Masquerade 1

甲高い女の笑い声。お追従のにやけた笑み。
グラスの触れ合う澄んだ音。豪華な衣装の衣擦れ。わざとらしい囁きとため息。シャンデリアの輝き。
むせ返るようなコロンと、上質な酒の香りが混ざり合う……

金持ちのパーティはいつもこうだ。
大勢の人間の放つ熱気に包まれながら、その男は冷静な視線で周囲を見回していた。
(くだらねぇ)
正直な感想だった。
仕事柄、こういう場に来ることも多いのだが、楽しいと思ったことはほとんどない。むしろ馬鹿馬鹿しいという思いは募るばかりだ。
今日のこのパーティだとて、本心から主催者の誕生日を祝う気持ちのあるヤツが、何人いる? 皆、自分の欲得を考えて参加しているに過ぎない。

今日のパーティの主催者・ステファーノは、シチリア島どころかイタリア全土に名高い資産家である。
表向きは、幅広い事業によって1代でのし上がった立志伝中の人物ということになっているが、裏の世界では知らぬもののいないイタリアマフィアの大幹部である。

(60にもなって何が誕生パーティーだ。しかもこんなバカらしい……)
その男は内心毒づいた。
自分がこんな格好をしなくてはならないのも、ステファーノのつまらぬ思いつきのせいだ。いい年ししやがって、こんなことが楽しいのか。
こんなありふれた趣向を、さも独創的な思い付きだと悦にいっているような、ステファーノの満足そうな笑顔も、その男の気に触っていた。

ステファーノは、肥満した体を金と青の豪華な衣装に包んでいた。
世界的に有名なデザイナーに作らせたという、中世風のきらびやかな衣装だった。全体に細やかな刺繍が施された胴衣。獅子を描いたマント。頭にはやけにでかい冠がのっかっている。
どうやら中世シチリア王国の支配者ルッジェーロ1世のつもりらしい。
フランス・ノルマンディーの片田舎から出て来て、瞬く間にシチリアの支配者になったルッジェーロに自分を重ねているのだろう。ステファーノも元はどこか田舎町のチンピラに過ぎなかったとも聞く。
そして、顔の上半分を覆い隠す、衣装に合わせた青と金のマスク。

参加者全員が趣向を凝らした仮装をし、しかもご丁寧にマスクをつけている。
この集まりは仮装パーティ、そして仮面舞踏会でもあるのだった。
(面倒なことしてくれるぜ、まったく。だから金持ちってヤツは……)
その男のぼやきなど、誰一人気にとめるものもなく、パーティは和やかに、華やかに続いていく。
(しかし、これもすべて任務のためだ)
男は一人、気を引き締めるのだった。


◆ ◆ ◆


「ねえ、ステファーノ。あの噂って、本当なのォ?」
妙に色っぽい唇の女が、甘えた声で訊いた。ロココ調のブルーのドレスが白い肌を引き立てている。マスクと相まってお忍びのマリー・アントワネットを気取っているようだ。随分安っぽい雰囲気の王妃だったが。
ステファーノの愛人の1人らしい。
ステファーノはロココ女の腰に手を回しながら、
「何のことだ?」
と、とぼけた。
周囲の視線が二人に集まる。
それを見計らったかのように、女は口を開いた。
「ルパン三世のことよ。ル・パ・ン!」
ざわめきが広がった。皆、彼らの話に注目していた。女は満足げに微笑み、ステファーノにしなだれかかりながらさらに言った。
「ルパン三世が、あなたの『アデラシアの星』を狙っているって言う噂よ」
あちらこちらから、驚きの声があがる。

「アデラシアの星」とは、かのルッジェーロ1世の愛妻・アデラシアが所有していたという、巨大なスター・サファイアである。
それが、かの名高き怪盗・ルパン三世が狙っているという。
客達は興味津々といった様子で、ひそひそと囁き交わしたり、ステファーノの話の続きを聞きたがったりした。

「まあまあ、待ちなさい、ロッテ」
ステファーノはもったいぶった様子でロココ女を制した。
「確かにルパン三世と名乗る人間から、予告状が届いたことは事実だ」
おおっというどよめきが起こる。それと同時に予告状を見せて欲しいという声もあちらこちらから飛ぶ。
みんな、いつも退屈している人種なのだ。
心配そうな様子を装いつつも、人に降りかかったトラブルを楽しんでいる。
ロッテと呼ばれたロココ女も、甘えた声で予告状を見せろとせがむ。
ステファーノは「仕方ないな」と笑いながら、彼の後ろの方ににひっそりと控えていた女性に視線を向けた。
すらりとした長身の、黒髪の美女である。ステファーノは、穏やかに彼女に声をかけた。
「ルチア、ここにアレを持ってきてくれないか」
「でも、お父様」
「いいから」
ステファーノの末娘・ルチアは、あまり気が進まない様子で部屋から出て行った。ルパンから届いた予告状を取りに行ったのだろう。

ルチアはステファーノの3番目の妻の娘であり、数多いステファーノの子供たちの中でもずば抜けた美貌の持ち主だ。まだ嫁いでいない唯一の娘ルチアを、ステファーノは溺愛していると評判だった。
今日も、ただ1人だけステファーノの趣向に従わずに、ごく普通のイブニングドレスをまとい、マスクもつけていない。それを許されるのは愛娘であるルチアくらいのものだろう。

ルチアが戻ってくると、周囲の視線はいっせいに彼女に集まった。
相変わらずルチアは気が重い様子だったが、大人しく父にカードを渡した。
「これが、その予告状です」
ステファーノは、おもむろにカードを人々に向け、ゆっくりとみんなに見えるように動かした。

「どれどれ! ちょっと拝見!」
「それを見せてください!」
そう言って2人の男が前に飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。

怪傑ゾロのような黒い衣装にマントを身につけ、マスクも黒で統一した男。
もう1人は、中世ヨーロッパのいかつい鎧で全身を固め、鉄仮面で顔を覆った男。
2人は、お互いに顔を見合わせると、気まずさを紛らわすようにハハハと笑って見せた。
が、再び同時に、
「拝見します!」
両者一歩も退かずに予告状に飛びついた。
周囲も、あっけにとられて、2人の男たちを見つめていた。

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