ピンクダイヤは笑う (後)

「お〜お、危ないところだったな」
「まあ、結果オーライさ」
帰りは、次元が強引に運転席に滑り込み、ハンドルを握っている。
仕事を終えた後の一服を味わいながら、次元は横目で隣の席の相棒に目をやる。
「ルパン、宝石早く分けろよ」
「え?」
「忘れたのか? お前が言い出したんだろうが。仕事が終ったら、すぐにジェニファーちゃんの所へ行くから、その場で山分けしようってな」
「あ、ああ。……そうそう。山分けしましょ」
金庫から盗む時にはあまりにも慌しく、宝石の種類も大きさも質も、何も考えずただ袋に入れるのが精一杯である。
山分けする時は、改めて宝石の品定めをしながら分けていく。特に宝石の種類に執着しない次元は、いつもルパンが分けるに任せていた。
「んじゃ、こっちが俺の分、こっちが次元ちゃんの分ね」
助手席ではルパンが、楽しそうに山のような宝石に埋まりながら、一つ一つ光にかざしたり、手のひらで重さを測ったりしながら、それぞれのカバンに分け入れて行く。その様子を次元はまたしても帽子の影から黙って見つめていた。

ルパンがようやくすべての宝石を二等分し終えたその時。次元は急に車を止めた。
そして音もなく、次元は無表情にルパンのこめかみに銃を当てる。

「……どういうつもりだ、次元」
カチリと撃鉄の音が響く。ルパンの目に焦りの色が浮かんだ。一方、次元の表情は変わらない。
「どういうつもりだ、だと? それはこっちの台詞だ」
ただ次元の目は、恐ろしく真剣であった。いつでも躊躇いなく引き金を引く。その目はそう告げていた。
「いい加減、正体を明かしたらどうだい? え? 『ルパン』さんよ」
「……ふふふ」
ルパンの口元から、微かに漏れる忍び笑い。
それは、女の声であった。
「やっぱりお前か」
次元はウンザリしたようにそう言うと、銃を持っているのとは反対の手で、「ルパン」の顔を引き剥がした。
そこには、思っていた通り、峰不二子の不敵に笑う顔があった。引き剥がされた「ルパン」のマスクから、ハラリと長い髪がこぼれ出す。
ルパンのスーツをまとった不二子は、男装の麗人という表現がぴったりの、妖しく倒錯的な色気を放っていた。

「上手くいったと思っていたのに。どこで気付いたの?」
怒りを押し殺した次元に銃を突きつけられているというのに、まるで悪びれる様子もなく、不二子はきわめて優雅な調子で小首をかしげながらそう尋ねた。
「お前さんの変装はたいしたもんだ。それは認めるぜ。最初から何となく違和感は感じていたがな。運転の仕方も、ルパンとは違ったし……。だが本気で怪しいと思い始めたのは、やはり金庫の辺りだな」
「そうねぇ。あの時は私もかなりヒヤヒヤしたわ。あのタイプの金庫があるのだとはわかっていたけど、やはりルパンのように開けることは出来ないものね」
「決定的なのは、さっきの山分けさ。ルパンは仕事の後すぐ山分けしようなんて、言ってやしなかった。そして何より……」
ルパンに成りすましていた不二子によって、次元の分け前とされた宝石の入ったカバンを開いて見せた。
そこから、一粒のダイヤを取り出す。
大粒の、ピンクダイヤが輝く。
「これはルパンが、ジェニファーって女にくれてやるとかで、予め自分によこせと言っていたダイヤだったのさ。アイツならそんなことを忘れたりしないからな」


フッと、乾いた笑いを不二子は浮かべた。計り知れない感情が、そこにはうごめいているようにも見える。
「そのダイヤ、私はあまり気に入らなかったのよ。……でも失敗だったわね」
「ルパンはどうした?」
次元は、改めて不二子に銃を向ける。
そんなことをしなくても、引き際だけはよくわきまえている不二子のことだから白状するだろうとは思いつつも、こうでもしなければ腹の虫が収まらない気分だったのだ。
「ジェニファーのところにいるわよ。ちゃんと夜が明けるまで、足止めしておいてくれているはずだから」
「ジェニファーって女も、お前の差し金だったのか」
軽く目を伏せて、不二子は無言でただ笑った。
その様子からは、ルパンがジェニファーと知り合った後、不二子が彼女に接触して味方に取り込んだのか、それともルパンとジェニファーの出会い自体が不二子による仕込だったのか、次元には判断できなかった。
また、そんなことはどうでもいいようにも思えた。
いずれにしても、ジェニファーという女がルパンの口から、明晩「仕事」だという情報を聞き出し、不二子はそれに先手を打つ形で今日「ルパン」として乗り込んできたのだろう。

