勝つのはどっちだ (前)

「それじゃ、賭けにならねぇな」
次元大介の声には、かすかに笑いが含まれていた。彼は、ハンドルを持つ手に力を入れ、さらにアクセルを強く踏む。
軽快にスピードを上げた車の助手席では、石川五右エ門が目を閉じたまま頷いた。
「仕方あるまい。俺もお主も、不二子が裏切っている方に賭けたいのだから……」
「ハナから成立しねぇ賭けってわけだな。マ、当然か!」
次元は、大きく笑い飛ばした。



事の発端は、昨日峰不二子がルパンの元にに持ち込んできた「仕事」であった。
西アジアの果てに位置する動乱のK国。その王国にある、世界的に有名な宝石「カルラの聖石」を盗み出すというヤマを、彼女はルパンに持ちかけてきたのだった。
「世界最大とまではいかないけれど、『カルラの聖石』は素晴らしいダイヤよ。何といっても、歴史が違うわ。千年以上も数々の動乱を潜り抜けて、K国代々の 王家に伝わってきた世の中に二つとない宝石よ。……ねぇ、ルパン三世が所有するに相応しいダイヤだと、思わなくて?」

時に雄弁に論じ、時に甘く囁いて、不二子はルパンを口説き落とした。
いつも以上に、不二子は真剣そのものであった。熱意があった。
当初、どうにも気乗りしない様子を見せていたルパンだったが、不二子の熱心な誘いに心が揺らいだものか、ふいに「K国へ行ってみっか!」と宣言した。
「ホント? 一緒に行ってくれるのね、ルパン! やっぱり大好きよ!」
甘い歓声を上げて、不二子はルパンに抱きついた。ルパンの顔が、途端に緩む。

その時、今までソファにだらしなく横たわっていた次元が、急にすばやく起き上がった。

「よせよ、ルパン。お前さんも知っているだろうが、今あの国は物騒極まりねぇ。長年の深刻なインフレで国中が荒れている。暴動が多発するから、軍隊が国中 に出動している。国王を追い出す軍部によるクーデター計画も進行しているってぇ噂だ。それだけじゃねぇ、学生たちを中心にした革命の動きもあるとか……。 そんな国にゃ行ったって、ロクなことがありゃしねぇよ」
不二子をジロリとひと睨みし、次元は一気にそうまくし立てた。強い彼の視線は、「何より、お前が信用ならねぇんだ」と物語っている。

睨まれた不二子の方は、そんな視線をまったく気にする様子もなく、シラッとした面持ちで静かに次元を見返している。
(食えねぇオンナだ)
次元は、そうひとりごちた。

目では笑いつつも、わざと大袈裟に眉をひそめてルパンは次元を覗き込む。
「そんなこと言うなよ、次元ちゃん。一緒に行こうぜ〜」
ルパンのこうした「お願い」が、当初反対していたはずの次元に聞き入れられることは、案外多い。……勿論それは、峰不二子が関わっていない場合である。
今回の次元は、頑なであった。
「お断りだね。クーデターの標的にされかかっている王宮にある宝石を盗み出すなんて、予期できない危険が多すぎる。そんな危険を冒してまで盗ったところで、所詮ダイヤ1個だ。わりに合わなすぎるってモンさ」
「たかがダイヤ1個に、大きな危険を冒すところが男のロマンなんでしょうが。わかってないなァ、次元は。……じゃ、五右エ門、お前は行くだろ?」

ルパンから声をかけられると、それまで窓辺の床に静かに腰を下ろし、微動だにしなかった五右エ門がわずかに目を開き、無愛想な声で答えた。
「行かぬ」
一言だけやけに明確に言い切ると、再び彼は目を閉じた。あまりにも取りつくしまのない態度であった。
ルパンは思わず叫んだ。
「か〜ッ、お前もかよ、五右エ門! ワケ、言ってみろ!」
叫ぶルパンを、迷惑そうに見上げる。五右エ門は、このままではうるさくてかなわんと言わんばかりに、いかにも億劫そうに口を開いた。

「……何もお主ほどの男が、貧しい国から敢えて盗むこともあるまい。それに、かつてK国でかなり無茶したらしいな、ルパン?」
「ん? ああ……まァ、そんなコトもあったっけねぇ。そういや、いろいろと盗ませてもらったような気もするけっども」

