The Last Shot (前)

ルパンの足どりを見失ってから、数日になる。
この街に入ったところまでは、確認できている。
だが、それ以降のルパンの足取りは、ふつりと途絶えた。

そのせいで、銭形はここ数日陰鬱な気分を抱えたままであった。
追うべき相手の姿が見えないこと――これは彼にとって何よりも辛い。
こんな具合にルパンの行方を見失うことにも慣れてはいたが、今回はかなり接近したとの手ごたえがあっただけに苛立ちが募った。
気ばかりが急いている。
急がなくては。こんなところでぐすぐすしている時間などないはずなのに。
信号待ちの時間さえもがもどかしい。
だが、実際のところ、どこへ向けて走っていけばいいのかわからない。
だから余計に、焦りを感じる。
まさに悪循環である。

銭形は、なかなか青にならぬ信号を待つ間、せっかちそうにハンドルを指先で叩きながら、渋面を作って前方を見るともなく見つめていた。
真夜中を過ぎたというのに、まだ人通りも多く、車の流れも途切れない。
昼間とは違った種類のざわめきと眩さが街を覆っている。
(絶対ここにいるはずなんだ――ルパン)

内なる思いに頭を占領させてはいても、感覚だけは研ぎ澄まされている。
ようやく正面の信号が青になったことに気付いたが、それよりも、その時わずかに視野を掠めた男の影が、銭形を強く引きつけた。
(ルパン!)
その男は、ルパンであった。間違いない。
どれほど一瞬の出来事であっても、銭形がルパンを見逃すことだけはありえない。己の感覚を疑ったことはない。
途端に、銭形の全身に生気が漲る。もはや先ほどまでの憂鬱さなど、影ほどもない。
我知らず豪快な笑みを浮かべていた。
「見つけたぞ、ルパン!」

狭い路地から走り出てくると、ルパンは路上駐車していた車に飛び乗った。運転席から車の持ち主らしき男を放り出すと、ものすごい勢いでエンジンを吹かせ、曲芸並みのUターンを披露する。
向かいの車線にいる銭形に気付くこともなく、ルパンは猛スピードで車を走らせて行った。
「おのれルパン、いい度胸だ! 俺の前で車輌窃盗の現行犯とは」
そう高らかに叫ぶと、宿敵の後を追うべく銭形自らも交通ルールを無視して強引に車をUターンさせた。クラクションと罵声が飛ぶが、気にも留めない。
ルパンは、数々の車の間を軽やかにすり抜け、追い越し、さらにスピードを上げていく。
相変わらず無謀な、それでいて恐ろしいほど確実な運転テクニックである。
が、銭形も当然遅れはとらない。
力を込めてハンドルを握り締め、ひたすらルパンだけを睨み据え、猛然とアクセルを踏んだ。
車は、次第に街中を過ぎ、郊外へと向かって行った。


その時、銭形は彼の背後にいるもう一台の黒い車に気付いた。
先ほどからずっと、つかず離れずの距離を保っている。
ルパンと銭形の走り続ける速度を考えれば、偶然ではなさそうである。
バックミラーでその黒い車を窺ったが、運転席にいるのが一人の男であることくらいしか見て取れない。
そんなわずかな隙に、ルパンはますます加速し、銭形との距離を引き離していた。
道路が直線に入ったのである。
「くそッ、逃すか」
銭形は懐からコルト・ガバメントを取り出した。その硬質な手ごたえを確認する間もなく、無謀にも、開け放った窓から身を乗り出す。
ルパンの乗った車のタイヤに狙いを定める。
幸い対向車もない、一本道である。
息をつめて、銭形は撃った。
一発目は外れたが、二発目は右後部のタイヤを撃ち抜いた。
ルパンを乗せた車は、タイヤから火花を散らし、くるくると回る。軋むような音が耳を打つ。
道路の端まで、すべるように回転していった。
ガードレールに激突する一歩手前で、それはようやく動きを止めた。

◆ ◆ ◆

「ちっくしょう……。とっつあんたら無茶しやがるぜ」
頭をふって、どこも痛めていないことを確かめたルパンは、素早く車のドアを開け放った。
道路から離れ、身を隠すところを探した。
こんなところで捕まるわけにはいかない。銭形にも、そして――

