ピンクダイヤは笑う (前)

空が白み出した頃になって、ようやくルパンは大きなあくびをし始めた。この時間になってやっと眠くなってきたと見える。
夜が深まるにつれて、いつも次第に元気にはしゃぐようになる相棒を眺めつつ、次元は内心、つくづくコイツは泥棒になるために生まれてきた男なんだな、といつも思う。
仕事をまるでしていない時でも、何か特別用事でもない限り、ルパンは常に日が昇る頃にベッドへ入り、昼過ぎにさも嫌そうにしぶしぶと起きて来て、そして夜になるとようやく本調子になってくる、といったサイクルで生活を送っている。
骨の髄まで夜の住人なのである。
あくびをしつつもまだ楽しそうに喋り続けているルパンを見つめながら、そんなことを考えている当の次元自身も、勿論、相棒と同じ種類の人間なのであるが。

ソファにだらしなく座っている次元も、ついつられてあくびを漏らした。
部屋の中は、二人が夜を通して吸った煙草のせいでうっすらと白い靄がかかっている。
半分以上溶けてしまった氷が、グラスの中で気だるげに鳴った。底の方に残るウィスキーを一気に飲み干すと、ルパンの言葉を遮り、言った。
「おい、俺はもうそろそろ寝るぜ」
新しい煙草の封を開け、火をつけたばかりのルパンは、不満そうな視線を次元に向けた。
「何だよ、次元。ヒトの話の途中でよォ」
「途中も何も、終わりなんかねぇだろうが。……お前が女の話をし始めると、長すぎていけねぇや。もう飽きたぜ」

どうした気まぐれか、ルパンはごく稀に、自分の今付き合っている女の話をする時がある。最近は、どうもジェニファーという女に入れあげているらしい。
が、それもどこまで本気なのか、次元にすら見当もつかない。
というよりも、次元には、ルパンがどんな女に熱烈に惚れていようが、大して興味がないというのが正直なところだったのかもしれない。いずれルパンの気持ちが長続きするわけもない。
……相手が、峰不二子以外では。

「ま〜ア、自分が女に縁がないからって、僻んじゃってぇ」
からかうように言いながらルパンは次元のグラスに氷を足すと、ウィスキーを注ぐ。そして有無を言わさぬ様子で、次元の前にグラスを置きなおした。半ば腰を上げかけていた次元だったが、仕方なく再びソファに深く身をゆだねた。
「ケッ。誰が僻むかってんだ、馬鹿馬鹿しい。……で? 何だよ。ジェニファーちゃんだのヴィヴィアンちゃんだの、もう全部聞いたぜ」
「今度は、お前も気に入る話さ」
そう言ってルパンはニヤッと笑った。

「仕事か」
次元は思わず身を乗り出す。その声も、ルパンの話に適当に相槌をうっていたさっきまでとはうって変わって、明るくなっていた。その様子に、ルパンも満足げに大きく頷いた。
「そ。前から狙っていた、例の宝石店だ」

ここイギリス西南部で最も大きく、そして由緒あるとされているファーネス宝石店である。
だが表の顔からはうかがい知れないが、実際は宝石の密輸・密売などにも手を染めており、裏の組織との繋がりも深く、莫大な利益を貪っているとその筋では評判の店である。
その店に、近々大量の宝石類が入ってくるとの情報をつかんだのだ。
次元が数日前に調べてきていた店の詳細な見取り図、そして警備状況、地下金庫の鍵に関するデータなど、ルパンはすでに頭に入れてあったらしい。
ルパンは、今回の盗みのプランを話して聞かせた。
それほど目新しい警備体制というほどでもない。店を守っている警備員たちを刺激しないように注意しつつ入り込み、脱出方法を確保しておけば成功するだろう。ルパンほどの泥棒にとっては、特に難しいヤマではない。
だが、女とただ遊びまわっているように見えたこの数日間の間に、いつデータを読み、そして計画を練っていたのか。あまりないことだが、次元がルパンを見直すのはこんな時である。

「決行は3日後。いいな、次元?」
「オーケイ」
特に緊張感などあるわけではないが、やはり仕事の話をする時のルパンの表情は、女の話をしている時よりも数段引き締まり、楽しげでもある。
(やっぱりコイツは泥棒なんだな)
次元は再び同じようなことを、こっそりと独りごちた。



計画の打ち合わせも一通り終った頃、ふと、思い出したようにルパンは呟いた。
「そういやぁ、不二子ちゃんが仲間に入れろってうるさかったよなぁ。このヤマ」
「冗談じゃねぇぜ。特にあの女の情報網も必要ねぇし、二人で充分できる仕事だ。何だってあんな危なっかしい女を仲間にしなきゃいけねぇんだよ」
ルパンは短くなった煙草をもみ消すと、再び大あくびをした。
「だからさぁ。次元がそうやってごねっから、今回は適当に不二子を誤魔化して、二人でやることにしたんじゃないのよ」
「当たり前だ」
「それ以来、ぜ〜んぜん連絡くれないんだよねぇ。…不二子ちゃん、どこへ行っちまったんだか」
ソファから立ち上がると大きく伸びをしつつ、ルパンは心配しているのかしていないのか、さっぱりわからない口調で言った。
次元はそれに対して、フンと鼻先で笑った。
「どうせまた何か欲しいモノでも出来りゃ、放っておいても向こうから近付いてくるさ」
「ま、そこが可愛いんだけっどもがな」
そう言って、いかにも気楽そうにルパンも笑っていた。

