願いを一つだけ (後)

ハンドルを握る銭形は、ルパンを追い求めてひたすら前を向いていたが、それでも助手席に座っている人物のせいで、気が散ってならなかった。
黒い僧服に身を包み、真っ白い髭で顔の半分が覆われた痩せ細った老人は、十字架を握り締めてぶつぶつと呟き続けている。
「おお、感じます。確かにあの邪悪な気配を……。警部さん、そのまま真っ直ぐです。この道の先に、封印を解かれたアレが……」
「わかっとります。もう何度も聞きました」
憮然として銭形は答え、さらにアクセルを強く踏み込む。
老人に云われなくとも、ここは一本道である。側道などは一切見当たらなず、ごつごつした山肌を縫うように、道は幾度もカーブを繰り返しながら続いている。

昨晩、教会の地下深くから、とんでもない代物を、ルパンは盗み出したようだ。
教会の者は口を揃えて、「壷の中身はソロモン王が封じた悪魔であり、その封印を解き、悪魔と取り引きした者には必ず災いが降りかかる」と主張していた。
銭形は眉につばをつけて話を聞き流していたし、今も信じてはいない。
重要なのは、盗みの現場にいたというのに阻止できず、寸でのところで逃げられてしまった事である。今もってその時の悔しさが銭形の胸を焼く。まだ近辺にいるはずのルパンを、是が非でも捕えようと意気込んではいる。
が、今回の被害者である教会の主が、強引に着いて来たのには少々辟易していた。
危険を伴う追跡に、民間人は連れて行けないと突っぱねたのだが、老人は巌のように頑固であった。彼は、自分なら壷を盗んだルパンの居場所を“感じ取ることができる”と言い張り、無理やり銭形について来たのだ。
言い争っている時間が惜しかったため、仕方なく折れ、老人と同行する事になったのだが――
何やら現実離れした言葉を呟き続け、奇妙な危機感にさいなまれている老人は、銭形の理解を超えていた。
他人の信仰に口を出すつもりは毛頭ないが、あまりに神がかった発言は、現実主義者の銭形にはただの戯言にしか聞こえない。

しかし、一度見失ったルパンが潜伏していた場所を見つけ出したのは、この老人であったのは事実だ。あまりにしつこく「辿るべき道」を示すので、半ばヤケクソ気味に老人の云う通りに車を走らせると、本当にアジトが発見された。
到着が一足遅く、すでにルパンたちは姿を消していた。周囲には見るからに怪しげな男たちが、怪我をしたり気絶したりしてごろごろと転がっていた。どうやら何者かと争い、ルパンらは逃げ出したようだった。
その傷ついた武装集団については部下に任せ、再び銭形は車を走らせた。老人の指し示す方向へ。
信じているわけではない。だが、彼の勘――としか銭形には思えなかった――が当たった実績があるだけに、無下に拒否できなくなっていた。
老人の言葉のままに、今こうして山道を走り続けている。

大きなカーブを曲がりきると、突然大破したダンプカーが現れた。どうやら反対車線から岩肌に突っ込んだようだ。
「危ねぇな」と呟き、それを巧みに避けながら、事故の件を無線で地元警察へ知らせた。その間も車を止めることなく走り続ける。
すると今度は、見慣れた車の成れの果てが、道路の真ん中に放置されていた。
慌てて銭形はブレーキを踏む。
ルパン愛用のオープンカーである。それが、大きな落石が直撃したらしく、原形をとどめぬほどぺしゃんこに潰されている──