ルパンにとって数年前のK国での仕事は、取るに足らないものであったらしい。彼の記憶にしっかりと刻み付けられる価値のなかった盗みを、ルパンはすぐに忘れてしまう。
五右エ門は、そっとため息をついた。
ルパンにとって、大したスリルも味わえなかった「どうでもいい仕事の一つ」であったのだろうが、宗教的にも価値のあるらしい黄金の壷などを盗まれたK国にとっては、忘れるどころの騒ぎではない。

「お主はあの時から、K国随一のお尋ね者だ。万が一にも見つかったら、その場で銃殺。すべての警官・兵士には、国内でお主を見つけ次第射殺して良いとの国 王命令が出ていると聞くぞ。賞金もかかっている。しかも、K王室は、最近若い王に代替わりしてから急に、独自にお主を探し出して亡き者にしようともしてい るとか。K国暗殺団の悪名は知っているはずだ、ルパン。……少しは自重するが良い」
それだけ言うと、五右エ門は再び瞑想の中へ戻っていってしまった。

悪名高きK国暗殺団。
その実態は定かではないものの、世界のどこへ逃げても、その暗殺者の凶刃を逃れることは不可能だと言われている。
K国の利益を、何より宗教的威厳を守るためには、手段を選ばぬ組織だという。

ルパンは、少しだけ困ったように相棒二人の顔を見渡した。
すでに再び寝そべっていた次元は、言いたいことはもう言ったとばかりに、くるりとルパンに背を向けた。五右エ門の意識は、もうこの場にはないらしい。

突然。ルパンは激しくテーブルを叩きつけて、勢いよく怒鳴り散らした。
「何でェ、何でェ、二人とも! この俺様がそんなヘッポコ警察や、田舎軍隊に捕まるとでも思ってんのかよ! 暗殺団? 上等じゃねぇか。お前らの手助けなんか、こっちから願い下げだッ! 俺はK国へ行くぜ! ああ、たかが1個のダイヤのためになッ」
言うだけ言うと、ルパンはドタバタとやけに足音をさせながら部屋を出て行った。
「待ってよ、ルパン!」
不二子だけが、ルパンの後を追ったのであった。


◆ ◆ ◆


「あの女、今回やけに熱心だったからな。どうも臭せぇ。……ルパンがK国入りするのは危険だと、あの女だって知っているだろうに」
不二子を「あの女」呼ばわりしている時の次元の機嫌は、あまりよろしくない。
手荒に煙草に火をつけると、彼は胸の奥まで吸い込んだ。紫煙は、猛スピードで走る車の窓から、瞬く間に流れ去っていった。

結局……
次元と五右エ門は、いつものようにルパンたちを追ってK国へ向けて車を走らせているのであった。
あれだけ二人が理をもって反対したというのに、ルパンはそれを聞き入れるどころか、ムキになって即座にK国へと飛び立った。
ルパンの腕前を疑ったことなど、ただの一度もなかったが、あまりにも「危険」と「利益」がつりあわない。しかも今回はあの不二子から持ちかけられたヤマである。
危険だ、と思わざるを得ない。

それで断固たる反対したのだが、そんな二人の態度が、かえってルパンの誇りと好奇心を刺激してしまったようだ。
危険であればあるほど、ルパンは燃える。挑戦せずにはいられない。
(やっかいなヤツだよ……)
次元はルパンに対して、数え切れないほど思ったことを、今回もまたそっと呟いていた。
世話のやける、やっかいなヤツ。
何度そう思い、愛想をつかしかけたことだろう。
だが、二人には不思議とルパンを放っておくことはできないのであった。

流れる外の景色を見るともなく見ていた五右エ門が、ふと次元のほうへ顔を向けた。
「ヨシ。俺は今回、不二子が裏切っていない方に賭けるとする」
「あ?!」
「これで、賭け成立ってわけだな」
「オイ、どういう気まぐれだ? いいのかい、五右エ門よ。俺はモチロンかまわねぇんだが……」
「ああ」
涼しげな顔をして頷く五右エ門を、次元はただあきれたように、そして少し不思議そうに眺めやった。
「何か、根拠でもあるのか?」
「イヤ。ないな」
五右エ門が、腹に一物を隠しているとはとても思えない。いつもの通り、不器用なまでに真っ直ぐな瞳をしている。

その五右エ門が、珍しく悪戯っぽく笑った。
「俺もルパンを見習ってみたくなったのさ。たまには、危険な方に賭けるのも面白かろう」

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