ピンクダイヤは笑う (中)

ファーネス宝石店は、いかにも由緒ありげな堂々たる構えの店である。
店は、ショーウィンドウのある1階の広いスペースと、幾代にもわたる上得意客だけが入れるという豪華な2階部分だけであったが、この建物自体は地下1階、地上5階のビルになっている。
一見レンガ造りの古い建物のようだが、実際はなかなかの警備システムを備えている。
今回二人が狙う密輸宝石は、確かな筋の情報によると地下の秘密金庫に入れられており、売りさばかれる時を待つのだという。
 
乗ってきた車を店の近くの安全で人気のない裏道に停めると、ルパンと次元は夜間通用口になっている店の背後に回った。
「何かご用ですか?」
その警備員室に詰めている中年の警備員は、二人が近付くとすぐさまガラス窓越しに声をかけてきた。口調だけは一応丁寧であったが、威嚇するかのような視線を二人に送ってくる。
ルパンはそんなことにまるで頓着しない様子で、ニッコリと笑いながら頭を下げる。いかにも何か用事がありそうな人のいい顔つきをしてみせる。
警備員は見るからに怪訝に思っていそうであったが、一応窓を開けて顔を覗かせた。
次の瞬間、ルパンは自分の口元を押さえつつ、素早くその警備員に即効性の麻酔ガスを吹きかけた。
自分に何が起きたのか分からぬまま、すぐさま警備員は倒れる。上半身だけが見える程度にあけられている受付窓から、彼の体を引き寄せ、腰にぶら下がっている鍵束を奪う。
そして、ルパンは警備室のドアを開けた。

「さて、次元。ココでやっとくこと、終らしてくれや」
ルパンは眠った警備員から奪い取った服を身につけながら命じた。その間、次元は眠った警備員を縛り上げると、部屋の隅の用具入れに放り込む。
「ああ、コッチは俺がやる。……ルパン、すぐにもう一人の警備員が、店内の見回りを終えて戻ってくる時間だ。騒がれる前に眠らせろよ」
「オーケイ、任せろ」
さっそく次元は持参した道具類をいくつか取り出し、店内各処を映し出している監視カメラの映像に細工をし始めた。
ちょうどその時、巡回から戻ってきた警備員を、ルパンはまたしても手際よく眠らせると、はぎ取った服を次元へと放り投げる。

「終ったか、次元?」
「ちょっと待て。……よし、カメラの方はこれでいい」
そうして次元も警備員の服に身を包むと、最後に地下金庫室の鍵を探し出し、ポケットに入れた。
「さすがに、ココに金庫そのものの鍵は置いてないな。まあいい。行こうぜ、ルパン」
「ああ」
彼らは「巡回中」の張り紙を受付窓に貼り付けると、地下金庫室の前の警備についている二人と交代すべく、地下へと向かった。
時刻は、午後11時30分。ちょうど交代の時間であった。



すぐにも帰りたそうにしていた二人の警備員と、事務的な挨拶を交わすと、ルパンと次元は何食わぬ顔をして金庫室の前の警備についた。
特に疑われた様子はない。
今日の勤務を終えた警備員たちの階段を登っていく足音が遠ざかる。
「大丈夫そうだな」
しばらくじっと立って警備員のフリをしていたルパンが、こっそりと囁く。
次元は、ポケットから金庫室の鍵を取り出し、念のため周囲の様子をうかがった後、素早く扉を開けた。

「ルパン、わかっていると思うがな。俺の細工した全部の監視カメラが、何事も起きていない場面を繰り返し映し出せるのは、あと15分ほどだ。その間に片付 けないと、金庫室の前で誰も見張っていない所や、俺たちが金庫室内で『仕事』しているのが、バッチリ映し出されちまうからな。……警備員室は今、カラッポ だがいずれそっちにも交代のヤツらが来る。そうしたらイヤでも怪しまれるからな」
「わかってるって」
「ま、お前なら、こんな金庫、ものの5秒で開けちまうだろうがな」
「……」
二人は金庫室の中にそっと入り込む。
監視カメラがじっと金庫の前を睨み据えているが、実際の映像は警備室へ送られていない。そうは分かっていても、何となく気分は悪いものだ。
「早いトコ、頼むぜ」
次元は、念のためドアの近くに陣取り、何かあった時にはいつでも銃を抜ける態勢をとる。
金庫の前に膝をついたルパンは、中に大量の宝石を納めたそれを、一瞬じっと真剣な眼差しで見つめた。
そして、覚悟を決めたように金庫に手をかける。