「次元がいけないのよ。仲間に入れてくれないんだもの。貴方たちを出し抜いて一人でやるにしては、宝石が多すぎたし、ね」
「よくやるぜ、まったく! ルパンに成りすましてまでこの仕事に噛もうなんざ、お前の宝石への執念には恐れ入ったよ。……こんなこと、アイツの計画の立て方から女の趣味まで知り尽くしているお前にしか、考えつかないだろうぜ」
「いいじゃないの。怒ることないでしょう? ルパンはルパンでお楽しみだし、私たちはこうしてこんなに多くの宝石を手に入れることができたんだし。何も問題なんか、ないじゃない?」
先ほど浮かべた、乾いたような淋しげな笑顔とは違い、今度は途端に妖艶で挑発的な微笑みを浮かべて、次元を覗き込んでくる。つと、不二子の肩が、次元の胸元に触れる。
だが、次元は露骨にそっぽ向くと、荒々しく煙草に火をつけた。そしてわざと不二子の顔に煙を吐きかける。
「私たち? 冗談じゃねぇぞ。その袖口のところに隠してあるのは、何だ?」
そう言って次元は、不二子の右袖をめくりあげた。
「アッ」
袖の内側から、小さなスプレー瓶が零れ落ちる。明らかに、即効性麻酔ガス入りのスプレーであった。
ジロリと、次元は不機嫌そうに一瞥する。その迫力に、さすがの不二子も目を逸らし知らん顔を決め込んだ。

「やっぱりな。俺が車のハンドル握っていて良かったぜ。助手席に座ってたら、急にこんなモン吹きかけられて、街の片隅で朝までオネンネってとこになっていただろうからな」
「……。そんなコト、しないわよ」
「ほざけ。さァ、さっさと車を降りてもらおうか」
不二子は途端に次元に向き直り、叫んだ。
「ちょっと次元! 独り占めする気? 冗談じゃないわよ! 金庫を開けたのは私なのよ!」
「ふざけンな。ルパンをハメて、勝手にお前がシャシャリ出てきただけだろうが。しかも俺を眠らせて、一人で車ごとトンズラしようってハラだったんだからな! たまには働き損でもしやがれってんだ」

不二子がさらに何か言い返そうとして口を開きかけた時、ふと外から車内を覗き込む人影が見えた。
「ル……ルパン!?」
次元への怒りも忘れ、不二子は目を見開いた。突然現れたルパンは、コツコツと軽く窓を叩く。次元も驚いて背後を振り向く。
「ルパンじゃねぇか。今頃呑気に出てきやがって」
そんな軽口を叩きわずかに次元の注意が逸れた隙に、不二子は自分の「分け前」にしたカバンを掴むと、あれだけ重いものを抱えているとは思えぬほどに素早く車を降り、ルパンの元へ駆け寄った。
「けっ、手の早い女だ」
苦笑いを浮かべつつ、次元も車の外に出た。



「よう、お二人さん。仕事、ご苦労だったな」
ルパンは鷹揚にそう言って、次元と不二子の二人を交互に見比べる。
ルパンに寄り添うように立った不二子は、どうしてここに彼が現れたのか分からず少し困ったような、それでいて来てくれて取り敢えず助かったと言いたげな、複雑な表情を浮かべている。
「ルパン、どうして……」
思わず口をつくのは、あまりにも曖昧な問いかけだった。だが、それでもルパンはすぐに察した。
「ん? ああ。ジェニファーちゃんがぜ〜んぶ教えてくれたってワケ。白状してもらうのに、チーッとばっかし可愛がり過ぎちゃったかもしれないケド、な」
そう言って、ルパンはニヤニヤと意味ありげに笑い、片目をつぶって見せた。
今回の女には熱烈に入れ込んでいるように見えていたが、彼なりに女の「裏」に勘付いていたようだ。つくづく、盲目的に女に惚れることのない男だと、次元はふと、場違いにもそんなことを思った。

