Masquerade 3

客達の期待にもかかわらず、一向にルパン三世が現われる気配はなかった。
時間だけがゆっくりと、確実に過ぎていく。
相変わらず、2人の黒服の男に両脇を守られ、「アデラシアの星」は宝石ケースの中に輝いている。
面白い見物を逃してなるものかと、いつも以上に長く居座る客も多かったが、あまりその意図を露骨に表すのもはばかれるらしく、それほど親しくない客達から順にステファーノの館を後にしていった。

屋敷に残った比較的親しい客達の間で、ポーカーやセブンブリッジなどが始められたが、みんなどこか上の空な様子である。明らかにルパン三世を気にしているのだ。


◆ ◆ ◆


そんな時だった。
「トランプにも飽きてきたな。皆さん、マーダー・ゲームでもやってみませんか?」
ステファーノの長男・エンリコが突然言った。
父に似て肥満したエンリコは、36歳という年齢以上に老けて見える男だ。が、その表情や言葉遣いはやけに子供じみている。そのくせ時折マスクからのぞく、上目遣いに人を探るような視線が、いかにもこずるそうな印象を与える。

ペルシア風の衣装を長く引きずり、真っ赤なマスクをつけたエンリコは、父を振り返り、
「さあ、パパもたまには童心に返って。皆さんもここに集まってください」
半ば強引に父を立ち上がらせ、客を集め始めた。ステファーノは、微かに不快そうに口元に皺を寄せた。
「マーダー・ゲーム? 何だそれは。またお前はどうしようもないくだらないことばかり……」
客の手前エンリコを強くたしなめられないものの、明らかにステファーノはこの息子を持て余しているようだった。

最近、最初の妻の子である長男のエンリコではなく、妾腹の子でエンリコと1歳違いの息子・リカルドをステファーノの跡継ぎにするのではないかという噂もたっている。
確かに、エンリコとリカルドでは頭の出来がかなり違っているらしく、あながち面白半分の噂とも言い切れなかった。
そのリカルドは、マスクをしていてもわかるほどに無表情な様子で、異母兄を静かに見つめていた。彼はあまり父ステファーノに似ておらず、小柄だが引き締まった体を前世紀風の軍服に包み、涼しげで知的な雰囲気の男だった。

「マーダー・ゲーム、皆さんもご存知ない? では今説明しますよ。ちょっとこの辺で頭の体操でもしましょう。このゲームなら体も動かせるし。人数もちょうどいい具合だ」
エンリコは満足そうに人数を数える。広間には黒服のボディガードを除き、ちょうど12名いた。
ステファーノ、ロッテ、エンリコ、その妻アナ、ルチア、リカルド。
そしてナポレオン姿の男、ゾロ、鉄仮面、ミイラ男、ファラオ、ヴァイキング姿の男。
全員の視線はエンリコに集まった。

「まず人数分のトランプを。今日は12枚、用意します。他の札は何だっていいんですが、エース、キング、クイーンはそれぞれ1枚ずつ必ず入れます」
エンリコは、トランプを巧みに用意して見せた。9枚の適当な数字の札と、スペードのエース、キング、クイーンの札が入れられ、なめらかな動作で切る。それを、まるで手品師のように優雅に裏を向けて開くと、
「ひとり1枚、自分にしか札が見えないように引いてもらいます。キングを引いた人が『探偵』役。クイーンを引いたら『助手』役。そして、エースを引いた人 が『犯人』役です。探偵と助手は札を見せて名乗り出てください。2人でこれから起き『殺人事件』を捜査してもらおうってわけです」
「お兄様! こんなパーティの席上で、どうしてそんな物騒なことを」
ルチアが抗議の声をあげた。

そんな彼女に対して、エンリコは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「遊びだよ、ルチア!遊び! 本当に殺すわけじゃないさ。当たり前だろう? 推理ゲームをするんだ」
「……」
「いいですか、皆さん。エースを引いた『犯人』は、誰でもいいから『殺して』ください。もちろん、本当に殺したりしちゃいけませんよ」
みんな微かに苦笑した。

「ゲームが始まったら、まず探偵と助手は、一旦部屋の外へ退場してもらいます。そうだな、広間の脇にあるあの控えの間へでも行ってもらいましょう。……探偵と助手が部屋から出て行ったら、部屋の電気を消します。その暗闇の中で、犯人は犯行を行います」
「電気を……?」
非難がましい調子のルチアの言葉を、エンリコは無視して続けた。

