13代目 その出生の秘密

女が真夜中の山奥を逃げている。
それを車で追う3人の柄の悪い男達。
とうとう彼らは女を追いつめ、一人が羽交い締めにし捕らえる。
もがく女。
2人の男に女を押さえつけさせると、もう一人の男が嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「まずは俺からだぜ。ヒヒヒ・・・」
身動きがとれなくなった女に乱暴を加え始めた。
押し倒された時に頭を打ったからか、ショックからか、女の意識は遠のいていった。
かすかに袴姿の男が見えたような気がした。

女が目を覚ましたのは日がだいぶ昇ってからだった。
見知らぬ山小屋の中で布団の上に寝かされていた。
山小屋の中には女の他には誰もいなかった。
自分がどうしてここにいるのか、そして自分が誰なのかさえも思い出せなかった。
気が付くと自分は羽織のようなもの一枚しか身につけていないことに気が付いた。
「・・・!?」

そこに袴姿の男が山小屋に入ってきた。
ぎょっとしてその男を怯えるような目で振り返った。

「驚かしてすまぬ。気分はどうだ?」
優しそうな切れ長の目のその男は、五右衛門という名前を名乗った。

しばらくするうちに冷静さを取り戻しつつあった女に、五右衛門が手帳のよなものを持ってきた。
「貴方のものであろう?山中で拾ってきた。」
手帳の中には写真が入っていて、おそらく父親であろう男の人と母親であろう女の人が写っていた。
手帳には自分の住所も名前も書いていなかった。

わかったことは、自分が自分の名前も、家族のことも、すっかり記憶をなくしてしまっているという事実のみであった。

思い出そうとしてもどうしても思い出せない為、すっかり疲れて横になっていたら、再び深い眠りにはいってしまった。

そうして女は数日間を五右衛門という男と一緒に山小屋で暮らしていたある日、五右衛門は夕食時に深刻な顔で女にうち明けた。
「実は、貴方のことを、俺は探していた」

真相を聞くと、女の名前は佐藤弘子といい、五右衛門と昔、親友であり悪友であった、やくざの一味に所属する男からある依頼をされたという。
「俺は組同士の抗争に荷担した為、敵対する組の者たちから狙われている。
俺だけなら良いが、女の命まで狙おうとしているらしい。
頼れるのはおまえだけだ。
俺に万一のことがあったときは、この女を守って欲しい。
よろしく頼む。」
そう言って彼は、その一週間後に遣られてしまったという。

「それから後のことは?」
弘子という名前であるということがわかった女は自分がどうしてここにいるのかを聞きたかったが、五右衛門は、
「思い出せないなら思い出さないでいた方が良い。」
と、それ以上は話さなかった。
しかしそれがかえって弘子を苦しめることになった。

私が気が付いたときには、羽織一枚でここに寝かされていた。
“この女を守って欲しい”と言われその本人が死んだからって手を出すことはないんじゃないかしら・・・・?
それとも私はこの人に惚れてしまって、自分の意志で彼に抱かれたのかしら????
確かに彼は優しくて神秘的な魅力がある。
今、こうしている間にどんどん好きになっていることは否定しきれない。でも・・・

弘子は葛藤していた。抱かれた記憶さえないのである。

翌日、弘子は五右衛門に尋ねた。
「五右衛門さん、いくら親友の頼みだからといって、守る約束をしたからといって、私がいつまでもここにいて言いはずがないわね?そして私は気が付いた時には羽織一枚でここにいた。私を貴方は・・・そのぉ・・・ここで何かあったのでしょうか?」
弘子の頬は高揚して真っ赤になっていた。
みそ汁を飲んでいた五右衛門は吹き出しそうになっていた。
「そうくるとは・・・! しかし親友との約束だけで安請け合いなどせぬ・・・。俺は、随分前から貴方を知っていた。親友よりも前から・・・」
弘子は驚いていた。
「あの日・・・私がこの小屋で目覚めた日、本当は何があったのですか?」
「・・・・・・。」
「知らない方が良いというのはどういうこと・・・? あの日の五右衛門さんとのこと、思い出させて下さい。」
「・・・何が言いたいのだ・・・」
「抱いて・・・下さい。もういちど・・・」

五右衛門は静かに、しかし優しく弘子を見つめていた。
「では、今一度・・・」
二人は静かに布団に倒れ込んだ。

そして翌日・・・
「もし貴方が良ければ、ずっとここにいてもらいたい。俺は今の仕事から足を洗う。」

弘子が正式に石川五右衛門の籍に入籍したのはそれから一週間後であった。


「おぬし・・・生きていたのか・・・」
「ハッ、親友とはいえ簡単に信じるからだ・・・。この世界はそんなにあまくない。あの時は、奴らを始末してくれてありがとよ。
だが、この秘密を握っている以上、親友であってもおまえに生きていられては困るんだ。」
「おぬしをはなっから信用していたわけでもない。弘子は俺がもらった。」
「なんだと・・・?手を出したのか?俺は守ってくれと頼んだが、手を出せとは頼んでいないぞ!」
「お互い様のようだな。」
誰もいないある山奥で二人の男の陰の激しいぶつかり合いが続いた。
そして夜も明ける頃、二つの陰は、まったく動かなくなった。


弘子は入籍手続きが完了したことを報告しようと、五右衛門の帰りを待っていた。
しかしいっこうに帰ってこない。
翌日になってもその翌日になっても帰ってこなかった。
一週間後に警察から連絡があり、一人のやくざと対決し、両者とも命を落としたということであった。

弘子は呆然とした。
そして何日も泣き明かした。
しかしそんなことばかりもしていられず、家族のもとに帰ることを決心した。
記憶は戻っていなかったが、一人娘の生還を家族はとても喜んでくれた。
しかし弘子がいない間に父親が病で亡くなっていた。
亡くなっていたと言うことがショックと言うよりもむしろ、父親のことが思い出せなくてショックだった。

姓は石川のままにしていた。
家族のもとに帰ってから数週間が過ぎた頃、体の異変に気が付いた。
病院に行ったら、妊娠していることがわかった。
逆算すると、五右衛門にプロポーズされた日の子供であろうと弘子は勝手に推測した。

弘子は子供が産まれても生活のために身を粉にして働いた。
子供は弘子の母親が面倒を見ることが多かった。
しかし弘子は働き過ぎが原因で、若くして過労死してしまった。
傍らで小さい少年が、いつまでも冷たくなった母親の顔を見つめていた。
泣くでもなく騒ぐわけでもなく、ただじぃっといつまでも亡骸の傍らにくっついて、とうとう火葬される瞬間に、大の大人が三人がかりで引き離すまでは離れようとしなかった。
そしてとうとう彼は、涙を流すことはなかった。
ただ、少しだけ幼き肩を小刻みに震わせていた。
少年の名前は五右衛門であった。

すみれさんからいただきました。 もしかしたら、あったかもしれない物語。 幼い五右エ門のいる風景が、とても切なく、また 彼に似合うんですよね。 すみれさん、本当にありがとうございました!

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