外はもうすっかり夜が明けきったようだ。カーテンから漏れる光には朝の気配が溢れ、これから眠るものにとってはうるさいほどに小鳥が鳴いている。
「んじゃ、俺は寝るわ。オヤスミィ」
さっきは無理に次元を引き止めておきながら、自分の言いたいことだけ言い終わると、ルパンはさっさと自室に引き上げていく。
そんなことにももう慣れっこになっている次元は、特に気にした様子もなく、適当に頷きながら見送る。

「あ、そうそう」
ドアを開き出て行きかけたルパンが、再び部屋に向き直った。
「次元、次の仕事の分け前なんだけどよ。俺、一番大きいピンクダイヤ、もらうぜ」
「……ああ。好きにしな」
次元には特に欲しい宝石があるわけでもない。分け方はルパンに任せるつもりでいた。突然、ルパンは思いきり顔をニヤつかせると、
「ジェニファーちゃんにプレゼントするんだもんね」
と、呑気な独り言を言いながらゆっくりと部屋を出て行った。
「やれやれ」
相棒に対して何度言ったかわからぬその言葉を、次元は無意識に呟き、そして彼もようやく席を立つと、自分の寝室へと帰って行った。




その後、次元が起きた時すでにアジトにルパンの姿はなかった。どうやらまた女のところへでも行ったらしい。
そのまま2日が経とうとしている今も、戻ってくるどころかルパンからは連絡ひとつなかった。
ルパンがどこへ行くとも言わずに行方をくらますのはいつものこととはいえ、仕事を翌日に控えている今、次元はなんとなく落ち着かない気分で過ごしていた。
(何だかイヤな予感がするぜ)
何の根拠があるわけでもない。
ただ、無性にイラつき、落ち着けない自分がいた。

銃の手入れも、明日の夜決行になる例の仕事で必要な道具や車の準備も整っている。
特に大きな、派手なヤマでもない。ルパンが前日に戻ってこないくらいで、心配する必要などまるでない。
そうは思うのだが、奇妙な焦燥感と苛立ちが募る。

寝るには早すぎ、かといって飲みに行く気分にもなれない。中途半端な暇と、そんな自分自身をもてあました次元は、戯れにダーツの的に矢を投げ込みはじめた。
いつもはスウッと引きつけられているかのように真ん中に突き刺さるはずの投げ矢が、微妙にズレた。
「チッ」
荒々しく、もう一本投げつける。
だが、その投げ矢もまた、中心からほんのわずかにズレたところに突き刺さる。
次元がもう一度舌打ちをしたその時だった。

「どうしたョ、名ガンマン。調子悪いのか?」
「ルパン!」
いつの間に帰っていたのか、ルパンは腕組みしながら、イラつく次元を背後の壁際からいかにも愉快そうに見つめていた。
「なんだ、帰ってたのか」
「たった今な。……ところで次元、例の仕事だが、今日、これから決行するぜ」
次元は驚いて思わず聞き返した。
「今から?!」
「ああ。今から行く。どうもすでに密輸宝石があの店に搬入されたようなんでな」
ルパンは断固たる調子で言い切り、準備を始める。そんな様子を見やりながら、次元はわずかに戸惑いながら問いただした。
「今夜いきなりだなんて、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫、大丈夫。今日でも明日でも変わらねぇって。……ホラ、次元、早くしろっての」
「わかったよ」
こんな風に言い出した時のルパンは、人の意見など聞きはしない。いつものことながら相棒の気まぐれと強引さにあきれ、次元は肩をすくめて見せた。

(……この違和感は何だ。このわけのわからない苛立ちは……)
すべての準備を整え、出発するべく車の助手席に乗り込んだ次元だったが、ルパンがこうして無事戻ってきて、これから仕事へと向かうという時になってもま だ、奇妙な感覚にとらわれていた。急な予定変更も、今までなかったわけでもない。特に不安になる必要もないはずなのだ。
嫌な予感がする、などと言ったところで、ルパンはまったく気にしないだろう。むしろ、意地になって是が非でも今夜行こうとするに違いない。
次元自身も、今己を捕らえている感覚が、先ほどから感じていた「嫌な予感」とはまた少し違うような気もしていた。
……何ともいえぬ違和感。そんな不確かなモノを無性に感じるのである。何に対しての違和感なのか。自分でもよく分からない。言葉で、ルパンが納得できるように説明する自信もなかった。
(ま、なるようになるさ)
そう呟いて煙草に火をつける。
「さーて! 張り切って行くぜぇ!」
助手席の次元の気も知らぬように、ルパンは明るく宣言すると、派手にアクセルを踏んだ。
瞬く間に車は猛スピードを出して疾駆しはじめた。アジトから街中へ繋がる道を、凄まじい勢いで走る。タイヤに大きな悲鳴を上げさせながら、連続したカーブを荒々しく攻めていく。そのたびに次元は左右に振り回される。
「!!……オイ、ルパン! もっと静かに運転しろよ!」
「アレ、そう? 悪りぃ、悪りぃ」
笑って頷いたものの、その運転は、非常に巧みではあるものの荒っぽいままだった。
「どうしたよ、ルパン。警備員の交代時間は、11時30分だ。ソイツらと入れ替わる予定なんだから、まだ1時間以上余裕がある。そんなに急ぐこたぁ、ねえだろうが」
「まあな」
そうはいいつつも、車のスピードは落ちない。隣の運転席を横目で見ていると、特にルパンに急いでいるつもりはないようだった。いたって楽しそうに運転している。
単に、飛ばしたい気分なだけなのか。
それ以上次元は何も口を挟むことなく、相も変わらずかっ飛ばす車の中でただ揺られるに任せていた。

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