願いを一つだけ (中)

「ルパン、ルパン……」
暗闇の奥から、密やかな声が聞こえてくる。ひどく遠いところからのようでいて、耳のすぐ脇で囁かれているかのような──ねっとりとまとわりつく、蜜のような女の声。
女? 最初に彼の名を呼んだ声は、もっと低く、性別も判然としない茫洋とした声ではなかったか。
「ルパン三世……」
その違和感もすぐに忘れた。呼ばれるままに、彼は目を開いた。そうしてから、自分は眠っていたのだという事を思い出す。
手足が泥のように重く、まるで動かないことにかすかに焦りを感じつつも、ルパンは平静な声で訊いた。
「誰だ?」
目を開いたはずなのに、真の闇がわだかまり、彼の周囲を包み込んでいる。手足だけでなく首も、指先一つ動かすことは出来なかった。

と、その時目の前の闇の一部が、かすかに蠢いた。淡い乳白色の靄がかかり、ゆるゆると一つの形を成していく。
それはやがて、白い女の裸体になった。
青みすら帯びたまっ白な肌、闇と同じ色をした漆黒の長い髪、そして血のように赤く肉感的な唇をもった女。しなやかな全身は妖艶そのもので、ぞっとするほど美しかった。
しかも、女は宙に浮いている。軽く腕を組み、妖しい微笑みと共に彼を見下ろしている。僅かに動くと長い髪が蛇のように裸身を伝い流れた。
「ようやくわたしに気付いたか。お前は相当強固な意識を持っているんだね。呆れるほどだよ。こんなに接触しにくい人間がいたなんて、久しぶりに驚いた。このわたしが……本当に久しぶりに」
傲慢な口調でそう云うと、ニッと赤い唇がほころぶ。
ルパンも笑い返した……つもりであるが、うまく唇が動いたかは定かでない。
「いくらべっぴんさんとはいえ、イキナリお前呼ばわりされる覚えはねえな」
舌も思うままにならないもどかしい感覚はあったが、不思議と言葉は発せられるようだった。女はまたしても妖しく笑った。
「つれない事を云うんじゃないよ、ルパン三世。わたしはお前の願いを叶えてあげるために現れたんだから」
「願い?」
「そう。一つだけ叶えてあげる。何でも、お望みのままに」
ルパンの脳裏に、つい先ほど盗んできたばかりの奇妙な壷と、黒山羊の尾が浮かぶ。
だが深く考える事は、なぜか出来なかった。頭の深奥がぼんやりと霞み、何もかもが膜に覆われたように遠く、重い。
それでもルパンは意識を集中させ、いつもの調子で云った。
「願いなんかないね。ノーサンキューよ」
女はさもおかしくてたまらぬといった様子で、大いに笑った。嘲笑だった。

「願望のない人間なんかいるものか。やせ我慢はおよし。どんな願いも叶うんだよ。わたしに不可能なことなんかない。さあルパン、何が欲しい? どうしたい?」
「ホントにないって。俺、なんでも持ってるモンね。頭脳明晰、容姿端麗、天下無敵、なーんてナ」
「なかなかしぶといね。……そう、わたしが信じられないんだね。お前らしい用心深さだよ。何の見返りもなく、願いを叶えてやると云う話がうますぎると思っているんだね」
ルパンは答えない。じっと、女の顔を見上げてる。一瞬、二人は激しく睨みあう格好となった。蠱惑的だった女の顔に、じわりと黒い悪意が滲み出してきたように、ルパンには見えた。
が、再び真っ赤な唇が柔らかく開いた。
「あの壷から出してくれたお礼さ。これならいいだろう? さあ、遠慮は要らない。云ってごらん」
やっぱりあの壷と関係があるのかと、ルパンは遠く考えた。
「お礼なんざ必要ねえよ。俺の意思でやったンだ。それに、叶えて欲しい事なんかないんだよってば」
女の笑みがかすかに歪む。
「そんなはずはないだろう。強情な男だね、夢の中だというのに。云いなさい、願いは何? 巨万の富? 世界を支配する力? 不老不死? それとも……峰不二子の心か?」
ルパンは昂然と叫んだ。
「いい加減にしやがれ、しつこいぞ。俺はなぁ、他人の力で叶えたい事なんかないんだよッ! 欲しけりゃ自分で手にいれらあ、この世のどんなモノでもな!」
 
