01:自画自賛

ふいに一陣の強い風が、木立の間を通り過ぎていった。
木々がざわめき、大きく煽られた葉が舞い落ちる。あたり一面を覆う下生えも、激しく波うつ。
突風に驚いた一羽の鳥が慌てたように飛び立った。
しかし、そんな風などにはいっこう動じる様子もなく、二つの人影は涼やかに同じ姿勢を保っていた。

影の一方――石川五右ェ門は、軽く目を閉じ、総髪を風になぶられるにまかせて地に座している。
左手には斬鉄剣。
まるで眠ってでもいるかのような静かな佇まいであったが、彼が今鋭く気を研ぎ澄ましていることを、傍で見守るもう一方の影――ルパン三世はよく承知していた。
だから、ルパン自身はこうしてリラックスしながらも、五右ェ門の邪魔にならぬよう気配を押し殺して見つめているのである。

次の瞬間、風が断ち切られた。
いくつもの大鉈が次々と空を切って、五右ェ門に向かう。
彼の目が開いた。
同時に抜かれた斬鉄剣は、正確無比に、襲い掛かる大鉈を捉える。
小気味いい金属音が、林の中に響き渡る。
一瞬の後、五右ェ門が再び静かに刀を鞘に収めると、真っ二つにされたすべての鉈が地に落ち、冴え冴えとした切り口をさらした。


「ブラボー! ブラッボォー!!」
身を寄せていた木陰から出てきながら、ルパンが陽気な声を上げ、手を打ち鳴らした。
彼の出現を意外に思うわけでもなく、五右ェ門はやや冷たい眼差しを向けて答えた。
「拍手など不要。確か、以前もそう申したはずだが」
「いいじゃないの、そうトンがらなくったってよ。すごいからすごいって云ってんだから。もっと素直になンなきゃあ」
ふざけた口調はいつものことだ。ルパンの顔つきを見れば、彼が素直に賛辞を表しているつもりであることは、よく伝わってくる。
だが、それだけでないこともまた、五右ェ門には判っていた。

軽い足取りで近づきつつ、ルパンは五右ェ門が以前からこの修練に使用している、投石器にも似たバネ仕掛けの機械のひとつをぽんと叩いた。先ほど大鉈を発射したのは、もちろんこれである。
斬鉄剣が切り裂いた鉈の半分を何気なく拾い上げたが、その重さに上体が傾く。驚いたようにルパンは眼を見開いた。
「まったくね……いつ見ても、見事なモンだ。とても訓練だとは思えないぜぇ」
「単なる訓練だ、とは思っておらぬゆえ」
あらぬ方を見つめたまま、それでも五右ェ門は律儀に答えた。
「ふ〜ん、いつだって真剣勝負ってわけか。ま、お前さんらしいわな」

五右ェ門は、硬い面持ちで佇み、視線は遠くに向けられたままだ。
「何だよ五右ェ門、渋い顔しちゃって。真面目一辺倒なのもいいけっどさ、たまには『どうだーすごいだろう』って大威張りでもしてみたらどうヨ?」
いつも以上に余計なことを饒舌に語りかけてくるルパンの態度に、苦笑いを禁じえなかった。
「自慢するほどの出来ではないからな」
「まったまたぁ」
茶化すようにルパンは肘で突っついてくる。が、彼は素っ気なく避けた。

ルパンはどうにか五右ェ門の機嫌を伺おうとして、先ほどの剣技を見事だなどと持ち上げるが、実際彼自身満足のいく出来だとは思っていなかった。ルパンに云った言葉に嘘も謙遜もないのだ。
どこが悪い、と他人に説明の出来ることではない。多分、技術的なことではないのだろう。
要は、彼だけの問題なのである。
心のさざなみを静めようと、まるで逃げ込むかのように斬鉄剣と向かい合ったのがいけなかったのかも知れぬ。
そう五右ェ門が思った時。再び、風が強く吹きつけ、二人の間を駆け抜けた。

「なあ、悪かったよ五右ェ門」
吹きすさぶ風の音に紛れ込ませるかのように、ルパンは云った。
「あン時はあの方法しかなかったんだよ。判るだろ?」
「ああ……」
判っているのだ、そんなことは。五右ェ門は、ルパンの方を振り返ることなく頷いた。