銭形は車を降りて近づいた。
「ルパン……」
しかし車内に人影は、無論ない。血痕らしきものも見当たらない。この程度のことで死ぬ男ではないのだ。
「やはり悪魔の仕業です。あの封印を解いた者には、呪いが降りかかる……ああ、主よ、哀れなる子羊を守りたまえ」
いつの間にか背後に立っていた老人が悲壮な声を出す。つい銭形は反論した。
「ルパンってヤツァ、子羊なんてタマじゃありません。言語道断の大泥棒でして」
「警部さん、主のご慈悲というものはですな……」
「いや、司教殿、申し訳ないが今あなたと宗教について問答している暇はないのです。即刻、ルパンを追わねば」
ぶっきらぼうに言葉を遮られても、不快に感じたりしないようだ。老人は大人しく頷いて、目を閉じる。例の気配とやらを探っているのだろう。胡散臭げに老人の様子を見守る。
とりあえず、意見を聞いてみようと考えていた。いずれにしても、各方面に検問を設け、ルパンたちをこの界隈から抜け出せないように手配済みである。彼が“ルパン探知機”として本当に役立つなら、文句はない。

「この崖から降りていったようですな。こんな険しいところをどうやって降りたのかはわかりませぬが」
「ヤツなら軽々とやってのける」
「とにかくこの峠を越えることです。たぶん西側にある最寄の街に逃げ込んだのでしょう」
「もっともな推理ですな」
相変わらず憮然として、銭形は頷いた。再びパトカーに乗り込んだ二人は、それぞれの物思いにふけりながら街を目指した。




日干し煉瓦が多様されたその街は、周囲を岩山や砂漠に囲まれていることと相まって、全体が砂色に霞んでいる印象があった。
だが、景観を楽しんでいる場合ではない。ルパンたち三人は、どこかで新たな車を調達しようと、街中をうろついていた。
街は想像していたよりもずっと活気を呈しており、よそ者三人が紛れ込んでもそれほど目立たぬくらいには、発展していた。路上では商人たちが様々な店を開き、それぞれに客が群がっている。時々、軽業師や蛇使いのような見世物まで出ていた。
それでも、大通りはごく限られており、昔ながらの細い路地が複雑に交差している。土地勘のない彼らには、まるで迷路のように感じられた。
「こんな狭い道が多い街じゃ、車なんかない方が、良かったかもしれねえな」
楽天的に次元は云ったが、ルパンは珍しく疲れた様子で、
「慰めてくれなくてもいいんだぜ……」
と肩を落とす。相棒たちは、複雑な表情をそっと見交わした。

街に着いて確かめてみると、案の定ルパンのポケットには、黒山羊の尾が戻って来ていたのである。
再び捨てる気にもならず、それは見なかったことにされた。
以来ただ黙々と歩き続けるルパン。数歩遅れてついて行きながら、次元は昨晩ルパンが見た悪夢について小声で語った。それを聴いた五右ェ門は、暗澹たる顔つきになっていた。

そして街に入ってからも、ルパンを襲うハプニングは、ひっきりなしに続くのだった。
屋台で買い求めた飲み物は、なぜかルパンの分だけ強烈な苦味のするものに変質していた。吐き出した後まで、気分の悪さと息苦しさを感じた。
広場につながれていた馬が突然暴れだし、危うくルパンを蹄にかけるところだった。
狭い路地を猛スピードで原付バイクが突っ込んで来、辛うじて身を翻したものの、壁に派手に頭を打ち付ける羽目になった。
路地を歩いていると、脇の建物の二階から、椅子などをはじめとして次々に家具が降ってきた。それらを避け、うっかり転んだルパンの目の前に、飛んできた包丁が突き刺さった。……どうやらその家で派手な夫婦喧嘩があったためらしい。
さすがのルパンも次第に言葉が少なくなり、ついには沈黙したまま歩くようになった。

その間ルパンはずっと“幻聴”に悩まされていた。
(そろそろ不死身の身体でも欲しくなったんじゃないかい? 生意気にも何でも持っていると豪語したお前だが、どれだけ優れていようと人間の肉体なんて、やわであっけないものだよ)
(それとも、邪魔な連中すべて消してやろうか? そうすればずっと安全に暮らせるかもよ)
(嫌そうな顔をして、愉快だねぇ。わたしに『どこかへ行け』と命令してみるかい? ふふ、それも面白いね)
聞こえてくる囁きを、すべて無視してルパンは進んだ。この街の中心地である、小高い丘の上を目指して。

