ネジ

 からりと晴れた空に、ぽっかりと雲が浮かんでいる。
川べりの土手に寝転びながら、ルパンは雲の漂う様をぼんやり眺めていたが、やがて深く息を吸い込むと、体を起こして声をかけた。
  「おい次元。そのへんにしといたらどうだ〜?」
  「うるせえ!俺は今、大事な『話し合い』の最中なんだ。余計な口をはさまねえでもらいてえな!」
  「・・・話し合いねえ・・・。」
 川原の石の上にビールの空き缶が1つ置かれている。
そして、それを次元がマグナムで撃ち抜く。
重みのある銃声の直後、次元がへしゃげた空き缶に近づいた。
  「・・!だめだ!!まだズレてる!」
 吐き捨てて、その缶を脇へ放る。 
へしゃげた空き缶の山に乾いた音を立ててぶつかって、地面に落ちた。
  「お〜お、ムキになっちゃって・・ねえ。ま、好きなようにするサ。」
 ルパンは小さく呟くと、再び寝転んだ。
 つい昨日のことだった。
次元は愛用の銃、S&W M-19コンバット・マグナムのネジを一つ取り替えた。
ただそれだけのことだった。
が、しかし、それだけの事で照準が微妙に変わったのだ。
勿論今までにだって、消耗部品を取り替えたことは何度もある。
職業柄とでも言うのだろうか、次元は悪条件の元で銃を使うことも多かった。
水に濡らしてしまうことだってある。
何時も手入れを欠かさないとは言え、どうしても部品が痛んでしまうのだ。
ちょっとした劣化で照準の正確さは狂う。
次元はプロフェッショナルだ。
そう言う狂いも計算に入れて銃を撃つ。
だがしかし咄嗟の場合は・・・
反射的に撃つ場合は、体に染み付いた正確さが仇になるのだ。
つまり、部品が劣化して照準が甘くなった分だけズレが生じる。
だから次元は、劣化した部品はただちに取り替える。
それも、信用の置ける筋の所からしか用立てない。
愛銃のクセ。撃つ時の次元自身のクセ。
撃鉄の強さからネジの締まり具合・・・。
それら全てを考慮に入れて最も相性の良いものを、次元は長年の経験から知っていた。
そして必ずそれが手に入るルートを確立していたのだ。
命のやり取りに関わることだ。たかがネジ1本なんて軽く扱えない。
  「しょ〜〜がねえ・・な。」
 空を見上げたルパンの視界に、猛禽類を思わせるシルエットの鳥が一羽、ゆっくりと横切って行った。