彼の叫びは、女の妖艶だった顔を、徐々に凄惨な様相に変貌させた。
「なんとまあ、傲慢な男だろう。ほぼ無意識の領域でもこんな態度をとれるとはね……。不信の塊のような性格なのはすぐに判ったから、お前でも不思議さを感じないで済むよう、わざわざ夢という場を作って願いを聞いてやろうとしたっていうのに」
「大きなお世話」
その吐き捨てるような口調に、女はぶるりと身を震わせた。暗闇の中で唯一輝いていた白い身体が、闇色に染まり始めた。
ルパンはその様子を不思議なほど冷静に眺め、
「おや、化けの皮がはがれてきたようだぜ。俺が女に甘いと思って、そんな格好で出てきたんだろうが、とんだ計算違いだったな」
次第に女は凶悪な面相になりつつあった。ぬめるようだった肌は、足元からじわじわと黒ずんでゆく。それを見守りながら、ルパンはまだ自由に動かぬ顔で、不敵に笑った。
「ほーら、そろそろ退散した方がいいんじゃないの? 変装がとけかけてるぜ、べっぴんさんよ」
女の目が赤く光った。
「……こんなにしぶとい人間が今もいるとは、つくづく驚きだよ。でもここはお前の意識の中だから、お前に有利なのは仕方がないさ。だけど、わたしは諦めな いよ。こうなったら絶対に、お前をひれ伏させてやる。わたしに乞いすがり、願いを叶えてくれと泣きつくまで、お前の傍から離れないからね」
その頃には、女の声は老婆のようにしゃがれ、足元はすでに人間のものでなく、蹄のついた黒くねじれた形に変わりつつあった。
やがて闇の中へ姿は溶けていったが、それでもまだ声だけが陰々とこだまする。
「いいね、ルパン三世。お前の願いを一つだけ叶えよう。それまでわたしは常にお前の傍にいるよ……」




「ルパン、おい、ルパン。どうしたんだよ、起きろって」
次元の手が、荒々しくルパンの肩をゆすぶっていた。ハッと目を見開き、彼を覗き込んでいる相棒の顔をまじまじと見つめた。
「まだ寝ぼけているのか? ものすごくうなされてたから起したんだが……」
ベッドの中でゆっくりと上半身を起すと、ルパンはコキコキと首を回した。全身が汗ばみ、やけに頭が重いが、今はもう自由に身体は動くようだ。
「うなされてた、か」
ルパンの呟きに、次元は軽く両手を広げて答えた。
「ああ、部屋の外まで聞こえてきた。怒鳴ってるみたいな寝言がな。入ってみたら、うんうん唸ってやがるから、何事かと思ったぜ。悪い夢でも見たのか」
「夢ね……あれが、夢」
起きたはいいが、自分の物思いに沈み込んでしまったルパンに、次元が怪訝そうな目を向けた。
「……ホントにお前おかしいぜ。夢がどうかしたのか?」
先ほど味わった感覚を引きずり、まだぼんやりとしていたルパンは、珍しく素直に問われるまま語った。


