予言 (後)

三人が乗っていたヘリコプターは、この古代遺跡街の北の森に墜落した。それが炎上してしまった今では、空から逃げられる可能性はない。
敵の乗ってきた武装ヘリを奪えれば一番いいのだが、用心棒の三人組をパラシュートで降ろした後、操縦士だけですぐに去ってしまっていたから、それも難しいだろう。
一番近くの街道へ出て、車を見つけるしかない。
そうなると、どうしても南側の街の出入り口を通過しなくてはならない。森が開けているのは、南方面だけなのだ。森の中に紛れ込み、ギャレットをやり過ごすという手もあるが、相棒らの怪我を考えると、長引かせるのは得策ではなかった。

「だけっども、南門から街を出ようとするってぇのは、敵サンに読まれてるだろうからなぁ」
ルパンは頭をひねった。身を潜めている壁から南の方を覗き、次元は同意した。
「確かにあそこを通りたくはねえな。あの辺は遺跡の殆どが倒壊していて、太い柱の跡ばかりの野っ原だ。見晴らしが良すぎるぜ」
「ギャレットもあの近くでは、待ち伏せて俺らを狙うことぁできないわけだけど……アイツ、ライフル持ってたよな」
五右ェ門が黙って頷いた。
だったら、建物の残る街の端に身を潜めたまま、南へ抜けようとする三人を狙うことは可能だろう。射程距離は十分だ。
ルパンは、珍しく真面目な顔つきで街を見渡し、そして相棒たちに目を向けた。

どんなスナイパーだろうと、月明かりという条件の悪さの下、すばしこく逃げ回る三人の標的に命中させることは難しい。いつものルパンたちならば、逃げ切れる確率はそう低くない。
だが――
次元の右手は今使えない。左手でも撃てるが、当然利き腕に比べれば精彩を欠く。今の状態の次元に、真正面からあの男と撃ち合わせるのは気が進まない。
いつもなら五右ェ門にしんがりを任せて逃げ、弾丸を斬り伏せさせるところだが、それも難しい。気丈に無表情を保っているけれども、それほど軽い怪我ではないはずだ。
ならば。
ルパンは決断した。
「よし、二人とも耳を貸せ」
顔を寄せてくる相棒たちに、ルパンは計画を話した。
「二人とも、わかったな」
「ああ」
薄く微笑んだ五右ェ門に、ルパンは笑みを返して軽く肩を叩いた。そして次元に視線を移し、少し大袈裟なほど残念めかして云った。
「ホントはあんなに目立つ役、俺がやりたいところなんだけっどもなぁ」
「へへ、妬くなよ。任せとけって」
それだけで、互いの云わんとすることは理解できた。
危険なのは、みな同じだ。
ルパンは普段の様子を取り戻し、悪戯を企む子供のようにニヤリと笑った。
「よ〜し、俺がまず『見つかる』からな。……行こうぜ」
三人はもう一度目を見交わすと、素早くその場を離れ、散っていった。




大して広くない街の中、しかも大半の建物は崩れて隙間だらけとなれば、ギャレットを見つけることはそれほど難しくない。かくれんぼは得意だモンねと、ルパンはひとりごちた。
もちろん、向こうから見つけてくれてもいい。但し、次元や五右ェ門よりも先に、であれば。
神話をモチーフにしたレリーフが刻まれた壁の横をすり抜け、大きめの歩道が交わる交差点に出ると、ゆっくりと辺りを見回した。
目の端に、黒い影を捉えた。首筋の毛が逆立つ。
銃を抜きざま、ルパンは石畳に転がった。
一瞬前まで彼の頭があった辺りを、銃弾が通り抜けていく。
崩れて風化した遺跡の裏に飛び込むと、正確にギャレットの弾が追いかけてくる。
悪くない腕前だった。
応戦しながら、ルパンの胸中を昂ぶりと満足感が浸していく。
数発撃ち合うと、予想通り、真っ当にやり合えば無駄に長引くだけだと判った。ルパンは迷わず、物陰からそっと離れて逃げ出した。