  「え〜〜と・・この辺なんだがな〜あ・・?」
 ニューヨークはブロンクス。
小汚いアパートが建ち並びスラム化したその街角に、ルパンは居た。
1枚のヨレた写真を見ながら呟く。
  「エドガー・スミスねえ・・・。」
 ルパンは、通りかかった見るからにワルという感じの男に声をかけた。
写真の男について訊いたが、知らなかったようで足早に去って行った。
他の(裏の世界を知っていそうな)奴等にも訊いてみたが、皆こんな感じだった。
情報を得ようと酒場へ入ったルパンを、誰かが後ろから呼び止めた。
  「おい!あんた何だってそいつを探してるんだ?」
 振り向くと1人の男が立っていた。
40代くらいの、痩せた貧相な男が訝しげにルパンの顔を見た。
その男は明らかに警戒していた。返答によっては一戦交えかねない。
  「いやね、俺の相棒が困っててな!ちょっとネジを分けてもらおうと思ってよ。」 
  「?相棒ー・・」
  「ああ。次元大介ってんだ。」
 次元の名を聞いた男は暫しルパンを見回し、肯いた。
そしてこう告げた。
  「悪いがエドは仕事はしないぜ。」
  「何故だ?」
 男は沈黙し、考えた末にやっと話す決心をした。
  「エドは今、それどころじゃねえんだ・・・」
 男は全てをルパンに話した。エドガー・スミスは結婚した事。
その妻が身重で、2、3日前から具合が悪くエドが付きっきりで看病している事。
何よりもエドが妻と子供とのささやかな幸せを望んでいる事。
ーなるほどな・・・−ルパンは納得した。
 次元は知っていたのだ。
だからエド以外の所から部品を調達したのだろう。
エドの気持ちを尊重して・・。
もしかしたらエドから離れるつもりだったのかも知れない。
自分と関わっていては‘ささやかな幸せ’なんて手に入るはずがない。
だったら離れるまで。
例え自分がどれほどのハンデを背負うことになったとしても。
  「あいつらしいぜ。」
 軽く笑うと、ルパンは男に尋ねた。
  「でもなあ・・ココまで来て顔も見ないで帰るってのもカッコ悪いしな〜あ。 会うだけ会わせてくんねえかあ?」
 ‘絶対に無理矢理仕事に誘わない’その約束の下、その男の監視付きでルパンはエドガーに会いに行った。
用心深いとは思うが、これも裏の世界の者が人並みの幸せを手に入れる為、仕方の無い事だ。
やがてボロアパートの一つの部屋の前に立った。
が、ルパンがその扉を開けるより早く、部屋の中から一人の男が飛び出して来た。
  「!な、なんだあ?!」
  「い、医者へ!誰か医者へ連れてってくれ!!早く・・!!!」
 かろうじてぶつかるのを避けたルパンに向かって、血相を変えて男が叫ぶ。
  「!エド!!どうした、何があったんだ!!」
 ルパンと一緒について来た男が、エドの肩を掴んで問いただす。
  「ジェイク・・にょ、女房が・・・急に・・。」
 部屋の中では、大きな腹をした女がベッドで唸っていた。
  「あんたあ〜・・う、生まれるう〜〜・・・」 
 突然の出来事に3人の男達は大慌てだった。
ジェイクが自分の自動車を提供した。だが車が小さかったので3人しか乗れなかった。
最後まで自分が運転すると言い張っていたジェイクだったが、ルパンのA級ライセンスの前に屈した。
 ルパンが運転席、エドがナビゲートの為助手席、そして後部座席に妊婦を乗せて車が滑るように発進した。そしてそのままスピードを上げて病院への道を走る。
暫く走ったところで後方からサイレンの音が聞こえてきた。
  「あ〜りゃあ・・。パトカーだ。」
 これだけスピード違反をしているのだから当然であった。
  「エド!ちょ〜っと代わってくれ〜。」
 そう言うとルパンは運転席の窓から身を乗り出した。
エドは慌ててハンドルを握る。スピードが落ちないようにアクセルを踏みながら。
内ポケットから小箱を取り出し、中身の鋲を後ろへばら撒くルパン。
程なくして2台のパトカーの悲鳴が上がった。
  「ンほほ。二丁あ〜がり!」
 運転を交代して、ルパンはエドに尋ねた。
  「まだ、遠いのか?」
  「ああ。抜け道はあるにはあるが・・」
 ルパンはバックミラー越しに後部席の女を見た。
ひどく汗をかいて、苦しそうだ。声も絶えず漏れている。
  「時間が無い、行くぜ!」 
 そう言いながらルパンは左にハンドルを切り、細い道へ入った。
ゴミ箱を蹴散らし、ノラ犬を飛び退かせて走る様にエドは唖然とした。
が、腹をくくったのかしっかりと前を見据えると、ルパンに指示を出し始めた。
  「次の四つ角左、真っ直ぐ行って3本目の十字路右!」
  「!ほほう、ノッて来ましたね?!」
 視線は前方から外さずにルパンがハンドルをさばく。
見事だった。此れほどのスピードで、こんなに細かな道を走っているにもかかわらず、車内はほとんど揺れていなかった。
速く走るだけのレーサーならいくらもいるだろうが、ここまで繊細に走らせる者はそうはいないだろう。
  「次の開けた道を左、信号突っ切ってすぐ病院だ!」
 そう指示を出したエドにルパンが携帯電話を渡した。
エドはすぐさま連絡を入れる。
  「急患だ!妊婦が産気づいた。今そっちへ向かってる・・」