そして次元は、相棒に苦々しい顔つきでぶっきらぼうに告げた。
「じゃあ、お前も事情はすっかり分かってるんだな? まあ無事といやぁ無事に終ったぜ。……自称ルパンってぇ、とんでもねぇヤカラが現れてよ、俺は不覚にもイッパイ食っちまったがな」
厳しく睨みつけてくる次元から、不二子はプイと顔をそむけると、ルパンにしなだれかかる。軽くルパンの胸元をくすぐりながら、甘い声で囁く。
「ゴメンネ、ルパン。あたしどうしても、この宝石が欲しかったのよ。それなのに、貴方たちったら仲間に入れてくれないんだもの」
「そ〜んなに欲しかったの。なら、仕方ないやァね。今回実際仕事したのは不二子だかンな。……ソレは不二子ちゃんにあげちゃう」
「本当? やっぱりルパン、大好きよ」
不二子は、宝石の詰まったカバンをしっかりと抱きかかえつつ、ルパンの頬に軽くキスする。ルパンは満更でもなさそうな顔つきだった。
「ルパン!」
次元は不満そうに声を上げたが、ルパンは身振りでそれを押さえる。
「まあまあ、次元ちゃんも落ち着いて。俺の分け前を、そのまま不二子ちゃんにプレゼントしたってコトにすれば同じじゃないの。な?」
「ケッ。バカらしい。勝手にしやがれ」
今度は次元が、顔をそむける番であった。
ルパンはそんな相棒に、さらに声をかけた。
「オイ、次元、アレはどうした?」
「あ? ああ……」
ふてくされつつも、ついついルパンの意図を察して、ポケットの中に手を突っ込んだ。
そこには、先ほど不二子のシッポを掴むために彼女に見せたピンクダイヤが入っていた。
軽くルパンの方へと放り投げる。

それを掴んだルパンは、改めてそのピンクダイヤを不二子に渡した。
「ジェニファーちゃんに渡しといてくれや。俺からのプレゼント」
不二子は一瞬、何とも不思議な、表現のしようのない瞳でルパンを見上げた。そして、一度軽く目を伏せたが、その後ゆっくりと穏やかな微笑を浮かべて、そのピンクダイヤを受け取った。
「ええ。確かに渡しておくわ、ルパン」
「じゃあな、不二子。今日は送っていかないぜ? 俺がここまで乗ってきた車、自由に使っていいからサ。気をつけて帰れよ」
「大丈夫よ」
ルパンはまだ不機嫌そうな次元を促し一緒に車に乗り込むと、運転席の窓越しからもう一度不二子に向けて手を振って見せ……
そして、あっという間に夜の街に溶けるように姿を消した。

わずかの間、不二子はじっとその場に佇んだまま、車の去っていった方向をただ静かに見つめていた。

このお話は「LUPIN THE SITE」(残念ながら閉鎖)の管理人・akioさん作「次元の一週間」の1シーン…ルパンが次元に女の話をする、という場面に、私の妄想力を刺激され、 ご迷惑も顧みず(スミマセン)あっという間に書いてしまったものです。akioさん、承諾くださったこと改めましてお礼申し上げます。本当にありがとうご ざいました!
しかもakioさんは、この作品中に名前だけ出てくるジェニファーちゃんのイメージイラストまで描いてくださったんですよ〜(嬉涙)!見たい方はこちら
この話の中ではジェニファーちゃんの容姿をまったく(敢えて)描写していないのですが、私もショートヘアの美人を実は想定していたんです。そういう意味でもすっごく嬉しくって…いまだに舞い上がってます(笑)
さて、私の考えた妄想の方ですが…どんどん加速してこんな具合にまとまりました。
今回のルパン、何となく甘いかなーという気もするのですが、その辺はご自由にルパンの心境を想像していただけると嬉しいです(^^)。一応自分設定はあるんですけど。
その分、次元がイジワルすぎですかね?(笑)

(02.7.26完成)

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