人間関係考察(対ルパン編)

ルパンと銭形の関係は、「ルパン三世」の中でも最も重要なポイントであると思ってますが、とにかく銭形のキャラクターが原作と各アニメシリーズではかなり違っているために、統一的に論じるのは私の手にはあまりました。
死ぬほど難航した結果がコレです(笑)。今も自分の考えがまとまりきってません。思いついたら随時加筆するかと思われます。
これは単なる叩き台ということで。
皆様がこの二人の関係について、それぞれのお考えを巡らせるための、ささやかな材料のひとつにでもなれば幸い。

「貴様がアルセーヌ・ルパンの孫でなかったら…」

(旧ル1話「ルパンは燃えているか…?!」より)


銭形の記念すべき最初の台詞。
正確には「ルパン、こんな風に貴様を追い続けて、もう何年になるだろう。血が、宿命が…。貴様がアルセーヌ・ルパンの孫でなかったら、俺が銭形平次の子孫でなかったら」というもの。
重みがあって、なかなか忘れることの出来ない名台詞である(ちょっと長いけど^^)

銭形自身がここで言いかけているように、もしも「アルセーヌ・ルパンの孫でなかったら」「銭形平次の子孫でなかったら」、一体どうだったというのであろうか。
怪盗アルセーヌ・ルパンの孫で彼自身も世界一の大泥棒であるルパン三世と、岡っ引の子孫で警視庁の敏腕警部である銭形。
先祖の職業からして因縁めいた、いかにも宿命のライバルに相応しいお膳立てのされている二人。
それでも、もしもそんな立場で出会ってさえいなければ、まったく違った関係になっていたのだろうか。
銭形の上記独白に続く言葉は、「こんな風に追わずに済んだかもしれないのに」といったような想像だったのだろうか?


多分、銭形もルパンという人間に、魅入られている一人である。
後に述べるが、彼のルパン逮捕への執念は、最早単なる「警察官として」の職業上の義務という域を超えているように見受けられる時もあるし、また、ルパンとは「泥棒と警察官」という立場を超えて通じ合っている部分があるようにも見える。
「カリオストロの城」では、とても息の合った脱出劇を繰り広げるし、時には互いのために一肌脱ぐ時すらある(新ル66、82、98等)。

こんな二人であるから、立場さえ違って出会っていたなら、今のような敵同士でなく、誰よりも近くにいる最大の味方、理解者になったであろうか?
今のルパンにとっての次元との関係のように?

この想像は、個人的にとても魅力的だとは思う。それもいいなとも思う。
銭形自身は、上記のような「…でなかったら」などと想像してみることからして、すでにルパンと何かしら惹きつけられるものを感じていたのかもしれない。
単に仕事上追わねばならない泥棒という存在に、警察官として感じる以上のものを、ルパンに感じていたのかもしれない。

だが私は、銭形は仲間としてルパンの傍にいられないタイプの人間のような気がしている。
そうならないというよりも、そうなって欲しくないというべきか(個人的趣味!笑)
銭形と次元は、ルパンに惹かれているという点では本当によく似ているかもしれないが、彼らの性格・気質が(当然のことながら)違うことから考えても、銭形はやはり次元にはなりえないのではないだろうか。
もしも、銭形が銭形平次の子孫でなく、警察官でもない身の上でルパンと出会っていたとしたら…かなり今とは違った出会いになり、違った関係が築かれるはずではあるが、最終的に銭形は、ルパンのライバルへとなって行くのではないか。

銭形も本来は、己の才覚を頼むところが大きく、自負心もかなり強いはず。
銭形がしばしば言うように、ルパンを捕まえられるのは自分を置いて他にはないと確信している。
あのルパンを相手にしての、これほどまでに強い自信、自負…。
ルパンを人生のすべてを賭けて追い続けるのも、ルパンを自分の手で捕えて、彼の謎を解き明かし(これは原作の銭形の場合)、ルパンという存在を超えるため。
銭形の、ルパンへの惹きつけられ方というのは、そうしたものではないだろうか。
(ルパンを追うことの理由には、当然これだけでなく、正義感や義務感、不思議な充実感、怒り、誇り、いろいろなものが複雑に絡み合っているとは思うが)

ルパンの傍にいられる立場であったとしても、彼を支える役割ではおさまっていられずにいずれルパンを越えたくなり、結局はライバルへとなっていくのではないか。
ある意味誰よりもルパンの才能を知る男・銭形には、常にルパンの最大のライバルでいて欲しいという、私個人の勝手な希望に過ぎないのだけれど(笑)。