「どうした! 三人まとめてかかって来い! こっちは一向に構わないんだぜ」
ギャレットが初めて叫んだ。
「それとも、もう戦えるのは一人になっちまってるかな?」
冷静に戦っているようで、内心焦れはじめているのか。だとしたら好都合とばかりに、ルパンはわざと己の姿が、向こうから見え隠れするように、ちょろちょろと走り続けた。ギャレットは時々発砲しながら、追いかけてくる。
道を北に取ったところで足を速め、瓦礫と化した大理石の山に身を隠す。ギャレットは、ここで一旦ルパンを見失う格好になったはずだ。かつては荘厳だっただろう屋根の成れの果てと地面との狭い隙間の中で、身を小さく折り曲げた。

「ギャレット!」
挑発的な呼びかけに続いて、夜空に銃声がこだました。次元のマグナムの音である。それはさらに二発続いた。
やはり左手では、いつものように無類の命中率は望めないらしい。ギャレットが身を伏せてやり過ごす気配がする。
やがて次元が背を向けて逃げ出すと、ギャレットが逆襲に転じ、発砲しつつ後を追いはじめた。
疑われた様子はない。
ルパンはすぐにそこを飛び出し、急いで予定の場所へと向かった。



次元は今、神殿が密集する北へ向け、かつての聖道を走っていた。右にも左にも、いにしえの神々が祀られた建造物が並ぶ。
精巧で優雅な彫像やレリーフの数々が、半ば崩れつつも当時を偲ばせるには十分な鮮やかさで、闇に白く浮かんでいた。
風雨にさらされ摩滅してはいるものの、気高く壮麗な神々の像が何体も屹立し、駆け抜ける次元を冷たく見下ろしている。あまり気持ちのいい光景ではなかった。
このまま行けば、大きな神殿が立ちふさがるだけの、逃げ場のないどん詰まりに突き当たる。
だが次元は、その真っ直ぐ伸びた道を進み続けた。
ギャレットが次元を見失わないように、そして彼の銃の射程距離には入らない程度に、引きつけながら。
走る次元を追いかけるように、数発の弾が撃ち込まれる。
が、まだギャレットの銃の有効射程距離には入っていない。向こうも今のは威嚇射撃のつもりでしかなかっただろう。
「そっちは行き止まりだ。逃げても無駄だぜ」
そう叫び、ギャレットは落ち着いた足取りで歩み寄ってきた。
左手にマグナムを握り締め、次元は足を止めて向き直った。長い石畳の古道の上、ギャレットの不吉な黒い姿を真正面から見据える。敵の威圧感は、なかなかのものだった。
次元は口の端を軽く吊り上げた。
「さっきは油断してたが、今度はそうはいかないぜ。疫病神のギャレットさんよ」
「そんな状態で俺と撃ち合おうっていうのか」
「お前には左手で十分さ」
「……ハッ。なかなか威勢のいい最期の言葉だ」
緊張感が一気に高まった。
二人の距離は、徐々に縮まっていく。そろそろ、どちらかがトリガーを引いてもおかしくない間合いに差し掛かる。

次の瞬間、ギャレットは歩みを止め、つと銃口を次元から逸らした。流れるような動きで、彼は右側にそびえる神殿のファサードの陰に、狙いを定めた。
その先には、身を潜めたルパンが居た。
(しまった!)
一本道におびき寄せ、逆に待ち伏せしていたことを、気づかれていたのだ。
銃声と同時に、ルパンは衝撃のあまり派手に後ろへひっくり返った。
あと一瞬、気づかれるのが遅かったならば、「相手は俺だ」と飛び出して、不意打ちをかけるつもりだったのに。ルパンは気が遠くなりながらも、悔しさに唇を噛んだ。

「ルパンッ!」
次元は叫びながら数歩前に飛び出し、ギャレットに向けて銃を引き絞った。弾は胸元に命中し、彼はどっと地に伏した。
倒した敵には目もくれず、相棒の姿を追って神殿へ向かおうとした。
だが、走り出した次元の左足を、灼熱の鉛がかすめていった。
崩れるように倒れた次元の口からは、我知らず呻き声が漏れていた。
痛みをこらえて顔を上げると、ギャレットが涼しい顔をして起き上がっている。なんてことはない、防弾チョッキを着ていたのだ。
「さて、終わりにしようか」
冷徹な声には、何の感情もこもってはいなかった。