聞き終えた次元は、口元をへの字に曲げて、しばらく考えた後、
「お前でもあの壷に感化されてそんな夢を見たか……そうでなけりゃ、本当にアレが悪魔の力を持ってるか」
「ンなわけあるかよぉ」
どちらについても否定したがっているようだ。自分が見たあれほど生々しい感覚を残した“夢”ですら、ルパンは笑い飛ばそうとしている。が、それでも気にはなるのだろう。ベッドに座りながら、まだどこか遠い目をしている。
そんなルパンをあえて茶化すように次元は云った。
「何か願い事してみたらどうだ? 叶ったらめっけもんじゃねえか」
ルパンは大きく首を振った。
「ジョーダンじゃねえよ。もしも、だぜ? もしもアレが本当に悪魔の力を宿してるものだとしたら、俺のお願いを素直に聞いてくれるハズはないでしょ。神サマじゃないんだから」
「そういうもんかね」
「そういうもんだろ。俺が悪魔だったら、バカ正直に人間の願いなんかきいてやらないね。イジワルして楽しんじゃうぜぇ。ホラ、よく小説にも出てくるだろ う、このパターン。願い事したはいいけど、ものすごーく皮肉な形で叶っちまって、こんなことなら願い事なんかしない方が良かった〜ってハメになるのよ」
うーむと唸って次元は腕を組んだ。
「とりあえず、不二子がいなくて幸いだったな。あの女だったら、誰がなんと云おうと『この世の財宝すべてわたしのものに』って願うに違いないぜ」
「するってぇと、さしずめこの世からすべての人間が消滅し、不二子一人が世界中の財宝と一緒に残される、って有様になるかもな」
「おお、おっかねぇ」
ルパンは目を覚ましてから初めて笑った。
「もしもの話ヨ。そんな力を持ったものがこの世にあるわけないって」
「だが、妙に気になるな……面倒なモンを手に入れちまったかもしれないぜ」
次元は顎鬚を触り考え込んだ。

その時だった。けたたましく電話のベルが鳴り響いた。

電話は彼の枕元にも一台置いてある。ベッドに座ったまま、ルパンは受話器を取った。
「はいはい、どちらさん?」
「ルパン三世だな」
ひどく低く聞き取りづらいが、高圧的な男の声が囁いた。ルパンは尖った口調で云い返した。
「用があるなら、そっちから名乗ンな」
「……お前が手に入れた壷を我らに渡すのだ」
「誰だ、貴様ァ? いきなり何を……」
そこで一旦言葉を切り、ルパンは口調を変えて問うた。
「壷を渡そうにも、相手がわからなきゃどうにもできねぇだろう」
電話の向こうは沈黙した。不気味な数瞬の後、ようやく声が聞こえてきた。
「デモーニッシュ協会」
「デモーニッシュ協会サン、ね」
そう呟きながら振り返って、次元を見やった。それだけで、次元にも例の壷の件で掛かってきた電話だと分かった。彼は渋面を作った。
電話の向こうから、再びカサカサとして不明瞭な声が響いてきた。
「渡すな?」
「……嫌だ、と云ったら?」
「あれは元々、我らの物。返さぬとあらば、我らが主の名において大いなる呪いをもって報いられる事になろうが、如何か」
「おーおー、呪い大いに結構。お好きにどうぞってなモンよ。そんじゃ交渉決裂って事で。サイナラ」

相手の返事を待たずに、ルパンは受話器を叩きつけて電話を切った。鼻から不快さと共に大きく息を吐き出す。
次元が憂鬱そうな声で尋ねてきた。
「ルパン、壷を渡せってことか……」
「ああ、そんな事云ってたな」
答えながら、ルパンは素早くベッドを抜け出し、着替え始める。
「やっぱりあの壷はロクなモンじゃねえな」
「だからって、高圧的に『よこせ』って云われて、ホイホイ渡しちまったりしちゃ、ルパンの名がすたるってモンさ」
「そりゃそうだが。意地を張るほどの値打ちもないだろう。黒山羊の尻尾の干物だぜ。それに、何やら不気味だしな」
「ま、そうなんだよねぇ。アレ、どうしよっか、次元」
「知らねえよ、お前が意地になって抱え込んだシロモノじゃねえか」
次元は苦笑いするしかなかった。

着替えを終えたルパンは、次元と並んで部屋を出て、リビングへ入る。件の壷は、まだ昨晩と同じところへ置き去りにしたままだ。
「五右ェ門は?」
「この壷が相当気に食わないようでな。身を清めるだとか云って、出ていっちまったが……そろそろ戻るだろう」
「ふうん」
ルパンは先ほど見た“夢”を思い出しながら、壷の中をそっと覗く。真っ黒な壷の中身は判然としないが、黒山羊の尾はそこに収まっているようだ。
昨夜から誰も触れていないのだから当たり前の話である。なぜそんな事をわざわざ確かめてしまったのか。自分でもよくわかりなかった。わかりたくなかったのかもしれない。
「……俺ァ信じないぞ、あんなコト」
「何か云ったか、ルパン?」
次元がそう尋ねた刹那。