「暗闇の中で皆さんは好き勝手に歩き回ってもらいます。そんな中、犯人は頭を殴っても、背中をつついてもどんな方法でもいいです、殺された側が、明らかに 自分が被害者だとわかるように、殺すふりをする。自分が殺されたと思ったら、その人はいかにも被害者らしい声を出して合図してください。その5秒後に電気 をつけます」
「5秒後、ですか?」
興味をひかれたらしいナポレオン男が尋ねた。
「そうです。悲鳴が上がってすぐ電気をつけてしまうと、側にいる人間が犯人だと明らかにわかってしまうでしょう? ですから5秒間だけ暗闇のままにします。電気がついたら、探偵と助手が部屋へ戻って来て、推理に当たるわけです」

「ふーん」
「探偵と助手は、誰にでも質問できます。被害者にも、『どんな具合に殺されましたか?』って訊いて構わない」
殺人事件の被害者に事情聴取ができるというルールがおかしかったらしく、ロッテがキャハハと笑った。
「周囲の生きている人間にも、誰か側を通らなかったかとか、どちらへ動いたかなど訊いて回る。質問できる回数は全部で、そうですね、5つにしましょうか。 あまりたくさん質問できても、すぐ犯人が割れてつまらないですからね。犯人以外は正直に答えてください。……そこで得られた情報を元に、探偵と助手が協議 の上、犯人を名指しする。こういうゲームです」
「へー、おもしろそうだね」
有名舞台俳優だというナポレオン氏が、乗り気な声を出した。それにつられるようにして、客のほとんどがやってみようと口々に言った。

「お兄様、ルパン三世がこの屋敷を狙っているんですのよ。電気を消してうろつきまわるゲームなんかやめてください」
客が乗り気だと知り、大声で反対できなくなったルチアは、エンリコにそっと近づき抗議した。
「大丈夫だって! ルパン三世なんか来ないんじゃないのか? あんなのは愉快犯のニセ予告状でさ。……まあ、仮に来たとしても、ゲームの間もずっとガード のヤツらが宝石ケースの両脇を固めて見張っているわけだし、広間の出入り口もちゃんと警備されている。誰かがおかしなことをしようとしたらすぐにわかるに 決まってるだろ? ルチアはあまりにもお堅いから、なかなかいい男が見つからないんだぞ」
余計なことまで言われカッとしたルチアの白い頬が、一瞬ばら色に染まった。

それまでひそひそとロッテと言葉を交わしていたステファーノが、ようやく全員に向かってこう言った。
「よろしい。ではやってみましょうか。見事犯人を当てた探偵と助手には、私から何か賞品でも出しましょう」
客達が喜びの声をあげる。エンリコは、ほら見ろといわんばかりの視線をルチアに向けた。
ルチアは、軽蔑を含んだ眼差しでそれに対抗した。

エンリコは、電気を消す役を与えたりしているのか、黒服の男たちに何やら小声でいちいち指示していた。その中の1人はそっと部屋を出て行った。
エリンコの方はその後も庭から明かりが入ってくるので、カーテンをしめたりと、やけにこまめに動き回った。
準備はすぐに終わり、エンリコはいかにも楽しそうに宣言した。
「さあ、では始めましょう!」


◆ ◆ ◆

「思ったより、難しいもんですなぁ」
楽しそうにナポレオン氏が笑った。今回は彼が探偵役だったのだが、みごとにはずしてしまったのだ。
1回目は、ゾロが探偵、ミイラ男が助手、被害者がロッテ、犯人がリカルド。ゾロとミイラ男は犯人を的中させ、みんなの喝采を浴びた。
2回目である今回は、ナポレオンが探偵、ファラオが助手、被害者がエンリコで、犯人はなんとルチアだった。
嫌がっていたが、結局参加させられているルチアは、ここぞとばかりにエンリコの頭を強くひっぱたいて「殺した」らしい。エンリコはやけにドタドタ歩いているので、ルチアは暗闇の中でも彼だと知って殴ったのだろう。
「ちくしょう、まだ痛てぇや」
エンリコはぶつぶつ言っていたが、ルチアは気が済んだのか、どこかスッキリした顔をしていた。
が、気を取り直してエンリコはトランプをきった。
「さあ、もう1回だ」

全員にカードを引かせ、余った自分の分のカードを覗く。エンリコはやけに興奮しながら叫んだ。
「今度は俺が探偵だ」
スペードのキングを高々と掲げる。
「私が助手よ」
アナが夫に寄り添った。2人は勇んで控えの間に消えていった。
同時に電気が消えた。暗闇が辺りを支配する。
人々が歩き回る気配だけがする。
暗闇の中、いつ自分が「殺される」かわからない。なかなかスリルのある遊びだった。

後頭部にすごい衝撃を感じ、ゾロ風の男は思わず声をあげた。
「いっってぇ〜ッ!」
その声と、ほぼ同時だった。
「ギャアアアッ!!」
凄まじい絶叫が、暗闇を引き裂いた。

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