 分娩室の外廊下の長椅子に2人の男が腰掛けていた。
  「助かったぜ、ルパン。ありがとよ。」
 エドが礼を言った。
  「俺の名前、良く解ったなあ。次元から聞いてたか?」 
  「ああ。世話の焼ける相棒だってな・・嬉しそうに言ってた。」
 エドはふと微笑して、言葉を続けた。
  「で、次元はどうだ?元気にしてるか?」
  「・・会ってないのか?」
 思った通りだった。半年程前に会ったきり・・・
エドが結婚してから連絡もとっていなかった。
  「昔(まえ)の俺には、怖いモンなんて無かった。何時でも死ねるって、思ってた。 ・・でも、今は違う。死にたくねえ、あいつらと生きていたい。 あいつらを失うのが怖い。」
ポツポツと話すエドの、分娩室の扉を見つめる優しい瞳をルパンは見た。
  「・・・幸せを手に入れたんだんだな・・・。」
これ以上、この男を裏の世界へ関わらせない方が良いのかも知れない。
ルパンがそう思いかけた時だった。
  「次元に言っといてくれ。臆病になるのもいいモンだってな。 臆病になったお陰で、俺は生き延びることに執着を持った。」
そこまで言ってから、エドはニカリと笑い片目をつむって見せた。
  「女房も俺を信じてるしよ!俺も滅多な事じゃ死なないって自信あるぜ!」
エドのその顔から心情を察したルパンが、言った。
  「伝えとくよ、余計な心配すんなってな!」 


  「一体何処へ行ってやがるんだ?!ルパンのやつはーー!!」
 ここはルパン達のアジトである。
昨夕、日が暮れて的の空き缶も見づらくなったので川原から次元が諦めて帰ろうとした時、ルパンの姿はなかった。
そして、丸々一日経った今もまだ、ルパンは姿を見せない。
  「気づかねえうちに何処かへ消えちまってよ! いちいち干渉するつもりはねえが、行き先くれえ言ってく  モンだろう?それを・・!もう丸一日だぜ!!」
 次元は苛立たしげに部屋の中を歩き回ると、誰にとも無く文句を言った。
  「お主がイラついても仕方無かろう、次元。なあに、そのうち帰ってくるさ。」
 テーブルの前のソファーに静かに腰掛けていた、五ヱ門の言葉である。
  「あのなあ、五ヱ門!誰がイラついてるってんだよ、俺はなあ・・・!」
 不用意に声をかけた五ヱ門に食って掛かる次元の後ろのドアが勢い良く開いた。
  「よーう!諸君、元気かね?」
 ルパンである。何も悪びれもせず、何時も通りの声をかける。
しかも、峰不二子を同伴していた。
次元は初めはあっけにとられ、やがて腹立たしさが込み上げて来た。
  「急にいなくなったと思ったら、不二子と一緒たあどういうこった!!おい!ルパン!」
 次元の怒鳴り声を気にも留めずに、ルパンはテーブルの前を通り、奥の部屋へと向かった。
  「さ〜こっちでゆう〜〜っくり、お仕事の話しましょうねー。さ、不二子〜〜。」
 そう言うと、不二子の背中を押しながら、さっさと部屋に入ってしまった。
  「あ、あのなあー!!!・・」
 再び怒鳴りだそうとした次元を五ヱ門の声が止めた。
  「次元。ルパンの土産だぞ。」
  「土産〜?・・!」
 テーブルの上の小さな包みが次元の目に止まった。
包みの中身はネジだった。そして、包みに添えられていた1枚の写真を手にとった。
まだ新しいその写真には生まれたばかりの赤ん坊が映っており、裏にはこう書き記されていた。
  『俺の後継ぎだ、よろしくな。』
  「あいつ・・・」
 次元は奥の部屋の扉をチラリと見やった。
  「・・ふ・・おせっかい焼きめ。」
 そのあと、楽しそうにマグナムを組み立て直す次元の姿があったことは言うまでも無い。

ちゃかさんから、リンク記念にいただきました!
大好きなルパンと次元の相棒話に感激(嬉涙)
何かとルパンの方が次元の手を焼かせてるイメージがあったりしますが(笑)
実は、お互いにいろいろな面でフォローしあってるんですよね。
ルパンの優しさ、そして次元の優しさが沁みる作品です。
ちゃかさん、ありがとうございました!!

ちゃかさんのサイト「おきらく館」(残念ながら2005年8月末日閉鎖されました)

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