ルパンが死を演じなくてはならないほど、正体不明の殺し屋は手強かったのだ。それは、間近で見ていた五右ェ門もよく承知している。あの方法がきっと最善だったに違いない。
こうしてルパンが生きている事実こそが重要で、それ以外は瑣末なことだ。
死んだフリをして殺し屋の隙を突くという計画を明かしてもらえず、彼の死を一度本気で嘆き哀しんでしまったけれど、それが現実になってしまうことを思えば些事にすぎぬ。
騙された怒りはあれど、それも目の前に生きたルパンが居てのこと。
そう、判っているのだ。

ルパンは何気なさを装いながら、黙ったままの五右ェ門の顔を覗きこんでくる。
仕方なく視線を返すと、ルパンはいつものようにニッと笑った。
思わずつられて、五右ェ門も口元をかすかに緩めた。
この男から思いがけぬ素直な侘びの言葉を聞くと、あの時の衝撃や哀しみも、怒りとわけのわからない困惑した気持ちも、すべてが少しずつ遠のいていく心地がする。

彼は、五右ェ門が独りアジトを離れたことを、騙された怒りゆえだと考えているようだが、それは正確ではない。もちろんそれもあるにはあるのだが、どちらか と云えば、この男が“死んだ”時に、あれほどまでに動じ、嘆き乱れた己自身に戸惑い、その未熟さを恥じたからこそ、少しの間独りになりたかった……。
冷静になれた今となっては、五右ェ門にはそんな気がしているのだった。


ごおごおと吹きつける風に、木々がざわめき続けている。
その中に、ごく僅かな異音を感じ取った。
無意識のうちに五右ェ門は斬鉄剣をさらに引き寄せる。
何者かが、じりじりと接近しつつある。それも複数だ。
狙われるのが常のルパン一味である。特に驚きはない。

それに気づいているのかいないのか、ルパンは嬉しそうに笑って、五右ェ門の肩を何度も叩く。
「いやあ、ご機嫌が直って良かった良かった。さ、こんな辛気臭いところから、早く帰ろうぜ。もう用はないんだろ? でさぁ、五右ェ門ちゃん。早速なんだけど、面白そうな仕事があるのヨ。乗らない?」
矢継ぎ早に云いたいことをまくしたてる。現金なものだ。
五右ェ門との“仲直り”が出来たと勝手に思った途端、無邪気なほどにいつもの調子を取り戻し、強引とさえ云える彼特有のペースで周囲を巻き込もうとする。
それに巻き込まれることが不快なわけではない。時として好ましくすらあるかもしれぬ。だが――
彼の演じた死に振り回されたばかりの今、それは多少業腹である。
常にルパンの手の内で翻弄されているようで、あまりにも癪ではないか。

再び突風が吹き荒れる。
それに乗じて、周囲に潜む輩は、さらに接近してきたようだ。じわりと、ルパンと五右ェ門を包囲する。人数は五人ほどだと、五右ェ門は見た。
まるで刺すような殺気を、ルパンなら当然感じているはずだ。
しかし彼は、マイペースに話を続けている。
「今回は絶対に五右ェ門が必要なんだよ。ナンてったって敵の一方の懐に飛び込んでもらう、重要な役なんだから。な、面白そうだろ?」
「ルパン」
低く鋭く、五右ェ門は彼の言葉を遮った。それどころではないと伝えたつもりである。
ルパンは悠長に頷いて、軽く手を広げてみせた。
どうやら、任せた、と云っているらしい。
勝手なものだ。五右ェ門は心のうちでそう呟いた。

「何だよ五右ェ門、気乗りしねえってのか? それともま〜だ修行がしたりないってぇの?」
そう云いながらルパンは、杉の巨木の下に置かれた一台の機械に歩み寄る。
長く伸ばされた鎖が、太い枝々に張り巡らされ、その先には重い鋼鉄の塊がいくつもぶら下がっている。鎖を押さえているレバーを動かせば、それらはたちまち落下する。
ルパンはそのレバーを手にして、悪戯っぽく目を輝かせた。
仕方なく、五右ェ門は位置についた。傍からは身構えているとも見えぬほどに、平静な姿勢を保つ。
辺りの殺気はいっそう高まり、迫り来る。