しばらく、次元はルパンの方へは何の関心も向けずに、ただドアの外の気配に耳を済ませ、異常事態が起きていないかだけに注意を払っていた。
しかし、ふと気付くともう数分が経過している。
「オイ、ルパン。まだ開かねぇのかよ?」
「もうちょい」
「もうちょいって…お前こそ調子悪いんじゃねぇのか? もっとパッパとやれよ」
「ウルヘェッ! お前は黙って見張ってりゃいいんだよ!」
ルパンは、イライラと声を荒げる。
再び、沈黙の中に金庫を開けようとする音だけが、響いた。

「ルパン……」
「黙ってろって! 口出すな!」
「冗談やっている場合じゃねぇんだぞ。とっとと開けろ。運び出す時間だって必要なんだ」
「クソッ」
次元が、思わず不安に駆られ、ルパンに近付きかけたその時。
「開いたぜぇッ!」
ようやく、ルパンは金庫を開けることに成功した。

金庫の中には、噂通り大量の宝石が所狭しと並べられている。
後から中を覗きこんだ次元すらも、思わず口笛を鳴らすほどの壮観さだ。眩く、さまざまな色合いに光る宝石たちは蠱惑的ですらあった。
「ヘッヘッ。こりゃ、たまらねぇ眺めだな」
「よし、運び出すぜ」
二人は、持参した袋に次々と宝石を入れていく。瞬く間に袋はずっしりとした重量感を備えていく。
「何度やっても飽きねぇな」
「まったくだ」
最後のほうは、大胆にもザラザラと一気に宝石を袋に流し込んでいく。
金庫が空になるころには、二人がようやく何とか担げるくらいに、4つの袋が重くふくらんでいた。
ルパンが金庫の中に何一つ残っていないかを確認すると、二人はふっと笑顔をかわし、無言で部屋を後にした。



「お前たち、何をしている?!」
先ほど入ってきた夜間通用口から出るべく、警備員室を通り抜けようとしていたその時だった。
背後から一人の警備員が近付いてくる。どこかべつな場所を守っていたやつが、何かの理由で持ち場を離れてウロついているところへ、運悪くぶつかってしまったらしい。
すでに彼は銃をこちらに向けていた。
「その荷物は何だ? ゆっくりと下に置いて、手を頭の後ろに組め!」
思わず、ルパンと次元は顔を見合わせた。
「どうする、ルパン?」
ルパンはニヤリと笑って答えた。
「たァまには、こういうのも面白いんじゃないの? 手ェあげてみよっか」
「ケッ。気楽なこと抜かしやがって。お前がグズグスしてるからこんなコトになるんだぜ」
「よ、余計なことを喋るな! 撃つぞ! 黙って言う通りにするんだ」
警備員が訓練通り律儀そうに両手で銃を構えつつ、叫んだ。どうやら彼は新米らしく、同じ警備員の制服を着てはいるものの、侵入者であるらしい二人に対してかなり緊張しているのが伝わってくる。銃を持つ手が震えていた。
それを見て取ったルパンと次元は、わざとのようにゆっくりと、じれったくなるような緩慢さで、担いでいた宝石の詰まった袋を床に下ろす。そして、同じようにじりじりと両手をあげていく。

警備員の視線も、のろのろと上がる二人の手に嫌でも釘付けになる。
その時、ルパンの袖口から、一枚のコインが……ゆっくりと落ちた。軽い金属の音が響く。
ハッと体を硬くして、警備員は思わず一瞬、コインに目をやった。
次の瞬間、次元が懐から素早く取り出した煙玉を投げつけた。
あっという間に、白い煙が視界を覆う。

「待て! 撃つぞ!」
激しく咳き込みながら警備員は数発の発砲をしたものの、何一つ見えない状況では、虚しく壁に弾をめり込ませただけであった。
しかしそれ以前に、すでに二人の姿はもう跡形もなく消え去っていたのだった。

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