恨み、晴らすチャンスだからな」
「警察のやることかよぉ」
軽口を叩きながらも、ルパンはさり気なく手錠を外しにかかる。それを見て取った銭形は、豪快に笑った。
「ルパン、外そうったってそうはいかねぇぞ。改良に改良を重ねた、最新式のICPO特殊手錠だ」
銭形はさらにぐいぐいと、ルパンを引っ張る鎖に力を入れた。ルパンとの力が拮抗し、鎖はピンと張りつめた。
が、ルパンは不意に腕の力を抜く。勢い余って、銭形は派手にひっくり返った。
ルパンはその隙に、銭形の後ろにいたルチアにゆっくり近寄った。

「あんたかい? このとっつあんを呼んだのは」
ルチアとルパンの瞳が正面からしっかりと絡み合った。ルチアは、微かにほほえんだ。
「ええ。ルパン三世の予告状、私は本物だと思っていましたので。ルパン逮捕を何度も果たしている銭形警部に助けを求めました」
「何度も逮捕ってコトは、何度も逃げられてるってコトなんだぜ?」
ルパンも不敵に笑い返した。
「では、今回も逃げ出せて?」
「もっちろん。……『アデラシアの星』、まだレプリカしか見てないけっども、俺気に入っちまったんだな〜。あんたが正式に持ち主になったら、改めて頂戴しに参上するぜ」
そう言うと、ルパンは軽くルチアの唇に唇を重ねた。
「コレ、予告状の代わり。ンフフフ」
 
「ルパーンっ! 俺の目の前でそんなことは許さんぞ! キリキリ歩け! お前はこれから刑務所行きだ」
起き上がった銭形に引っ張られつつ、ルパンはルチアにウィンクする。ルチアは大きく頷いた。
「今の屋敷以上の警備を敷いて、謹んでお待ち申し上げますわ、ルパン三世」

「さあ、来い、ルパン!」
「そうは行かないのよね、とっつあん」
ルパンはそう言うと、すばやく靴を脱ぎ、蹴り飛ばした。
壁に当たった靴は、凄まじい勢いで煙を吐く。部屋は瞬く間に白い煙に包まれ、何も見えなくなった。
客達から悲鳴が上がる。が、それも一瞬のことで、すぐに静まる。
部屋にいた全員が、床にうつ伏して眠り込んでいた。ただ1人、マスクで顔を覆ったルパンを除いては。
「お休み〜」
ルパンはどうにか手錠を外し、そっと立ち去る。

その時。
ルパンの足首を、再び投げ手錠が捕らえた。
うつ伏していた銭形が、低く笑いながら起き上がる。
「アララ、とっつあん、おネンネしたんしゃなかったの?」
「何度この手を食ったことか。ルパン、今度はそうはいかんのだ。俺だって、この屋敷に入る時のボディチェックごとき何でもない。隠して、防毒マスクや手錠くらい、持ち込めるんだぜ」
「そうみたいね」
ルパンはため息をついた。銭形は、ルパンに近寄り改めて腕に手錠を掛けた。手錠が勢いよく音を立てる。
「何度聞いてもいい音だぜ」
満面に笑みを浮かべて、銭形はルパンを引っ張った。

「とっつあん」
「何だ、最後のイップクとやらもやらんぞ。煙草で何されるかわかったもんじゃねぇ」
「学習してやがンなぁ。……違うよ、煙草じゃなくて聞きたいコトあんの」
「あ?」
銭形は、仕方なさそうにルパンを促す。ルパンは珍しく真面目な調子で訊ねた。
「何であの予告状が、俺からじゃないってわかった?」
「バカヤロウッ、何年貴様を追っかけてると思ってる! あれくらい分からんでルパン専任捜査官が務まるかっ! それにな、お前の予告状の真偽の見分け方は企業秘密だ! トップシークレットだ! お前なんかにぜーーったい明かせるかっ!」
銭形は一喝した。が、ふと気を変えたように銭形は呟いた。
「ひとつだけ、教えてやるとだな」
「ん?」
「あの予告状には、ジタンの匂いがしなかったな」

ルパンは薄く笑った。銭形も、かすかに頬を緩めた。
「ナルホド。さすがとっつあん。俺、禁煙でもすっかな」
「刑務所の、お前専用スペシャルルームへ行けば、イヤでも禁煙させられるさ」
銭形は、急に面を引き締めると、わざと冷たく言い放った。そして鎖を引っ張る。
「行くぞ」
「ん〜〜。やっぱ俺、禁煙できそうもないから、スペシャルルームは遠慮しとくわ、またね」
そう言いが早いか、ルパンは袖口から何かをすばやく取り出し、それを勢いよくフッと吐いた。
銭形の額のど真ん中に、それは突き刺さった。
「ル……!」
ルパン。
銭形はそう言い終えることが出来なかった。バタリと倒れこみ、あっという間に豪快な鼾をかきはじめる。ルパンはそっと囁いた。
「即効性の麻酔針さ。それほど痛かねェだろ? 今度こそ、オヤスミ、とっつあん」


◆ ◆ ◆


軽々と警備をすり抜け、ルパンはステファーノの館の裏手に止まっている愛車・べンツSSKに飛び乗った。
「次元ちゃん、お待たせ〜」
次元は、悠々とシートにもたれかかったまま煙草を吹かしていた。
ゆっくりと体を起こすと、ジロジロと相棒を観察した。
「な、何だよ、次元」
「ルパン、獲物はどうした?」
次元が車を走らせながら訊ねた。ルパンは簡単に今夜あった事を話して聞かせる。
「で、ルパン、本物のありかもわかったことだし、いただきに行くんだろうな?」
「まあ、いずれはな」
「いずれって……。あの宝石は、お前をハメようとした男のものなんだろ? 何ですぐいただかないんだ」
ルパンはニヤニヤと笑っている。次元は、そんな相棒を横目で見ながら舌打ちした。
「やっぱな。お前のツラ見りゃ、わかるんだ。……また、女かよ」
「いいじゃないの、次元ちゃん。いずれ俺たちでいただくわけだし、奪い甲斐のある相手から盗んだ方が、楽しいってモンさ」
「宝石と女、どっちが目的なんだか」
次元は呆れた様子でルパンを見やると、強く、強くアクセルを踏み込んだ。
車は、夜のパレルモへと呑み込まれていった。

ルパンVS銭形!と意気込んで書いた作品。もともと私は物凄く推理小説好きでして、頭の中であれこれ考えているうちに「そっち」に流れていってしまいました。なかなか主要人物が顔を現さない、じれったい(?)話でもあります。
タイトルがまず思い浮かんだお話で、そこから「この中の誰がルパンなの?」というミステリ風のお話にしようとしたのですが、正直これはそれほどうまくいってません(^^;
仮装・変装という要素をもう少し上手に消化できれば、もっとどんでん返しになったり、読んでる最中も「これは誰?」という緊張感が出せたんだろうな〜と猛烈に反省してます。
特に「ルパン」ファンの方々は、変装には免疫があると思いますし。
開き直ってもっと長くして、脇のキャラを書き込んでも良かったかな、という気も。
でも銭さんに「ジタンの匂いが…云々」という台詞を言わせることが出来たので、とりあえずこれだけは大満足(笑)。

マーダー・ゲームについては、有栖川有栖作「月光ゲーム」(創元推理文庫)でその存在を知り、参考にさせていただきました。

(01.5.30完成)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送