タイムリミット (後)

ずっと冷静さを保っていた銭形だが、いきなり血相を変えてルパンの胸倉を掴み上げた。
「ど、どういうことだ、ルパン! 貴様ッ……」
「く、苦しい、とっつあん! よせ、タダでさえ酸素が薄いンだから、よしなさいって!」
本当に苦しげなルパンの声に我に返り、銭形は腕を緩めた。ルパンは咳き込みながら、思わず銭形から身を引こうとしたが、二人を繋いでいる手錠の鎖が、ピンと張ってそれを妨げた。
が、銭形はそんなことに構わず、ルパンをさらに追求する。
「オイ、ルパン。ちゃんと説明しろ!」
「……とっつあんが、まさかそんな手筈をしているなんて、考えもしなかったからさぁ。アンタの次に偉そうなヤツに、次元を変装させて、警備を混乱させたってワケ。とっつあんが現場にいればニセ銭形登場って手筈だったんだけど……ね」
「……」
銭形の沈黙は、果てしなく重かった。
崩れ落ちるように、銭形は腰を下ろす。手錠で引っ張られたルパンも、仕方なく隣に座り込む。
「なぁ、とっつあん。その銀縁メガネ以外に、アンタが金庫の中で待ち伏せてるって知ってるヤツ、いないのか」
「おらん。余計な人間に話したら、どこから貴様に情報が漏れるか、わからんからな」
それを聞いたルパンが素っ頓狂な声を上げる。
「じゃ、どーすんだよ?!」
「知るかッ!」
「警官のクセに無責任ッ! 金庫の扉閉めちまったの、とっつあんじゃないのよ!」
「うるせェ! わめくな、酸素の無駄だッ!」
銭形の一喝に、ルパンは怒鳴り返すはずの言葉をしぶしぶ呑み込んだ。
この金庫の中に、どれだけの酸素があるものだろうか。
外からは、完全に遮蔽されている狭い空間。
ルパンは自分たちを捕らえている硬い壁を試しに叩いてみたが、音や光はおろか、ほんのわずかな空気すら、入り込む余地はない金庫は、そんな衝撃では微かに震える気配すらもなかった。


「何分たった?」
しばしの沈黙の後、ルパンは静かにそう尋ねた。
銭形は、腕時計のライトをつけ、時間を確認する。ほのかな灯りであったが、真の闇になれた二人の目には、ひどく明るく感じられた。
「……今、1時14分だ」
銭形が部下に指示した時間は、過ぎている。当然である。本物の部下は次元にその身を縛り上げられたまま、いまだ誰にも発見されることもなく、人気のない場所に放置されているはずなのだから。
銭形の時計の灯りが消え、再び暗闇が二人を包む。

「とっつあん、電話か無線でも持ってないのかよ」
「ない。……貴様こそ、次元や五右エ門に連絡を取る手段、持ってるだろう。特別に許可するから、早く呼べ」
「調子イイんだからなぁ。でもお生憎。持ってないンだよ」
ルパンはそう答えながら、肩をすくめたようだった。
「本当か?! ふざけている場合じゃないんだぞ?」
「怒鳴るなって! 俺だって呼べるもんならとっくに呼んでるよッ! そもそもこんなところに閉じ込められたのは誰のせいだと思ってんだよ」
「お前のせいだ。クソッ、諸悪の根源め……」
銭形の声は、その悪態とは裏腹に冷静ではあったものの、ひどく力のないものになっていた。闇の中で見えはしないが、もしかしたら銭形は、深く俯いているのかもしれない。

「参ったね、こりゃ」
一方、どうにもならない状況であるはずなのに、ルパンの声は相変わらず真剣みに欠けていた。
銭形は、能天気なルパンの態度を、心底憎たらしいと思いつつも、これほど追いつめられていながら、まったく慌てる素振りもない彼の腹の座り具合に呆れ、ほんのわずかに感心すらしていた。
ふと、疑念がよぎる。
「おい、ルパン。お前、まだ何か仕掛けでもしてるんじゃねぇか? だったら、さっさと扉を開けろ」
「それが困ったことに、なーンもない。まさにお手上げ〜ってヤツさ」
おどけた口調でそう言ったルパンは、銭形と繋がっている方の腕を軽く上げてみせた。
金庫を開ける時に使っていた道具は、すべて金庫の前に置いてきてしまっている。もっとも、そんなものを持っていたところで、内側からでは如何ともしがたいことに変わりはなかったのだが。

