12代五右エ門恋物語 (後)

大人になった五右衛門は、修行の為全国を巡業し、そしてまた殺し屋の仕事もしていた。

ある日、やくざの仕事をしていた時代の親友が五右衛門を訪ねてきた。
親友は頼みがあるという。
それは自分を狙っている者から自分の女を守ってほしいという依頼であった。
「奴らは必ず彼女を狙うだろう。どんな手段でも良い、彼女を守ってくれ。こんなことを頼めるのは、親友である、あんたしかいねぇ」
写真を見せられた。
そこには大人になった佐藤弘子が、眩しい笑顔で写っていた。

「彼女は可愛そうな生い立ちなんだ」
やくざの男は言う。
詳しい話はこうだった。

彼女は財閥の娘だが実は、父親とお手伝いさんの間に出来た子供であり、長い間子供のなかった財閥夫婦が彼女を養子縁組して引き取った。
手伝いをしていた彼女の本当の母親は、少しの生活資金を渡されることを条件に別居しているらしい。
父親は、そんな別居中の元手伝いの女性の家にも本妻に内緒で通っていた。
時には弘子も連れて3人で遊びに出かけたりしたこともあった。
勿論そんなときには本妻には『父娘二人だけで遊びに行ってくる』という設定にしていた。
それを本妻自身も気が付いていないわけではなかったのだが、どちらかというと気が付かないフリをしている、どこか愛情の冷めた夫婦だった。
しかし本妻との間に男の子が産まれると、途端に弘子の居場所はなくなってしまった。
彼女は夜遊びを覚え、家には帰らなくなっていった。
そして、なんとか短大までは卒業したが、それと同時に弘子は家を出て、働きながら一人暮らしを始めた。
戸籍も二十歳になると同時に、佐藤家の籍から抜ける手続きをしたという。
そんな彼女がいつも彼女が大事に持っているのは、本当の母親と、父親と、自分の三人が一緒に写っている写真だ。
そのころの弘子が、一番幸せな時だったのだろう。

「だから今度は俺が彼女を幸せにしようと思ったんだ」
やくざの男は言った。
五右衛門は驚いた。
彼女にそのような事実があったことを、この時初めて知ったのだ。

五右衛門は弘子を守るため徹底的にリサーチを開始した。

新たにわかったことは、やくざ男と彼女は付き合っていると言うわけではなく、むしろ、男が勝手に一目惚れをしただであった。
彼は弘子に熱心だったのだが、弘子はそうでもなかったようだ。
弘子の過去に男性との交際がなかったわけではないようだが、どうしてもその男の事を好きにはなれなかったのだろう。

五右衛門はそこまでを調べ上げ、様子をうかがうことにした。

数日後、弘子は誰かに付けられている気がした。
それが連日のように続いたある日、会社からの帰宅途中、黒い車が彼女にピッタリとくっついてくる。
そして人気のないところで彼女の隣に並んだ。
車の窓ガラスがゆっくり空き、中の柄の悪そうな3人の男が声をかけてきた。
「ちょっとお嬢さん。何をそんなに急いでいるの?俺らとドライブしない?」
弘子は足を早めた。
いつの間にか彼女は人気のない方へない方へと追い込まれてしまい、どんどん山の中に入っていってしまう。
途中でハンドバッグを落としてしまった。
彼らはそれを拾い、金目の物だけを取り去って残りはその辺に無造作に捨てた。
そしてすぐさま弘子追跡を続行した。

五右衛門がこの現場にたどり着いた時、3人の男は弘子を追いつめ、気を失っている彼女を、良いようにもて遊んでいた。

五右衛門に激しい怒りがこみ上げた。
彼女には指一本触れさせまいと心に誓っていたのだ。
次の瞬間には3人の男達はその場に倒れていた。
そして気を失っている女に羽織のようなものをかけ抱き上げると、彼はそのまま風のように山の中を走り抜け、山小屋の中に消えていったのであった。

朝になるまで彼は、じっと山小屋の中で見張りを続けていたが何事もなかったので朝食にする山菜を採りに出かけようとした。
女がまだ目覚めていないことが少し気になるのか、五右衛門は心配そうに女の顔をのぞき込む。
ドキッとした。
朝日に照らされたその顔は、美しく成長した大人の女性の顔だった。
思わず彼女にそっと唇を近づけると、小さな寝息が聞こえてきた。
「・・・・・。」
結局彼は、安心して寝ている彼女の唇を奪うことを我慢し、山菜取りに出かけていったのだった。


佐藤弘子が行方不明になったことに気が付いたのは、彼女の本当の母親だった。
そのことを弘子の父親に連絡しようとすると本妻が電話にでた。
「ただいま主人は留守にしておりますの。用件は伝えておきます。」
といって電話は切れた。
「なんだったんだ?」
その主人は本妻に問いかける。
「えぇ、勧誘でした。最近多いのですよ、そういう電話が・・・」

弘子が行方不明だということを、彼女の父親が知ったのは、それから数日後であった。
弘子の本当の母親が、直接会社に電話して伝えたのであった。
彼は本妻に対して激怒した。
しかも、弘子が戸籍から抜ける手続きをしていたことに、今更ながら気が付く。
弘子の父親は怒りと心労のために倒れた。脳卒中であった。


数週間後、弘子は本当の母親の元に戻ってくる。
母親は、記憶をなくしてしまっている彼女には父親が亡くなったということだけを伝えると、弘子を家に受け入れた。
突然出来た孫と、弘子の名字が石川に変わっていることに戸惑ったが、その子供は、弘子が全身全霊で愛した男性の子供であると強く主張するので、母親は孫の出産を心から喜んだのだった。
さすがに生まれてきた子供に「五右衛門」の名前を名付けたときには驚いていたようだった。


弘子がまだ小さい息子を連れて、一度だけ訪れた場所がある。
遠い記憶の彼方に微かに残っている、とある山奥の沢であった。
息子がその沢で水遊びをする風景を、とても懐かしいことのように思っていた。
「ハハウエは、およげないのか?セッシャが教えてしんぜよう」
礼儀作法・人道教育の為、弘子の意向で寺に通わされている息子は、幼いわりに母親に対してもどこか堅苦しいしゃべり方をする。
「父親そっくりネ・・・・」
弘子は呟いた。
「ハハウエ?、ないているのか?」
弘子は、ふと我に返った。
「いいえ、目にゴミが入っただけヨ・・・」

沢の付近一面には、オオバギキョウの花が咲き乱れていた。


−完−

前作に引き続き、十二代五右エ門と五右エ門の母の物語をいただきました!
十二代目、素敵ですよね〜(^^)
それにやっぱり、幼い五右エ門に注目してしまいます。
「ハハウエ?」という呼びかけは、何だか声まで聞こえてきそう。
すみれさん、ありがとうございました!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送