シャドウ (4)

「あの塔に家宝があるってわけか」
ヘリコプターの窓から乗り出すようにして、ルパンはローゼンタールの城を熱心にカメラに収め続けた。
森の中に小高く盛り上がった丘の上に、中世から時を止めたかのような古城の姿がある。
上空から見ると歪んだ円形を成し、各所に小塔を設置した城壁は時代を経ても厳しい。壕には青々とした水が湛えられている。
敷地の中央部には、ローゼンタールやその手下、召使たちが暮らす広々とした居住区があり、そのすぐ西側には、数百年も前に建てられたとは思えぬほど高々とした矩形の塔がそびえている。
一見、古びた石造りの城だが、ローゼンタールがここを己の終の棲家と決めた時から、大々的な改装が行われ、壁の内部は分厚い鋼鉄で覆われ、敷地全体に最新の防犯装置が取り付けられているという。
特に、家宝の紫ダイヤがある矩形の塔は、最も強固に補修されている上、常に厳重な警戒がなされている。
しかも今は、警察によって広い敷地がくまなく警備されて、さらに厳しい目が24時間体制で光っているのだった。

「とっつあんお得意の人海戦術かい?」
ヘリコプターを操縦しつつ、次元が訊く。ルパンはうなりながら、
「いや、案外そうでもないらしいな。さすがに要所を押さえちゃいるが。今回は少数精鋭でいくのかしらん」
「警官とすりかわるのは難しいというわけか?」
後部から五右ェ門が尋ねると、ルパンは口をへの字に曲げて頷いた。
「とっつあんのことだから何か仕掛けてるかもしれねぇなあ。合言葉だの、通し番号だの。だったらローゼンタールの手下に成りすました方が簡単かもしれねえ」
「だが、雑魚に化けでも、家宝の塔へ近づくのは難しいだろう」
次元が口を挟む。

昨日、次元と五右ェ門がローゼンタール家の警備を任されている会社に潜入し、その警備状況を調べ上げてきたところによると、家宝の塔にはごく限られた人間しか入室は許可されていない。その際IDカードと指紋による本人確認が行われる事になっているという。
ルパンはようやくカメラを収めると、今度は調査書類に目を落とす。
「ローゼンタールのジジイも自分の宝を拝むのに、いちいち面倒な手続き踏んでンのかね」
そうでないなら、ローゼンタールに化けるのが一番の早道だとルパンは考えたのだが、次元は「やってるらしいぜ」の一言で片付けた。
「あとは、ローゼンタールの三人の息子と、執事だけだな。通常も塔への入室が許可されているのは」
「ふぅん」
「警備会社の人間も必要に応じて入れるんだが、ローゼンタールが一緒にいるか、あるいはゲスト用のパスワードがローゼンタール本人からおりないと入室でき ない仕組みになっている。一方、執事は決められた日時に、決められた時間だけ、入室の許可が下りるように設定されてるんだと。塔の中の家宝の部屋を掃除す るのに必要な、ギリギリの時間だけ入っていられるらしい」
次元の説明を聞いて、ルパンは考え込み始めた。手元の書類をパラパラめくる。
「えーっと、執事の掃除する日は……と。なんだ、月に一回。それも今月の分は先週終わっちまってるから、来月まで執事は入れねえってワケね。となると、三人の息子とやらか」