まさか銭形の銃弾が命中するとは思っていなかった。彼を見くびっているわけではないのだが、射撃よりもむしろ彼の生け捕り術の方が脅威だったはずだ。
しかし今日の銭形は、銃の調子も良さそうである。
「ただでさえ厄介な時に、めんどくせぇのが現れちまったなぁ」
足音を忍ばせて走りながらも、ルパンは思わず口の中でぼやかずにはいられない。
今のルパンには、銭形の相手までしている余裕はなかったのである。

ここ数日、ずっと何も口にしていないせいで、飢えと乾きはピークに達している。
辛うじてワルサーP38だけを奪い返すことは出来たが、それ以外はすべての武器も仕掛けも失ってしまった。
気力充分の銭形と、たちの悪い殺し屋を、同時に相手にすることは避けたいというのが、ルパンの正直な心境であった。
何とか、追ってくる二人を撒くか、せめて態勢を整える時間が欲しい。
その時、ルパンの前方に、童話の世界のようなシルエットが見えてきた。
遊園地である。
すでに営業時間は終わり、しんと静まり返っているが、各所に常夜灯が灯り、中世ヨーロッパ風の建物の数々、そして色とりどりのアトラクションが闇の中に浮かび上がっている。
ひと気のない遊園地は、不思議なほど物寂しく、リリカルな風情を漂わせている。

ルパンは迷わず、塀を乗り越え、遊園地の中へ入って行った。
車を失った今、このままただうろうろしていても、いずれ追いつかれてしまうことは間違いない。
ならば、身を隠すところに事欠かない場所で、何とかケリをつけてしまおうと決めたのである。
壁際に身を寄せ、ホルスターからワルサーP38を抜くと、ルパンは大きく息を吐いた。

◆ ◆ ◆

ルパン三世を亡き者にするのは、今をおいて他にない。
ジャスティンは、傷だらけの顔を不吉にゆがめた。彼は笑っていたのである。
(だからとっとと殺っちまえば良かったんだ)
低く独りごちる。
荒々しく車のドアを閉めると、彼はゆっくりと遊園地に歩を向けた。
ルパンはここにもぐりこんだに違いない。こうした場所で相手を幻惑することを好むコソ泥野郎だからな、と殺し屋は呟いた。

彼の所属するシンジケート本部に、ルパンがとある宝石を盗みに入ったのは数日前のことである。
結果から云えば、シンジケートは長年目の上の瘤のように忌々しく思ってたルパン三世を捕えることに成功し――そして逃げられてしまったのであった。
組織内部でルパンを殺すかどうかでもめたせいでもある。
ルパンが今まで組織から奪取した財宝の数々のありかを、殺す前に吐かせるべきだと主張するものが多かったのだ。
そんな猶予は与えるべきではなかった、というのが、ジャスティンの考えである。
財宝などは、とりあえずルパンを始末してから、彼の相棒どもから聞き出せば済んだことなのに、と。

結局、あらゆる仕掛けをはぎ取られたにもかかわらず、ルパンは堂々と脱出してのけた。
一筋縄ではいかない男だということは認めてやってもいい。
だが、彼の悪運もここまでである。
ルパンは今、丸腰に近い状態なのだ。替え弾すらない銃の一丁など、持っていたところでジャスティンにとって恐るるに足らない。
さらには数日間飲まず食わずで、しかも殆ど眠っていないとなれば、体力も限界に近いはずだ。
まさに、いまが絶好の機会なのだ。
不死身だとすら噂される、あのルパン三世の息の根を止めるのは、自分だ。
ジャスティンはそう考え、昂ぶる気持ちを抑えきれずに身震いした。
一歩一歩踏みしめるように歩きながら、ルパンの気配を窺い続けた。

「ルパーン! 隠れても無駄だぞ! 大人しくお縄につけぃ」
張りつめた静寂を破る怒鳴り声が聞こえてきた。
先ほどルパンの車を追っていた人間だろう。拳銃も所持しており、あれだけの距離がありながら、走る車のタイヤに命中させたということは結構な腕前でもあるらしい。
(刑事か)
憎々しげに舌打ちする。
だが、警察の人間の一人や二人いたところで、遠慮している場合ではない。
今なら、というよりも、今しかないのである。神出鬼没のルパン三世を倒す機会は。

邪魔をされる前に、いっそのこと、刑事もろとも消してしまおうと、ジャスティンは獰猛に考えた。
組織には、この街の警察幹部と「親しい」人間がいる。刑事一人の「失踪」事件くらい、後からいくらでも取り繕うことが出来る。
巨大な拳銃を腰から引き抜き、遊園地の幻想的な淡い光の中を、彼は獲物を求めて走り出した。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送