その時であった。
「いたぞ!」という叫びと共に銃声が立て続けに鳴り響いた。
周囲からは甲高い悲鳴が起こり、何事が起きたのかわからぬままに街の人々は恐慌に陥り、押し合いしながら我先にと逃げていった。
瞬時に敵を見極めた三人は、彼ら目掛けて飛んでくる弾丸から素早く逃れた。転がるように脇の路地に入り込み、盾とする。
「悪魔好きのオッサンたち、先回りしてたみたいね」
ルパンは修理したワルサーを抜きながら、そっと壁際から敵の様子を窺った。
すると、銃弾が彼の頬を熱く横切った。頬から、ひと筋の血が流れる。「ヒュウ」と息を吐き出して、ルパンは顔を引っ込める。
「ルパン三世、我々の宝を返せ!」
黒ずくめの男たちも反撃を恐れ、道端に積まれた樽や煉瓦壁に身を隠しながら叫んだ。
五右ェ門が重々しく云った。
「ルパン、これ以上は本当に危険だ。さっさとアレを渡してしまおう」
「俺だってくれてやりたいよ。出来るもんならな」
ルパンはふてくされた調子で答える。そして黒山羊の尾を気味悪げに取り出すと、身体は壁に寄せたまま、持っているものが敵に見えるよう、手をいっぱいに伸ばした。
男たちの間から、畏怖と感動の入り混じった声があがる。
「いくぞ、受け取れよ!」
ルパンは叫び、大きく振りかぶる。男のうちの一人が「やめろ、罰当たりな!」と悲鳴を上げたが、構わずルパンはそれを放り投げた。
砂埃の舞う空に、真っ黒な尾が弧を描く。
悪魔崇拝者を名乗る男たちは、一斉に飛び出してそれを受け取ろうと待ち構えた。

しかし、いつまでたっても何も落ちてこない。
風に吹き飛ばされたはずはない。多くの男たちの目がそれを凝視していたのだ。なのに、忽然と消えてしまったのである。
一瞬、男たちは呆然と立ちすくんだ。驚いたのは、ルパンらも同様である。
奇妙な沈黙が、その一角を覆った。
デモーニッシュ協会のリーダー格らしき男が我に返り、怒りをあらわにした。
「愚弄する気か、ルパン三世ッ! くだらぬ手品を使いおって。頑として渡さぬつもりなのだな?」
「いやいや、違うって。返しただろ! 俺がちゃんと投げたの、見たはずだぜ」
慌てて弁解するルパンへの返答は、男たちの連射だった。
「くっそぉ、どうなってンだよ」
ルパンにしては悲壮な声をあげた。ポケットを検めると、確かに投げたはずの黒山羊の尾が、またしてもそこにあった。もう、驚く気にもならない。

ルパンは何とかこの場から逃げ出そうと、周囲を見回した。
と、彼の目に飛び込んで来たのは、背後の小路から猛烈な勢いで駆け寄ってくる銭形の姿だった。
「ルパン、御用だ!」
「わ、わ、面倒な時に面倒なお人!」
三人は反射的に、身を隠していた路地から飛び出した。彼ら目掛けて、デモーニッシュ協会の男たちが雨のように銃弾を降らせる。
身を低くして、敵も銭形もいないもう一方の小路へ駆け抜けようとした。
「テッ!」
あと一歩のところで、ガクリとルパンの身が崩れ、膝を突いた。一発の弾が、彼の左足をかすめたのだった。
次元と五右ェ門は同時に振り向き、駆け寄った。
「大丈夫か」
二人掛かりでルパンを助け起こし、何とか細い路地へと逃げ込む。そこはいっそう狭く、薄暗い道であった。