相棒たちの調査書類一式の中には、息子たちの顔写真も入っていた。
長男のカール、次男のフランツは、どちらも父親似の気性の荒さがにじみ出た、鷲鼻のごつい顔立ちをしており、頭を使うよりも腕力で物事を解決するのを好みそうな面構えだ。写真からでも物騒な気配を発散している。
一方、三男のルーファスだけは、色白で線が細く、インテリめいた端整な風貌をしている。
「三男だけ全然似てねえなぁ。母親似なのかね」
「愛人に生ませた子らしいぜ。ガキの頃からあまりに出来がいいってんで、ローゼンタールが強引に手元に引き取って、英才教育したんだとさ。実際、ローゼン タールの組織を、巧妙に法の隙間をついて表面的には企業的体裁をもったものに仕立て上げたのは、この三男の力が大きいらしい。長男と次男は、昔ながらの 荒っぽいやり方をいまだに好んでるらしいがな」
「ふぅん。……息子どもはローゼンタールと一緒に住んでるワケじゃねえのか。ま、老人でもなきゃ退屈すぎて、こんな辺鄙な森の中には暮らせねえよな。えーと、彼らの城に出入りする頻度は……と」
ルパンはなにやら考えているらしく、書類をひっくり返しつつ、ぶつぶつと口の中で呟き続けている。
「なるほどね。ま、俺たちゃ泥棒なんだから、律儀に正面から『お邪魔しま〜す』なんてしなくたっていいんだけども」
「ルパン、テレビ局のヘリを装っちゃいるが、あまり長いこと上空を旋回してると怪しまれるから、そろそろ撤収するぜ」
次元の言葉に、ルパンは半ば上の空で同意した。

その時だった。
森の中から一機のヘリが急浮上し、彼らの元へと急接近してきた。明らかに武装ヘリだった。
「シャドウのヤツ、もう来やがったか!?」
ルパンが振り向くと同時に、爆音が耳を打った。後方から迫るヘリに装備された大型マシンガンが連射されたのだ。
「チッ」
次元が懸命に操縦桿をあやつり、狙いが定まらないよう機体を旋回させつつ、追撃をかわそうと試みる。
だが、あまりにもヘリコプターの性能が違いすぎた。あっという間に二機の距離は縮まっていく。次元は歯を食いしばった。
「くそぉ」
そのうめき声をかき消すように、再び激しい銃弾が浴びせられ、機体が大きく揺れた。エンジンタンクに穴が開いたらしく、たちまち黒煙が湧き上がる。
「逃げろ!」
ルパンの合図で、三人は手早くパラシュートを装着すると、急降下を始めたヘリコプターから身を躍らせた。黒々と広がる深い森が、三人の眼前に開けた。
撃墜されたヘリコプターが森の中に姿を消し、一瞬の間の後、派手な炎と爆風を巻き上げた。

武装ヘリは巧みに向きを変え、次元や五右ェ門には目もくれず、ひたすらルパンだけに銃弾を撃ち込んできた。
「だああ〜あッ!」
足をばたばたさせながら、必死に身をよじる。執拗に撃ち続けられる弾はルパン自身に命中する前に、大きく開いたパラシュートにいくつもの穴を開けた。落下速度が急速に速まる。
彼の姿はくるくると回りながら、緑の中へ吸い込まれていった。
「ルパン!」
そう叫ぶものの、最早どうにもできない。口惜しさにまかせてマグナムを腰から抜き放ち、次元はシャドウのヘリコプター目がけてトリガーを引き絞った。
分厚い装甲板で覆われたヘリコプターは、マグナムの銃弾ですら跳ね返した。そしてそのまま平然と着陸態勢に入り、機体を降下させてゆく。
風に流され、なす術もなく、次元も五右ェ門もやがて森へと落ちていった。



「痛ててて……」
かなりの速度で落下するはめになったとはいえ、落ちた先が背の高い常緑樹ばかりの森だったのが幸いした。ボロ布のようになったパラシュートが枝に引っかかり、いくつものかすり傷は作ったものの、地面への直撃を免れた。
ルパンはわずかに顔をしかめたが、その目には不敵な光に満たしつつ、身軽にパラシュートから抜け出した。
――来る。シャドウはすぐに追ってくる。その確信があった。
ルパンはなるべく木の密集した場所を選び、身を低くしつつ移動する。
焦げ臭い匂いが鼻をつく。墜落したルパンたちのヘリコプターが燃えているのだった。
異変を感じた鳥たちが慌しく飛び去ったり、小動物が鳴き交わしたりする気配の中、ルパンはひたすら己に向けられる殺気を捜し求めた。