「とっつあんこそ、こんな所に閉じこもろうってんだから、酸素ボンベでも持ってんじゃないの?」
「……もう、使っちまった」
「予備くらい持っとけよなぁ」
ガッカリしたように、ルパンは頭を掻きながら呟いた。しかし、口ほどにめげた様子はない。彼の頭の中では、まだあらゆる可能性を探っているように、銭形には感じられた。
「確かコレ、原爆にも耐えられる特殊合金で出来てたハズだよなぁ?」
ルパンは、金庫の内側から壁を軽く叩いて訊いた。沈黙をもって、銭形は答える。今更確認するまでもない。ルパンはこの金庫に関する詳細な情報を手に入れているはずなのだ。
ルパンが今考えていることくらい、銭形だとてすでに検討していた。
例え、二人の持っている拳銃の全弾を、金庫の鍵の部分一点に向けて放っても、恐らくかすり傷一つ、つけられはしないであろう。
それは、この金庫の開発に携わった本人である銭形が、誰よりもわかっていた。

長い沈黙が続く。何一つしていなくても、いや、出来なくても、時間だけは着実に過ぎ去っていく。どのくらい時間が過ぎたものだろうか?
銭形は、もう時計を見る気にもなれなかった。
この息苦しさはただ事ではない。金庫の中の酸素は、保ってもあと数分だろう。どんなに長くても10分は保たないに違いない。
出来ることは、何もない。
残された時間は、あと10分にも満たない。
このままではただ、死を待つのみである。



闇が、空気が、沈黙が……重い。
二人は、しばらくの間互いの呼吸の音だけを聞いていた。
肺に、全身に酸素を取り込もうと、懸命に努力をしなくては、もはや耐えられないほどに苦しくなってきている。
息苦しさが、体を締めつける。次第に意識を霞ませる。



「何か、話せ。黙っていると、余計、息苦しいような……気がする」
途切れ途切れに、銭形はそう命じた。そう言われたルパンは、なぜかかすかに笑ったようだった。そんな気配が、した。
「……じゃ、一つ訊くけど」
「何、だ?」
「どうしてこんな金庫、作った?」
ルパンの問いに、銭形は即答した。
「お前を、捕まえるためだ」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、何の躊躇も衒いもなかった。
荒々しく息継ぎしながらも、銭形は続ける。
「お前ってヤツは、挑戦し甲斐があるものが、あれば、絶対に……やって来る。そういうヤツ、だ。苦心して、開発した金庫は、破られちまったが……コレは、エサだからな。充分、成功さ。こうして、俺はお前を捕まえた」
力なく、だが誇らしげに、銭形は手錠でルパンと繋がった腕を持ち上げた。小さく、手錠の鎖が鳴った。
「捕まえ、たんだ」
苦しげに銭形はそう繰り返した。ルパンは心配そうに銭形を覗き込もうとする。が、周囲の圧倒的な暗さが、それを妨げていた。

「とっつあん、もうお互いに喋ンない方がいいんじゃない?」
「……ヘッ。これはこれで、俺は、満足だぜ。お前を、また逃がしてしまう…よりは、ここでお前と、くたばった方が、よっぽど気が……楽だ」
銭形の息遣いが、ますます苦しげになる。意識も、すでに朦朧としているようだ。
ルパンは、銭形の肩を掴んで揺さぶった。
「オイ、とっつあん、しっかりしろ! しっかりしねぇと、俺、逃げっちまうぞ!」
「逃がさ……ねぇ」
ほとんど無意識で、銭形はルパンの腕をつかむ。
だが、そこでついに、銭形の意識は途絶えた。
それでも、銭形の手はしっかりとルパンの腕を握り締めたままであった。