轟音とともに窓ガラスが次々に砕け散った。反射的に二人は床に伏せた。
容赦なく撃ち込まれるマシンガンは、嵐の如く荒れ狂い、部屋中のものを破壊していく。
「ちっくしょう、早速悪魔崇拝者とやらのお出ましか。結構な人数で押しかけてきたようだな」
床を這うように移動し、すっかり窓ガラスがなくなった壁際に身を潜めたルパンは、拳銃を手に反撃の隙を待った。
同じように壁に寄り、密かに外の様子を窺っている次元も、忌々しそうに云った。
「ずいぶん早いお出ましだな。さっきの電話はずいぶん近くから掛けてたって事か」
云いざま、素早く立ち上がり、次元はマグナムを連射した。銃弾が交錯する。木陰から数人の男が悲鳴をあげて地に転がった。マシンガンの連射がわずかに弱まる。
ルパンもすかさず立ち上がると、銃弾を放った。一人の肩を撃ちぬき、続いて次の敵に狙いを定める。
しかし。
「アリ?」
急にトリガーが引けなくなった。どれだけ力をこめても、まるきり動く気配すらない。
あり得ない事だった。常日頃から危険と隣り合わせに生きるルパンにとって、身につける武器の数々の手入れを怠ったことはない。
呆気に取られているルパンの腕を、次元が激しく引っ張り、床に引きずり倒した。
「バカヤロウ、こんな時になにボーッとしていやがるんだ!」
頭上では、再びマシンガンの銃弾が吹き荒れている。危ないところであった。
「……銃がイカレちまったらしい」
下唇を突き出し、ルパンはワルサーをしまいこんだ。そして、武器の隠してある右側の壁際へと、不本意そうに這っていく。

その時、敵の潜む茂みから、驚愕の声が次々に上がった。マシンガンの連射は止み、辺りは急に静まり返った。
二人がそっと外を覗くと、倒れ伏した黒ずくめの男たちの中に、五右ェ門が静かに立っていた。斬鉄剣を鞘に戻しつつ、
「一人逃がしてしまった。応援を呼ばれると面倒ゆえ、ここから立ち去ったほうが良かろう」
と云った。
窓から乗り出した二人は笑顔を向けて、「五右ェ門、カッコイイー」とはやし立てた。
当の五右ェ門は表情を変えず、淡々とアジトの玄関へと回っていった。その間に、二人は逃げる準備を始めた。


ボロボロになった室内に戻ってくると、五右ェ門はやや目を見開いた。何もかもが壊れ、砕けた部屋の中で、ただ一つ無事なものに、嫌でも目がひきつけられたのだ。
例の壷である。
置かれたテーブルの端々は、弾丸で抉り取られた傷が多々ついており、テーブルクロスも穴だらけになっているというのに、壷だけは何事もなかったかのように、静かに黒く光っている。
「もしかしてあやつらは……」
「そ。お察しの通り、壷を狙った、デモーニッシュ協会ご一行さま」
軽く答えるルパンに、五右ェ門は苦々しい目つきを向ける。だが、それを制して、
「おーっと、お小言は後で聞きますよ。それより早く逃げようぜ」
「だな」
そう次元も同意すると、五右ェ門も頷く。

三人が動き出そうとした瞬間、パトカーのサイレンが響いてきた。ルパンが顔をしかめる。
「うわ、今度はとっつあんのお出ましかよ」
「愚図愚図しちゃいられねぇ、急ごう」
次元に促され、揃って部屋を出る。が、ふとルパンはドアのところで立ち止まり、漆黒の壷を振り返った。途端に、相棒たちが怒鳴りつける。
「そんなもの、捨て置けと申しておるだろう!」
「見栄張ってる場合じゃねえよ! そんなモン、欲しい輩にくれてやれ!」
二人の声に引きずられるように、ルパンは壷をそのままに、部屋を後にした。
サイレンの音はますます近づいてきていた。