と、次の瞬間、ルパンは反射的に身を伏せた。
弾丸は右斜め後方から放たれている。ルパンはくるりと反転しつつ、撃ち返した。
数発の銃弾が交錯する。
響き渡った銃声の余韻が消える前に、巨木を背にしてルパンは弾を込め直す。シャドウも今、同じ事をしているのだろう。
「よく下水道から這い上がってきたな。姿を見せろよ、シャドウ。かくれんぼしたまま殺れるほど、俺ぁ甘くないぜ。それはこの間でわかったはずだろ?」
無駄だと知りつつ、挑発してみる。
案の定、自分の姿は隠したまま、シャドウはルパンの声のした方に正確に弾を放ってくる。ルパンは素早く別の茂みに飛び込んだ。
「なっかなかやるじゃないの」
今度の声は、彼自身だけに聞こえる密やかなものだった。

再びワルサーを握る手に力を込めた時、馴染み深い怒鳴り声が森をふるわせた。
「ルパ〜ン!! その辺にいることはわかってるんだ、大人しく出て来い!」
銭形が、拡声器を使って叫んでいる。
これだけ派手に空中で大騒ぎすれば、ローゼンタール邸にいるはずの銭形には嫌でも気づかれる。わかってはいたのだが、予想より邪魔が入るのが早かった。木々を多少なぎ倒してでも車で入ってこられるギリギリのところまで、ぶっ飛ばしてやって来たに違いない。
ルパンは苦笑いせざるを得なかった。これでシャドウはまた一旦姿をくらましてしまうだろう。
そう考え、ごくわずかに力の抜けたその一瞬を見透かすしたように、シャドウは再び撃ち込んできた。その一発が、ルパンのジャケットを掠めた。
「……ンの野郎」
気分が高揚してくるのがわかった。今度は少しだけ慎重に、ルパンは狙いを定めて引き金を引いた。



「ルパン、早く出て来い!」
こんな風に怒鳴って素直に出てくる相手でないことは百も承知だが、それでも銭形は今、自分の――警察の存在を示す必要を感じていた。
ルパンほどしぶとい男はいないと、銭形は信じ、また誰よりも身をもって知っているものの、ルパン逮捕を万が一にも殺し屋の下手な流れ弾などに邪魔されるのは、断固として許せないのだった。
が、思惑に反して、銃声は続いた。
「ルパン!」
銭形は銃声のした方角へ走り出した。ようやく追いついて来たらしいノイマンの姿が、かすかに視野の隅をよぎる。
空も覆い隠すほどに茂った木々に音が奇妙な反響をし、撃ち合いの現場がつかみにくいが、それでも近いことは間違いなかった。
一度足を止め、あたりを見渡し気配を探った後、再び走り出そうとした銭形の足に、何かがひっかかった。
途端にバランスを崩して、どうと倒れる。油断していたせいで、したたかに身体を打ち付けてしまった。
「痛ッ! くっそぉ……」
銭形は腕をさすりながら起き上がる。足元には、どこか不自然な木切れが一本落ちていた。
「大丈夫ですか、警部」
ノイマンがそっと近づき、彼の顔を覗き込む。銭形は、鋭く相手を見つめ返した。
「忌々しい枝もあったもんだ。こんな緊急時に、よりによって俺の足に絡みついてくるんだからな」
「森には多くの木切れが落ちています。急いでいる時は得てしてそういう事が起きるものですよ。ましてやあなたは森の中を歩くことに慣れていらっしゃらない」
そう云って、ノイマンは銭形に冷たい笑みを残し、さっさと彼を追い抜いて行った。
(こいつ……本当に『現行犯逮捕』を狙っていやがる)
彼のあまりに平然とした態度からは、シャドウ逮捕のためならば何でもやってのけそうな薄気味悪さを感じる。現に今も――
だが、議論している時間はない。銭形がかろうじて怒りを抑えて再び走り始めた時、銃声がやんだ。
終わったの、か?
無我夢中で走り出し、銭形はルパンの姿を捜し求めた。

だが結局どれだけ探しても、ルパンの姿も、その相棒たちも、謎めいた殺し屋も、見つけることはできなかった。
ただ、あちこちの木に撃ち込まれた多数の銃痕が、激しい戦いがあったことを物語っているのみであった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送