それに銭形のルパンへの惹かれ方は、ルパンが仮に「泥棒」という立場を取っ払ったとしても(あるいは銭形が警察官でなかったとしても)、どこか「鼻につく」という部分も含んでいるような気がしてならない。
もちろん、いい意味でも惹かれていると思うし、人間同士として通じ合う部分もあるのだけれど。
鼻について仕方ない、だから気になって仕方ない、みたいな部分があるのではないだろうか。
嫌よ嫌よも好きのうち?(←これは絶対違います。笑)

共闘やある種の共感は出来ても、馴れ合うことの出来ない二人……。

何にしても、銭形の、ルパンに対する気持ちはきわめて複雑で、一言で言えばアンビバレントなものなのである。

「天才」という言葉を惜しみなく送れるのは、お前だけだった

(原作「一宿一殺」より)


銭形の台詞の中でも、かなり好きな台詞の一つ。
銭形は、ルパンの才能を最も知り尽くした人間の一人であることは間違いないと思う。
そして、その才能に敬意を払うことを惜しみはしない。
むしろ、ルパンを追い続けなくてはならない宿敵だからこそ、冷静にルパンの才能・能力・技術などを把握し、評価しているのだろう。
そうでなくては、あのルパンを捕えることはまず不可能だからだ。

この台詞は、ついに銭形がルパンを捕え、いよいよ処刑直前に言われたもの。
(ルパンの方は、しかし一向に周囲の様子に無頓着に見え、処刑間際も夢中でルービックキューブで遊んでいるので切迫感がないのだが^^)
ルパンを処刑台に送るという段になってようやく、銭形はこの言葉を呟くことが出来る。

追い続けている時は、「八つ裂きにしてもあきたらねェほど憎んでいる」と発言しているが(原作新「斬ラー」)、いざルパンが死を迎えるとなると、銭形は憎しみなどとは違う感情を、強く味わうようになるようである。
元々原作銭形の表情は、普段はクールな感じではあるが、いっそう静かな顔つきをしているように見える。
ようやく捕えたという充足感よりも、自分の生き甲斐が終ることへの空虚な気持ちや、ルパンという、稀有な才能の持ち主を惜しむ気持ちの方が、強くなるのかもしれない。
ルパンの死を目前にして初めて、素直に賛辞を送れる、というのは、ライバルならではの皮肉さである。


また銭形は、ルパンを侮ったり見くびるような発言をする人間には、真剣に反論する。
「ルパンを侮ってはなりませんぞ」とか、「ルパンを甘く見ては危険です」などという台詞を、もはや数え切れないほど言っているのはご承知の通りである。

そうした中で、特に旧ル4話の、一向に脱獄をする気配すら見せないルパンについて、「逃げられないですよ」と発言した看守に対する銭形の台詞が印象深い。

「バカモン、俺はヤツのことを知り尽くしている。困難があればあるほどヤツは燃える。メラメラとな!
本当に見事なヤツなんだよ!」


尻に火がついていることにも気付かないほどの熱弁(笑)。
自分の人生をかけて追ってきたルパン三世という男が、他愛のない三流悪党であることなど、銭形の誇りが許せないのだろう。
誰かにそう思われることも、心外だという様子ですらある。
旧ル4話で、同じく看守相手に「ヤツを誰だと思っとるんだ。ルパン三世だぞ!俺が、この俺が人生を賭けて追い続けた男だ!」とも言っていることからも、それが察せられるというもの。
ルパンに対して、愛憎相半ばする、複雑な心理の一端が、すでにこの時から垣間見られる。

このように、銭形はルパンの才能を非常に評価し、彼への侮蔑的な発言を許さない態度を取るために(至って「正当な評価」だとは思うのだが、なかなか理解されないことも多い)、
時に、銭形は「ルパンを愛しておいでですな」などと指摘されることすらある(新ル147)。
この指摘も、半分は合っているのだろうなと個人的には思う。

また、ルパンが死んだと思い込んだり勘違いしたりした時に銭形は、
「お前は俺の生き甲斐だった。いや、最愛の友だった!」(新ル32)や
「俺はお前が好きだったんだ」(新ル82)
という、極めてストレートな発言もしている。これも偽りのない銭形の本音であろう。

いつも逃げられ、裏をかかれ、騙され屈辱を味わされたとしても、互いの才能を認め合い、長年に渡る追いかけっこを続け、ルパンという男を間近に見ているうちに、次第に芽生えていったと思われるこの感情。
自分の中でも銭形は、この気持ちを否定することは出来ないだろう。
だが、ルパンが生きている間はこの「半分」の「本音」を決して明らかにできないのである。

「天使か…魔物か、怪物か…。今こそ、その正体を見極めさせてもらう」

(原作「名画いただき〜ッ」より)