誰よりも先に、その路地へ入って行ったのは銭形だった。
相変わらず司教もついてくる。必死の形相で、「あの奥です!」と銭形のナビゲーターを勤めていた。
ここまで来たら、老人の勘に頼る必要はない。銭形は無線で部下たちをこの街に呼び寄せ、各方面から包囲するよう指示してある。
迷宮じみた小路を走り続け、すでに自分がどこにいるのか分からなくなっている。だが、前方の曲がり角にちらりとルパンの派手な上着の裾が覗いた。あちらへ曲がったのだ。
ルパンは手の届くところにいる。それだけわかっていれば十分だった。
この手でいよいよルパンを捕える。今度こそ、逃がしはしない。
ポツポツと落ちている血痕からして、どうやら怪我をしたようなのに、いつまで逃げるつもりなのか。手が届きそうでなかなか届かないもどかしさや苛立ちを覚える。
だがそれ以上に、何度となく味わった高揚感が銭形の胸中に湧き上がる。ルパン三世を捕まえるのはこの俺なのだ。この誇らしさと張りつめた充実感は何物にも変えがたい。快感に近いものですらあったかもしれない。
自分自身では意識していなかったが、ルパンを目の前にした時、そうした得も云えぬ感情が迸り、銭形を力強く突き動かすのであった。



空き家の中に潜み、黒ずくめの男たちや銭形をやり過ごし、辛うじてルパンの怪我の手当てだけは済んだ。
しかし休息する間もなく、あっという間にルパンたちの居場所は敵に発見された。
「アレが呼び寄せているのだろう」
五右ェ門の呟きを、ルパンは殆ど聞いていなかった。
時に撃ち合い、時に五右ェ門が斬り伏せて、悪魔崇拝者らを撃退していく。そんな最中も、常にルパンの耳には、妖しい誘惑の声と陰惨な含み笑いがこだましていたのだった。
(このままだともうじきお前は死ぬよ……。心臓に弾が当たったら、ひとたまりもないだろう?)
(我がしもべたちに捕えられたら、世にも残虐な方法で殺されるだろうねぇ)
(命惜しさに自首するかい? わたしが傍にいては、どう足掻いても脱獄は叶わないけどね)

ルパンは一瞬、唇を噛んだ。
この幻聴の原因が何であろうと構わない。仕組みはわからないが聞こえるものは仕方がない。
こうなったら悪魔を名乗る声の主との知恵比べである。そう割り切った。
試しに何かを願ってコイツを追い払う。決して、妙な揚げ足を取られない願いをすれば良いのだ。

三叉路に差し掛かった時、真っ直ぐ続く道は警官隊にふさがれ、右の脇道からは黒ずくめの一隊が押し寄せてきた。
仕方なく三人は、左に伸びる細い道へ逃れようとした。
しかし、悪魔崇拝者の一人が、彼らの行く先へ手榴弾を投げ落とした。
「うわッ!」
古い家屋を巻き添えにして爆発する。三人は身を伏せて爆風に耐えた。
たちまち、目の前の道は瓦礫と炎で塞がれてしまった。
その隙に背後から近付こうとした数人の黒ずくめの男を、起き上がりざまにルパンと次元が撃つ。五右ェ門が盾となり、飛来する弾を次々と斬り伏せた。残りの敵は怯み、それ以上の接近に二の足を踏んだ。
「どうする、ルパン! こんなところじゃ、持ちこたえられないぜ」
次元の叫びにも、ルパンは答えない。五右ェ門が珍しく口を挟む。
「こっちだ、右側の一軒だけ低い。屋根の上に登れば……」
言葉は途中で凍りついた。
五右ェ門が指し示した屋根の上から、銭形が顔を覗かせたからである。
「銭形ッ!」
「とうとう追いつめたぞ、ルパン。貴様はもう袋のネズミだ、観念しろッ!」
目を輝かせ、生気に満ち溢れた銭形は、手錠片手に今にも屋根から飛び降りようとしていた。ルパンを自分の手で捕えられる事の喜びが全身から迸っている。