キンッという鋭い音が響いたのは、その時だった。
銃口を次元に定めたままのギャレットは、ふいに頭上に暗い影が落ち掛かり、月光を遮ったことに気づいた。が、わずかに顔を上げる以外の反応を示す間は、彼に残されていなかった。
最後に彼の目に飛び込んできたのは、ぐらりと前のめりに倒れこみ、天から落ちてくる女神像の白い整った美貌だった。
「うわああッ」
激しい地響きが轟き、大理石の破片が飛び散った。塵がもうもうと舞い上がり、夜を一時乳白色に染めた。


痛みに少し朦朧となりながら次元が仰ぎ見ると、左側の神殿の一部が、綺麗に斬り取られて不自然な空間を作り出していた。
神殿へ上る階段脇に凛々しく立っていた神の像が、今ギャレットを押しつぶして大地にめりこんでいる。
次元は、全身から力が抜けていくのを覚えた。
やがて、斬られた像のあった裏の辺りから、わき腹をおさえた五右ェ門が現れた。
「大丈夫か、次元」
「ああ。お前こそ」
高さ3メートルほどもある神像を台座から斬り離した一撃は、今の五右ェ門にとってかなりの痛手になっているはずだが、そんな様子は見せようとしない。次元もまた、新たに作った傷にわずかに顔をしかめただけだった。
「ルパン!」
五右ェ門は、向かいの神殿に声を掛けた。
次元は痛む足を励まして、どうにか立つ事が出来たが、もどかしいほどのろのろとしか進むことが出来ない。五右ェ門が黙って肩を貸した。
「ルパンッ!」
二人でそう叫ぶと、ようやくルパンが姿を見せた。
「痛てぇな、痛てぇな。ちっくしょ〜」
左肩から血を流しているが、二人の相棒の元に近づくと、ルパンはいつもの不敵な表情を作ってみせた。
「よう、上手くいったな」
「ヘッ、さんざんだったがな」
次元はそう云わずにいられなかった。
「あーそうだなぁ。……ちぇ、俺でキメたかったのによぅ」
ルパンはひどく残念そうだった。五右ェ門に像を斬らせる前の段階で、できればギャレットをしとめたいと思っていたのだろう。

三人とも、たった一人の敵相手に傷だらけである。互いに、血を流しぼろぼろになった姿を見やって、苦笑いするばかりだ。
「結局、あの老婆の云った通りになったわけだ。何者だったのだろうか」
五右ェ門が口の中で呟いた。彼もあの予言が、心のどこかに引っかかっていたと見える。
だが、ルパンはそれを笑い飛ばした。
「お前ら、ま〜だあんなの気にしてたのか? ま、どっちでもいいけどよ。でもちゃあんと、俺たちが倒したじゃねえか。予言とやらでは『女の胎から生まれた者には倒せない』はずの男をよ」
ギャレットを巻き込んで倒れた巨大な像を横目で見て、次元は意味ありげに口を開いた。
「いや、あながちあの予言は外れたと云えないかもしれないぜ」
「どういう意味ヨ?」
つられて、ルパンの視線も凛々しく武装した女神像に注がれる。次元は薄く笑って云った。
「ありゃ、アテナだぜ。父ゼウスの頭から生まれたって女神サマなんだよ」

この話、ぼんやりと「書きたいなぁ」と思っていたネタを、二つ合体させて出来たものです。ちょっと勿体無い?とも思ったんですが(貧乏性・笑)、それぞれ単独だと、どうしても何かが足りなくてまとめる気になれなかったので、これはこれで良かったのかも知れません。
(ちなみに。一つは、恐怖を知らない冷酷な元傭兵VSルパン・次元話、もう一つは、予言を逆手にとってルパンが予言者と対決する話、でした)
非常にありがちなオチですが、私はこういうのが好きなので、ついやっちゃうんですよね(笑)
それと、ルパンたちを怪我させてしまってすみません。でも脅威の回復力で、三人ともすぐ治ることでしょう。
で、ゲストのギャレット。この人は名前がなかなか決まらなくて、結局本棚で目に付いた作家二人の名前を組み合わせて使わせてもらいました(^^;
老婆の方は、本物の予知能力の持ち主のようで、同時にすごく胡散臭いタイプにしたかったんですが。
舞台となった街の遺跡は、イタリアにある古代ギリシアの植民都市跡、というイメージで書きました。特にどこ、というモデルはないので、架空の街ってことで。

(06.6.5完成)

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