勝つのはどっちだ (中)

二人は、どうにか無事にK国入りを果たした。
念入りに変装し、最も精巧に出来た偽造パスポートを使う。
検問はかなり厳しいものであったが、それまでもっと念入りなものですら突破してきた彼らである。今回は彼ら自身が探されているわけではないのだ。その分、気が楽だというものである。
慣れた様子で身分を偽り、国境を守る兵士にわずかな不審の念をも抱かせず、通過した。

「当分、この民族衣装は脱がない方がいいぜ、五右エ門。オヌシは特に目立つからな」
「わかっておる。斬鉄剣を隠すのにも便利だからな。……だがこの服、やけにズルズルとしていて、どうも動きにくいものだな」
不本意そうに、己の姿を検分している五右エ門を横目で見つつ、
(普段五右エ門が着ている着物や袴だって、十二分に動きにくそうなんだがな……)
次元はこっそりとそう考える。その辺はやはり慣れというものなのだろう。

国境の町を通過した二人は、ひたすら首都のK市へと車を進めた。


K国の首都・王宮のあるK市周辺は、想像していたよりもずっとざわついていた。
不穏な気配を押し隠しつつ、かろうじて「日常」を演じている。雑踏の中には、そんな雰囲気であった。
暑く乾いた空気が、いっそう気配を殺伐としたものに感じさせる。
仕事からあぶれ、昼間から広場で屯する人間のあまりの多さに驚かされる。不思議と、子供の姿は少ない。
何かきっかけ一つあれば、街中がいつでも暴発しかねない。そんな得体の知れぬエネルギーが満ち溢れ、人々の目は、ぎらついているようにも見える。
が、人々は威嚇的に銃を持って歩き回る兵士たちの姿を見かけると、一様にその瞳を伏せ、足早に歩き去っていくのだった……


K市中心部へ入っていく車は多いが、奇妙なことに出てくる方は1台もない。
検問を受ける順番を待ちながら、次元と五右エ門は目を見交わした。
「ルパン……のせいか」
「そうかもしれねぇな」

やがて彼らの順番となり、次元はニセのパスポートを見せながら兵士の一人に話しかけた。
その声は、いつもの次元とはまるで違った、明るく朴訥そうな響きを帯びていた。
「ずいぶん市外へ出る方は混雑しているみたいですが、何かあったんですかい?」
強面の兵士は、次元をジロリと睨みつける。が、彼の口は見かけほどは重くはなかった。
「泥棒が逃走しているんだ。捕まるまで、誰も市内から出られん。お前らも覚悟して入れ」
そして兵士はさらに詳細にパスポートを調べ、本人と写真を見比べたりしていたが、「通れ」とぶっきらぼうに通行を許可した。

市内に入ると、一層兵士の数が多いように思われた。
街のあちらこちらで、すでに噂になっている。
王宮から、ダイヤが……『カルラの聖石』が盗まれたらしい、と。

「ルパンのヤツ、もうやりやがったらしいな。それにしても、この警戒ぶりじゃしばらく市内に潜伏するしか、ねぇだろうな。いくらアイツでも……」
「では、あそこか」
「ああ。あのアジト以外、考えられねぇ」
次元は、クラクションと埃と怒号が渦巻き混雑しきった主要道路をはずれ、路地の入り組んだ裏道へと、巧みに車を滑り込ませていった。


◆ ◆ ◆


「あーあ、案の定、随分荒れていやがるな」
K国にある唯一のアジトのドアを開けると、次元はウンザリしたように肩をすくめた。
古びたマンションの一室。静かなことだけが取柄のその部屋は、長い間、主であるルパンたちが訪れなかったことを如実に物語っていた。
部屋の隅にはクモの巣が張り、少し動いただけでもホコリが舞い散る。最近、マンションの前の通りで暴動でもあったのか、窓ガラスの一枚が割られていた。

「だが……ルパンたちはもうここへ来たらしいぞ」
「ああ」
テーブルの周囲だけが、ほんのわずかに綺麗になっている。灰皿には、まだ新しいジタンの吸殻がたまっていた。
そして、王宮の詳細な見取り図と、警備状況を具体的に記した紙が無造作に置かれている。
見取り図には、「カルラの聖石」の置いてあると思しき2階の奥まった部屋に、赤い丸印がついていた。これに基づいて、ルパンは見事ダイヤを盗み出したのだろう。