(世の警官をすべて消してやろうか?)
(それともやはり不死身の肉体?)
(世界中の支配者にでもしてやるよ。もう何も恐れなくて済むように……)
執拗に続く囁きに、ついにルパンは答えた。
「何か願えばさっさと消えるな?」
その瞬間、邪悪な喜びが伝わってきた。女の声はせかすように云った。
(ああ、何でも叶えてあげる。そうしたら、お前の元から消えてもやろう)
「俺の云う通りに叶えてくれよ。俺の願いは……」
ルパンは、彼に飛び掛かろうと屋根を蹴った銭形を真っ直ぐ指差し、
「今この時、銭形が最も強く願ってる事を一つだけ叶えてくれ!」

そう叫んだ次の瞬間、銭形の手錠がルパンの手首に掛かっていた。
最後に、地の底から湧き出たように暗く、静かな哄笑が耳元を通り過ぎ、消えた――
代わってルパンの耳には、豪快にな銭形の笑い声が響き渡った。銭形は得意げに胸をそらしている。
「捕まえたぞ、ルパン! ついに捕まえてやったぞ」
ルパンは抵抗する素振りも見せず、笑ってみせた。
「勤勉だねぇ、とっつあんは。敬服するよマッタク」
ルパンの様子が一変していつものように戻ったことに、次元と五右ェ門がしばしぽかんとしていると、警官たちがどっと彼らを取り囲んだ。
その後ろでは、デモーニッシュ協会と警官隊が激しくもみ合っている。
混乱の中、次元と五右ェ門の腕にも手錠がかけられてしまった。何か云いたげな相棒らに対し、ルパンは悠然と笑い返した。




「結構簡単だったな」
ようやく追っ手の気配もなくなり、次元はホッと息をついた。
「俺様にかかれば、あの程度の監獄抜け出すなんて朝飯前ヨ」
すっかり調子が戻っているルパンは、機嫌よく云った。足の傷もかなり回復しているようで、今にも踊りださんばかりの軽快な足取りで歩いていく。
後ろから、次元と五右ェ門もついていった。

奇妙なことばかり起きたあの街からはるか遠くの、パリの一角である。
あの逮捕の後、銭形の厳重な護送によってICPOのお膝元の牢獄へと送られた三人だったが、その二週間後に脱走し、晴れて自由を謳歌できる身となって、アジトへ向かう途上であった。
ルパンはすっかり幻聴も聞こえなくなったと、すこぶる機嫌がいい。
「やーっぱ耳の具合が悪かったンだ。治っちまったのは、案外ムショの規則正しい生活のお陰だったりしてな」
と、一人で軽口を叩いている。
一方、次元と五右ェ門は未だにあの出来事を、すっきり水に流してしまう心境にはなれなかった。

「結局、ありゃ何だったんだ?」
「拙者にもしかとはわからぬが……悪しき力を持ったものがルパンにとりついていたのは、確かだと思う」
理屈のつかない現象がこの世にはあるという事を、抵抗感なく受け入れている五右ェ門はそう云う。
次元はといえば、悪魔とやらを頭から信じる気にはなれず、かといってすべてが偶然であったとも思えず、釈然としない気分ばかりが残っている。
「じゃあ、悪魔がルパンの願いを聞き届けて、今は去ったって事なのか?」
「うむ、今ルパンの周囲から悪しき気配を感じなくなったのは事実。黒山羊の尾もいずこかへ消えたというし……」
どこか五右ェ門の返事は煮え切らないが、続けて、
「ルパンは、『銭形の今この時の願い』を叶えろと云っていた。あの時だったら、銭形の願いと云えば『ルパン逮捕』しかないだろう。あの御仁がルパンを目の前にしたら、『逮捕』以外の雑念が入るとは思えぬ、が……」
「それじゃ、ルパンはまんまと悪魔を出し抜いて、退散させたってわけか。『逮捕』の願いは叶った、だがその後こうして抜け出してしまえばいいってワケだ」
「ああ。あの場合、逮捕されるのが一番手っ取り早く身の安全を確保できると計算したのだろうし」
「それにしたって、もしもとっつあんが『ルパンを処刑台に』なんて願ってたら、どうする気だったんだろうな」
「その辺は一か八かの賭けだろう。下手に欲を出して悪魔に揚げ足を取られるよりは、と。ルパンの考えそうなことだ……」
理解を超えた話だったが、丸く収まったのならそれでいいかと、次元がわずかに愁眉を開いた時だった。再び五右ェ門が云う。
「ただ、何せ悪魔との取り引き。そう簡単に終わったのかどうか」
「どういうこった?」
次元は懐から煙草を取り出しかけていた手を止めた。