原作銭形の台詞では、かなり衝撃的なものである。
アニメとの最も大きな違いでもあるだろう。
原作では「ルパン三世」の正体は一切不明になっている。国籍・年齢などは勿論、その素顔や性別すらも本当のところは誰にもわからないという設定らしい。
(個人的にルパンは絶対男だと信じてますけど。そうでなくちゃ成立しない話もたくさんあるので)

そんなルパンの謎を解明しようとしているのが、銭形らしい。
銭形はルパン家だけに伝わる暗号や(バカって暗号もすごい^^)、ルパンが素顔をさらしていないことを知っているなど、ルパン本人、そしてルパン帝国に関する研究はただならぬものがあることが伺える。
ルパンの正体を暴く。逮捕と同じくらい、銭形にとっては重大なことなのだろう。
ルパンを知り尽くし、解き明かすためにも。

この台詞を言われた時のルパンは、いつもとは違ってかなり真剣な、怖いような表情をしていた。
「深入りしすぎだぜ」と。
原作ルパンにとっては、ルパン家の掟でもあるし、かなりアンタッチャブルな部分なのだろう。
どれだけ脅されようとも、ルパンがそれを嫌っていると知っても、銭形は容赦なくルパンの変装マスクを剥いだ。
ルパンはアクロバチックな技で(笑)辛うじて素顔をさらすことは避けたけれども…

やはり、この辺が銭形と次元との違いなのだと思う。

(チャットなどでも)色々な方が仰っていたが、銭形はあくまでもルパンの謎を暴かずにはいられない人間で、一方次元は、ルパンの謎なんかわりとどうでもいい、ルパンはルパンだと考えられる人間なのだ。多分。
だから、次元は「相棒」として傍にいることが出来るし、銭形が追う側に回るのは必然なのである。

「貴様が死なんなら俺も死なん」

(劇場版「ルパンVS複製人間」より)

何度もこのサイト内で言ってるけれども(笑)、銭形がルパンに向けて言った言葉の中では、これが一番印象的で、深いように私には感じられ、とても好きな台詞である。

この言葉、裏を返せば「貴様が死ぬなら俺も死ぬ」と言っているのだ。
実際、カットされた「複製人間」の場面の中に、警察官を辞めて寺男(?)になった銭形の1シーンがあったとも聞く。
「風魔一族の陰謀」でも、てっきりルパンが死んだと思っていた銭形はなんと出家しており、その坊主頭姿は非常に忘れがたい。
ルパンという存在がこの世からいなくなってしまったら、銭形もまたこの浮世にいる意味などなくなってしまうのだろう。
そのくらい、ルパンを追うことは銭形が「生きる」ことそのものなのである。

「ルパンVS複製人間」の銭形この台詞だけでなく、行動自体が、警察官としての域を遥かに超えたものになっている。
本来は、警察官たる職務としてルパンを追っているはずの銭形なのだから、もしも上官に追わなくても良い、あるいは追ってはならぬという命令を下されたとしたら、どれほど不本意でも多分普通なら従うだろう。
それなのに銭形はそれならばと、辞職しますと宣言し「個人の力でルパンめを追います!」と叫んで立ち去るのだ。

この作品の中で、銭形にはトシ子という娘がいるという設定になっている。
警視総監に、直前の会話の中で娘のことを持ち出されているし、銭形がその存在を忘れるはずなどないのだから、自分が警察官を辞めたら娘が…ということだって頭を過ぎったりしたかもしれない。
だが、銭形にはまるで躊躇した様子もなく、ルパンを追うことを選んでいる。

命令を違反したらその結果何が起きるのか。
警察官でなくなった自分が追ってどうなるのか。
そんな自分が捕えたとしてどうなるというのか。

そんなこと、すべてお構いなしに、ただただ銭形はルパンを追うことを選んだ。
これは最早「業」としか言いようがない。
理屈なんかであるはずがない。

そして実際、話の最後ではしっかりとルパンの足に手錠を掛け、離れられない状態で(笑)エンディングを迎える。
本当にお見事な信念であり、お見事な執念なのである。

己の「誇り」「生きることそのもの」と密接に関わるルパンという男の存在。
「追いつめて逮捕する」ことによってのみ達成できる銭形の宿願。
そしてそれはイコール宿敵の死をも意味するのだ。(旧ル4話でも死刑を宣告されているし、また暗殺指令が出るほどの泥棒なのだから、ルパンは捕まって逃げられなければ死刑に処されるだろう)

ここが、二律背反の気持ちを抱える銭形の不幸なところなのだが、ルパン逮捕そして彼の処刑という銭形の宿願が果たさせてしまう時、銭形は最も深く絶望を感じなくてはならないのである。

(2003.3.26)


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