何だかんだと云っているうちに、結局はルパンのペースに嵌ってしまっている。思い返してみれば、いつもそうだったような気がしてくる。
あの“ルパンの死”に際して、次元と五右ェ門の嘆きですら、ルパンの計画の一齣だったに違いない。
改めてそう考えると無性に腹立たしく、彼に思い知らせてやりたいような、少し意地の悪い気持ちさえ沸いてしまう。
次元のように、一発殴っていれば、早々に水に流してしまえたのであろうか。

ルパンの手は力を入れるタイミングを見計らって、抜かりなくレバーを握っている。
五右ェ門は、かすかに頭を振って雑念を振り払い、斬鉄剣に意識を集中しようとした。
彼らに迫る刺客どもは、気配から察するに大した腕ではないだろう。油断するつもりはないが、多少の雑念があろうとも、おさおさ遅れはとらぬ。
だが刀を手にする以上、先ほどのように自分にとって不本意な太刀さばきをしたくない。

ついにルパンがレバーを引いた。
張りつめていた鎖が緩み、自由になった鋼鉄の塊が次々と落下し始めた。
その途端、周囲の殺気も一気にはじけ、二人の元に押し寄せる。
斬鉄剣を抜き払うや、大きく一歩踏み込む。
五右ェ門の一閃が、落ちる鋼鉄を芯を捉え真っ二つにする。
断ち斬られた鉄の半分が、背後から襲い掛からんとしていた刺客の顔面を直撃した。
それを見届けもせず、返す刀でもう一人をなぎ払う。
地を蹴って大きく跳躍する。
落下してくる鉄屑に踏み込むタイミングを逸していた刺客が、飛び寄ってきた五右ェ門に驚き、遮二無二刀を振りかざす。難なくそれをかいくぐり、打ち倒した。

ルパンを狙った刺客は、狙い定めて落とされた鉄塊に頭を直撃され、昏倒する。それを目の端に捉えたが、五右ェ門の意識はすぐに、残った敵の一人に注がれる。
大胆に踏み込んできた敵を、半身をそらすことでかわし、すれ違いざま、鋭い一撃を見舞った。
瞬く間に、すべてが終わった。
刹那の充足が五右ェ門を包む。
わずかな油断もならぬ緊迫感の中、息をつめただひたすらに斬鉄剣を振う――その静かな昂りを味わった。

五右ェ門が刀を収めようとした時、繋いでいた鎖が絡まったため、枝にひっかかったままの鉄塊が一つ、あることに気づいた。仕上げとばかりに、高々と飛び上がって一刀両断にする。
ルパンは調子よく声をかけた。
「よっ、カッコイ……いいっ!?」
五右ェ門が斬った鉄の半分が弾け飛び、傍に居たルパンの足の甲に、鈍い音を立てて落ちた。ルパンは相当油断していたのだろう。
「……っってえ!!」
足を抱えてしゃがみこみ、ルパンは悲鳴を上げた。
「な、何しやがるんだヨっ、ヘタクソ!」
涙目で叫ぶルパンを、五右ェ門は詫びることも忘れ、ぽかんと眺めやった。
もちろんわざとではない、偶然に過ぎぬ。
しかし……
五右ェ門は、知らず知らずのうちに微笑していた。
「うん。今のは我ながらなかなか見事であったかもしれん」

よそからお借りしてきたお題に初挑戦です。10全部完成させられたらまとめてUPしようと思ってましたが、なかなか進まないので公開することにしました。
お題をぼーっと眺めているうちに、一番最初にまとまったのがこれ。
新ル32話の後日談風ではありますが、特にそうでなくてもいいので、固有名詞は出さずに書きました。ちょっとわかりにくかったかしら。
五右ェ門が、ごくたまにルパンを驚かしたり、一本とった形になるのって好きなパターンなのかもしれません。この場合は「天然」だったようですが(笑)
この時期久しぶりに書いたテキストだったので、描写の加減がわからず苦戦しました。もっと修行します。

(2006.2.9 完成)

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