Masquerade 2

さりげないが、かなり激しい奪い合いの末、まずルパン三世の予告状を奪い取ったのは、ゾロ風の衣装を身につけた男だった。
鉄仮面の男の表情はまったく窺い知れないが、苛立っている様子がありありとわかる。ゾロの奪い取った予告状を必死に首を伸ばして覗き込む。
ゾロの男は、そんなことはおかまいなしに予告状に見つめている。
周囲の大勢の視線も、彼に集まる。
ゾロは予告状を読み上げた。
「なになに……『貴殿所有のスター・サファイア‘アデラシアの星’を、誕生パーティの夜いただきに参上します。ルパン三世』……か」

客達のあちこちから、ざわめきが起きる。
ステファーノは相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべて、それらすべての様子を見守っていた。

ゾロの男は満足げに、予告状を鉄仮面にゆずり渡した。
いかにもせっかちな様子でそれを受け取った鉄仮面は、黙って予告状に見入った。

客の1人から声があがった。
「警察には、届けたんですの?」
ステファーノは、さもおかしなことを訊かれたとばかりに、鷹揚に笑って見せた。
「警察なんぞ、役に立った試しがありましたかな? 特にルパン三世相手ではね。まあ、心配はご無用。この屋敷には最新の警備装置が備え付けられている。そして、屈強のボディガードも大勢いる……」

パレルモの高級住宅地の中でも、際立って豪華で広大なステファーノの屋敷。
確かに彼が言う通り、この屋敷は厳重な警備が幾重にも敷かれている。
高い塀には高圧電流。庭に張り巡らされた赤外線センサー。いっさいの死角もなく警備カメラの目が光る。
屋敷の屋上には空からの侵入にも備え、殺気だった「ボディガード」が厳重に警戒する。ボディガードというよりは、ステファーノの「私兵」とでもいうべき、訓練されたきわめて物騒な男達だ。

もちろん、通常の出入り口にも、全身武器庫のような「ボディガード」が詰めている。
今日のパーティ会場である大広間に入るまでの間、どんな招待客であれ2度のボディチェックを受けている。かなり丁重ではあったが有無を言わせぬ調子で。些細な武器すら持ち込ませない意気込みが感じられた。
常日頃から、これだけ厳重に警戒していること自体、ステファーノの後ろ暗さを物語っているようでもあるのだが……

「そうですわよね、ここのお屋敷なら誰も入りこめはしませんよね」
「そうですなぁ」
客達は、ステファーノにおもねるように頷きあった。
そんな雰囲気を、ゾロの男の一言がぶち壊した。
「確かに誰も入り込めないでしょうな……ルパン三世を除いては」
「まあ」
あちこちから非難がましいような、それでいて興味深そうな声があがる。
ゾロはまったくお構いなしに、ステファーノだけをじっと見つめ、穏やかに告げた。
「ヤツを、甘く見ないほうがよろしいですよ」
「ご忠告、感謝しますよ、怪傑ゾロ殿」
ゾロとステファーノの間に、一瞬奇妙な雰囲気が流れた。
その時だった。

「ニセの予告状ってこともある」
鉄仮面の男が、呟いた。くぐもってかなり聞き取りにくいものの、確かにそう言ったようだ。
ステファーノは、鉄仮面を見やった。その眼光は厳しかった。

鉄仮面は続けた。
「ルパン三世の予告状に、あまり共通点はない。文面も、使用するカードも、文字も。その時々でばらばらだ。やけに文学青年を気取った取り澄ました予告状の ときもあれば、そっけないほど簡潔に用件だけを書いてくるときもある。くだけた話口調で書きなぐっているときもあれば、皮肉たっぷりのユーモアを含んだ文 面のときもある」
「随分、お詳しいですな。……ということは、誰でもルパンの名を語りやすい。この予告状が本物だという証拠はない。こうおっしゃりたいのですかな?」
鉄仮面はゆっくりと頷き、予告状をステファーノに返した。
「あなたは……」
ステファーノがそう言い掛けた時。
「お父様、『アデラシアの星』はどこにあるんですの? もちろん安全な場所なんでしょうね?」
今までずっと父の後ろで黙っていたルチアが、口を開いた。