「うわっ、あぶねえ!」
カーブを曲がった瞬間、助手席の次元が叫ぶ。対向車が猛烈なスピードでこちらへ突っ込んでこようとしている。
狭い山道を走るには、あまりに大きなダンプカーだ。
ルパンは咄嗟にハンドルを切る。
超人的な反射神経と、彼特有のドライビングテクニクがものをいった。脇にそそり立つ岩壁に乗り上げ、斜めに突っ走るような格好で、辛うじてダンプカーをやり過ごす。
ダンプカーはそのまま岩壁に激突した。居眠り運転だろうか。運転席には、人影がなかったようにも見えたが……
次元と五右ェ門が後部を振り返る間もなく、次のカーブへと差し掛かり、ダンプカーは視界から消えた。

「ふぃ〜」
妙な声を出し、ルパンは大きく息をついた。そんな彼を横目で見つつ、次元はうんざりしきった様子で呟く。
「これで何度目だ? アジトを出てから危険な目に遭うのは……」
「数えてねえよ!」
ヤケ気味にルパンは怒鳴り返す。
「あのヘンテコな尻尾は置いてきたんだ。もう関係ねえだろッ! 偶然だよ、偶然!」
「偶然もここまで度重なれば必然」
後部座席で五右ェ門が沈鬱な声を出す。と、不意に五右ェ門の目が鋭さを増した。
「ルパン」
「なんだヨッ!」
「お主の右のポケット」
「あン?」
慎重にハンドルを操作しながら、ルパンは右手でポケットを探った。指先にそれが触れた瞬間、思わず総毛だった。
車を止め、ルパンはポケットから手を出して、相棒たちに差し出して見せた。
彼の掌には、黒山羊の尾がのっていた。
二人の顔色も変わった。
確かに壷に入れたまま、アジトに置いてきたはずの物がなぜ──

重苦しい沈黙を打ち破り、ルパンは「このッ、山羊野郎!」と吐き捨てるように云いながら、大きくそれを放り投げた。
岩壁の反対側は、深い谷になっている。そこへ山羊の尾のミイラは、ひらひらと落ちていった。
「ヘッ、これでさっぱりしたぜ」
なぜポケットに入っていたのかについては、誰も触れようとしなかった。黙ってルパンがエンジンを掛け、再び車を走らせるに任せている。しばし風をきって疾走するエンジン音だけが響いていた。

ふと、クスクス……という女の笑い声がルパンの耳元をくすぐった。昨晩見た、妖しい女の姿が脳裏をよぎる。
(無駄だよ、無駄。何度捨てても戻ってくるよ。お前がわたしに何かを願うまではね……)
悪意が滴る甘い声がはっきりと聞こえ、ルパンの表情は険しくなる。
「お前ら、何か云ったか?」
「云わねえよ」
素っ気ない次元の返答に、五右ェ門も頷いている。
ならば車内に通信機などが仕掛けられているわけではなさそうだ。これは空耳というやつなのだ。いや幻聴か。要するに、気のせいなのだ。と、あくまでルパンは合理的に考えた。そうするのも、半分以上は意地である。

だがそれを嘲笑するかのように、再び女の囁きが聞こえてくる。
(このままでは死ぬかもしれないよ? 危険をもっとエスカレートさせるなんて簡単だからね。さっきも銃を暴発させようと思えばできたんだけど、わたしは優 しいから止めたのさ。『腕を元通りにしてくれ』なんてその場の勢いの願い事ではなく、頑ななお前の心の奥にある、真の願いを聞いてみたいくてね)
「ヘッ、どうせ『腕を元通りに』と願ったら、赤ンボの頃の腕に戻っちまったり、厭〜なオチがつくんだろ!? いや、ンな事あるはずねえんだが……ちっくしょう。街についたら真っ先に耳鼻科に行くからな!」
「な……何だ? どうした、ルパン。云ってることメチャクチャだぜ」
驚いた次元が顔を向けてくる。五右ェ門も再び身を乗り出して云う。
「ルパン、またお主に面妖な気配を感じるぞ」
「もういい、ほっといてくれ!」
ルパンの叫びは誰にあてたものだったのか。
(去って欲しくば、願うんだね。何でも叶えてあげるんだから……)
女の声は風にまぎれてルパンの耳朶をくすぐり続けた。

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