一筋の光が、そこに差し込んだ。
ぼんやりとしたオレンジ色の灯り。しかし、今のルパンにとっては、一瞬完全に目を眩ませるに足る、強烈な光に感じられた。思わず目を閉じる。
「ルパン、待たせたな」
耳に、聞き馴染んだ相棒・次元の声が聞こえる。ルパンは、目を瞬かせながら言った。
「遅いぞ、次元」
「無理言うな。刑事に変装して捜査を攪乱した後、すぐに来たんだぜ、これでも。しかもお前がここに、汚ねぇ字で書きなぐって置いてった紙っきれ一枚だけを頼りに、こんな恐ろしく七面倒くさい金庫を開けなくちゃならなかったんだからな」
次元は、ルパンによって扉に貼られていた、金庫の開け方を記した紙をピラピラと揺らしながら、ぶっきらぼうに答える。
ようやくルパンは周囲の光に目が慣れてきた。扉の向こうから、金庫の中を覗き込んでいる次元は、まだ顔の変装しかとっておらず、銭形の腹心の刑事が着ていたグレーのくたびれたスーツに身を包んでいる。
「でも、間に合ったんだから上出来だろ」
「まあな。でも、とっつあんは危ないところだったぜ」
ルパンはようやく手錠を外し終えると、気を失った銭形を見下ろしながらうっすらと笑った。
銭形の口元には、小型の酸素吸入器が当てられている。
ルパンは軽く頭を振って、今までまとっていた変装用マスクを取り去った。そこから現れたのは、マスクと同じルパン自身の顔。しかし、その口元には小型の酸素ボンベに繋がる管が銜えられていた。

次元は、相棒を見つめながらしみじみと言った。
「お前、つくづく意地が悪いヤツだよなぁ」
「んん?」
「とぼけなさんな。銭形の行動全部、読んでいたんだろ? こうなることも想定していたから、酸素吸入器を用意していたり、俺に金庫の開け方を書き残したりしたんだ」
「……」
「俺に、あのエリート風の刑事をとッ捕まえさせたのだって、もしかしたら……すべてわかった上だったんじゃねぇのか?」
ルパンは無言のまま、ただ笑う。

確かに、銭形ならどんな無茶なことをしてでも、ルパンを捕らえようとするだろうと思っていた。
銭形は、いつも命懸けでルパンに立ち向かってくる男なのだから。
それを知り尽くしているルパンは、想像しうる最もイヤな状況に備えたに過ぎない。銭形は、ルパンを逃がすくらいなら、一緒に金庫に閉じこもることくらいやりかねない。信頼できる部下にだけ、その計画をあかして。
例え自分自身の命を危険にさらす結果になったとしても……
銭形はそういう男である。
(ホント、永い付き合いだからな。お互いの行動がイヤになるほど、わかっちまうんだよな、とっつあん)

「とっつあんも気の毒にな。お前はヤツに気付かれないように、ずっと新鮮な空気吸い続けてたっていうのによ」
次元は、さして同情している風でもなく言った。
「無駄に苦しめないで、酸素ボンベの予備、最初っからとっつあんにもくれてやればいいものを」
そんな次元の呟きを、ルパンは楽しげに笑い飛ばした。
「バカ言うなよぉ。とっつあんを元気なままでいさせて見ろ。脱出がやっかいになるだろうが」
そう言っている間にも、ルパンは次元から受け取った、銭形変装用の衣装やマスクを、素早く身につける。
そして、当初の目的通り、心理分析マシンを盗み出すべく小脇に抱えた。
「そんじゃマ、身代わりで捕まってる五右エ門を、助けに行きますか」
「おう」
ルパンは、金庫の扉が間違って再び閉まらぬよう、今度こそきちんと扉の下部に支えをかまして置いた。中では銭形が、まだ意識を失ったままである。
「あばよ、銭形のとっつあん」
ルパンは、そう呼びかけた当の銭形の顔をまといながら、意識のない宿敵に対して丁寧な敬礼してみせた。

前回「Masquerade」ではちょっとした推理小説風になってしまったルパンVS銭形モノですが、今回は出来るだけ「ルパン」ぽさを目指しました。(まだ何か違う気もしますが^^;)
前々から気になっていたのですが、原作での銭さんって、いろいろと実験してますよね。電気椅子の実験で失敗してハゲたり(笑)、薬品の実験してたり。そんな銭さんの一面を書いてみたくて、今回金庫開発に携わったという設定にしてみました。
流れに沿わなかったので書きませんでしたが、あの金庫は斬鉄剣でも斬れないという設定になってます。まあ、例え斬れたにしても、ルパンのプライドに賭けて斬鉄剣は使わなかっただろうと思いますが、この場合。
ルパンも銭さんも、お互いがやりそうなコトは、殆どすべてお見通しなんですよね。そんな中でルパンが少しいつも一枚上手。そういう関係がこれからもっと上手く書ければいいなと思ってます。
それにしてもタイトルが内容と今ひとつドンピシャでないような(^^;。どなたか、いいタイトルのつけ方のコツ、教えてください(笑)

(02.5.22完成)

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