「そうよそうよ〜! その『星』はどこにあるのぉ?」
マリー・アントワネットもどきのロッテが、急に思い出したかのように騒ぎ立てた。
客達もそれに同調した。
ステファーノは客達の反応を十分に楽しんだ後、ゆっくりとした動作で、側に控えている屈強な男に合図した。
すると、その男は大広間を一旦出て、すぐに戻ってきた。
大きいガラスケースに納められた「アデラシアの星」を乗せた台車を押しながら……
歓声が上がった。

豪華な宝石を見慣れた客達も、本気で歓声をあげるだけのことはあった。
見事なサファイアである。
100カラット以上はあるだろう。深い、気品のある青に輝く「アデラシアの星」。しかもただ大きいだけではない。白い十字架のようにも見える美しい星彩が入っている。希少価値のあるすばらしいサファイアだった。

「どうです、皆さん? パーティの間、ここにこうして『アデラシアの星』を飾っておこうと思います。ルパン三世とやらがこれを盗めるかどうか、試してみようではありませんか」
ステファーノの声が広間中に響き渡った。調子に乗りやすい客の間からは、拍手喝采が沸き起こる。
「お父様!」
ただひとりルチアだけが真剣な面持ちで父を制した。
「そんな危険なことはおやめになってください! ルパン三世を不必要に挑発するようなマネをなさってどうするおつもりなんですの?!」
「大丈夫だよ、ルチア。心配することはない。常にこの宝石台の横には2人、人をつけておく。このガラスはもちろん特殊ガラスで、割ろうと思ったってそうや すやすと割れるものではない。そして何より、大勢の客人たちの目がある。こんな場所では、誰であろうと盗めるはずはないさ。金庫の奥にしまっておくより ずっと安全だ。そうは思わないかね?」
ステファーノは、子供に言いきかせるようにそう言った。
「思いませんわ」
ルチアは暗い顔で呟く。そこへ、ロッテの無邪気さを装った声がした。
「ステファーノがこんなに大丈夫って言ってるのよぉ。ルチアさァん、そんな陰気な顔していちゃ、おかしいわ。こんなに楽しい余興に水をさしたら、白けちゃうじゃないの?」

その瞬間。
思いも寄らぬ激しさで、ルチアはロッテを睨みつけた。
一見大人しく物静かに見えるルチア。だが、その内面には、外からでは窺い知れぬほど強い感情を隠し持った女性のようだ。大きく切れ上がった黒い瞳がきらめき、ロッテを強く見据える。
(お黙り、卑しい女め。私に意見をするつもり?)
ルチアの瞳は、父の愛人に対して明白にそう語っていた。
その時ほんの一瞬だけ見せた憎しみは、無神経そうなロッテをすら思わず沈黙させた。
ルチアもすぐにロッテから目をそらした。そして父にそれ以上反対しても無駄だと思ったのか、もう何も言わなくなった。
「心配することはない、ルチア。そして皆さんもだ! これは余興だよ、余興。ただの遊びなんだ。……まあ、仮に盗まれたとしたって、宝石のひとつやふたつ、どうということもあるまいさ。皆さんに楽しんでもらえればよい」
 太っ腹な様子を見せたステファーノに、周囲からは、賞賛と媚びを含んだ拍手がおくられた。満足そうに笑って、ステファーノはそれを受けた。
「さあ、皆さん。夜はこれからです。思いきり楽しもうではありませんか」

華やかに音楽が奏でられた。人々は心赴くままに、飲み、食べ、踊り、あるいはおしゃべりに興じていた。
だが、相変わらず、ルチアの顔だけは暗かった。
大広間の片隅に置かれた宝石台の方を、心配そうに幾度も見つめている。
そして、彼女はそっと鉄仮面の男に近づいた。
一言、二言言葉を交わす。そしてすぐにルチアは鉄仮面のもとを去った。
そんな様子を、ただひとりゾロ風の男だけが見つめていた。

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