まさにその時、お馴染みの声が三人の背後から追って来た。
「待て待て待てぇい、ルパン、やっと見つけたぞ! さっさと脱獄なんかしやがって。今度という今度は逮捕だ!」
「うわー、また出た! ホンットにしつこいんだから」
ルパンはそう叫びながらも、どこか楽しげに駆け出した。そうはさせじと、投げ手錠を振り回しつつ、銭形は鬼気迫る勢いで突進してくる。
慌てて次元と五右ェ門もルパンの後に続く。走りながら、五右ェ門が複雑な表情で呟いた。

「悪魔が去ったゆえ、今後あのような不運が襲うことはなかろうが……あれきりでなく、今後とも『ルパン逮捕』の願いは叶い続けていくのかもしれぬ」
「で、俺たちはその都度逃げ出すってわけかい。それじゃ、今までと大して変わりはねえな」
楽天的に笑い飛ばそうとした次元とは対照的に、五右ェ門は、ちらりと銭形を振り返り、
「見ろ、銭形の嬉々とした様子。もしや願いというのはルパン逮捕ではなく……」
その先の言葉は、発せられることはなかった。
三人はパリの街をひたすら駆けて、駆け抜ける。銭形は懸命にそれを追って、追いまくる。

銭形は、このままずっとルパンとの真剣勝負を続けていたいと願っていたとしたら。
そしてルパンもそれを心のどこかで願っていたのだとしたら。
悪魔にとっての「ずっと」が、果てしてどのくらいの時間に当たるのか──

夜の闇が街をすっかり包む頃になっても、追いかけっこは続いていた。

いやいや、書き上げるのに苦戦したのなんの。昨年から書いては止まり、消しては書き…を続け、なんとか完成。本当に難産だった1作です。
「ルパン」と広義のオカルトものという組み合わせは、新ルでしばしば出てくるので、新ル好きとしては一度くらい挑戦してみたいテーマでありました。
また、「ルパン」に、民話やホラー小説の定番ネタ“三つの願い”を持ち込んだらどうなるのか、長い事書いてみたいとも思ってました。西洋の民話や、『猿の手』(W.W.ジェイコブズ )、『猫の手』(都筑道夫)辺りが印象深く、また漫画『うる星やつら』にもこれ系のネタ出てきませんでしたっけ(うろ覚えですが)。このネタ、大好きなんです^^
ただ、ルパンがあまりにリアリストなので、三つも願い事しないだろうってワケで、「ひとつだけ」にし、こんな具合に落ち着きました。
書いているうちに頭の中にあった時とちょっと違うモノに出来上がったのですが…とにかく長くなってしまったのが、自分の中で残念です。もっとコンパクトにまとめたかったのに。←削ってもコレ!(笑)
結論。ルパンとオカルトの組み合わせは難しい!!(私には)
でもやりようによっては、何だか面白いものも出来そうな気がするんですけど。どなたかお書きになってみませんか?

(09.2.9完成)

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