それにしても、見取り図といい、警備についてといい、いずれもかなり詳しい情報であった。
不二子が調べてきたのだろうが、これほどの情報をどこから仕入れてきたのであろうか。
「あの女、やっぱりどうもにおう。賭けは……どうも俺の勝ち。そんな気配がしているな、五右エ門」
「……」
五右エ門は黙ってその場から離れ、寝室として使う隣の部屋へと向かった。
「ルパン、いるのか?」
そっと、五右エ門はドアを開ける。後ろには次元が続いた。カーテンがすべて閉ざされ、室内はかなり薄暗い。
「……!」
ベッドに、誰かが横たわっていた。
「ルパンか?!」

二人は、慌ててベッドまで駆け寄った。安らかな寝息が聞こえている。
次元と五右エ門は、そこにルパンの寝顔を見出した。
「呑気に、眠りこけてるぜ。ルパンのヤツ。……おい、ルパン! 起きろ」
後半のルパンへの呼び声は、かなり大きかったのにも関わらず、相変わらずベッドからは規則正しい寝息が聞こえるばかりである。

「次元、ルパンの様子がおかしいぞ」
「ああ。あの女、クスリをかがせやがったな。クソ!……おい、大丈夫か、ルパン!」
そう呼びかけながら、次元は安らかに眠り続ける相棒の頬を軽く叩いた。
「ち、ダメか。まあ、いずれ今は動けないわけだし、寝せておくか」
だが、そう言う次元の表情には、かすかに安堵の色が浮かんでいた。

結局、ルパンがこんなところでクスリをかがされ、一人で寝ていること自体、不二子の何らかの裏切りあったに違いないのだ。
どうせ宝石は、持ち逃げされたのだろう。
しかし、一応安全なアジトにルパンを放置していっただけでも、不二子のやり方にしてはマシな方だ、と次元は皮肉な調子で考える。
彼は内心、不二子がK国一のお尋ね者のルパンを売り渡し、高価な報酬を得ようとでも企んでいるのかと思っていたのだった。

「やっぱり俺の勝ちだったな。悪く思うなよ」
次元はニヤニヤと笑いながら、五右エ門の方に手を出した。
ルパンがこうして無事に生きていた上に、賭けにも勝った。次元は満足げに頬を緩めている。
仕方なく、五右エ門は懐に手を入れ、財布を取り出す。
そんなやり取りをしつつ、二人は、ルパンを寝かせたまま暗い部屋を出ようとした。
その時。
「う……うん」

ベッドから聞こえてきたうめき声に、二人はピタリと足を止める。
思わず、彼らは無言で顔を見合わせた。
そして同時に、彼らは再びベッドへと駆け寄らざるを得なかった。



それからまもなく。
黄昏時のK市内。王宮に程近い、堅牢な壁を巡らせた、際立って豪華な屋敷の物陰に、三人は立っていた。
その屋敷の周囲は、かなりの数の警備兵が物々しく武装して取り囲んでいる。

そこは、K国の軍人の頂点に立つ、サイード将軍の住居であった。
隣国A国移民でありながら、時流に乗ってK国軍隊の頂点まで登りつめた大物である。クーデターを企てているという、暗い噂も絶えない。国王に次ぐ、いや、もしかしたら国王すらしのぐ、K国の実力者……。
警備に当たっている兵士は、視界の隅……茂った木陰に、何やら動くものを見たような気がした。
装備している小型マシンガンを、無意識のうちにそちらへ向ける。
「誰だ?」
その誰何の声は、しかし、決して放たれることはなかった。

一陣の風。警備兵がそれを感じた時には、彼の意識はすでに暗かった。
文字通り、目にも止まらぬ迅業。
五右エ門は、神業のような飛躍をすると同時に、兵士の懐へ飛び込み、正確な一撃を見舞っていた。

自分に何が起こったのかも理解せぬまま、兵士はグッタリと、その身を五右エ門に傾けてくる。
物陰から、次元がおどけたように手を叩きながら出てきた。
「オミゴト」
「これで三人分手に入った。……それにしても、少しは手伝っても良かろうに、次元」
「最近、お前さんが運動不足だろうと思って、気を利かせたってわけサ」
兵士から民族衣装じみた軍服を奪うと、縛り上げて木陰へ隠す。
「さて。入るとするか、お二人さん」
次元は、ヒラヒラとしたK国風のターバンを巻きながら、そう言った。

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