Masquerade 4

何も見えない闇の中にもかかわらず、誰もがその絶叫をただごとではないと察した。
それくらい、その声は凄惨なものだった。
「早く、電気をつけなさい!」
ルチアのよく通る声が、暗闇の中に凛と響いた。
部屋の明かりのスイッチの側に、黒服の男が1人立ち、その男がゲームの進行に合わせて電気をつけたり消したりしていたはずだ。暗闇にもどかしさを感じながら、ルチアはスイッチの方へ向かおうとする。
「つ、つきません! スイッチを入れても明かりがつきませんっ!」
明かり係の男の声がした。かなり焦っているのが声の調子からもわかる。

その時部屋の外から、出入り口を守っていた男のひとりが飛び込んできた。
「屋敷全体の電源が落ちてしまっています!」
「何ですって!? 停電なの?」
「いやだぁ!」
混乱が巻き起こった。
絶叫がしてから、どのくらい時間がたったか……
たぶんほんの数分もなかったはずだ。もしかしたら1分もなかったかもしれない。
が、暗闇に閉ざされた中ではその時間は異様に長いものに感じられた。
視野を閉ざす黒い闇が、すべての感覚を狂わせていた。

ようやく明かりがついた。人々は、一瞬眩しさに目をくらまされる。
「自家発電に切り替えました」
報告に来た男の声。その声を、悲鳴がかき消した。
「キャアアアアアっ! ステファーノッ!」
ロッテが狂ったように叫びながら、駆け寄る。
その先には……
床にうつぶせに倒れたステファーノの姿。

「お父様っ?!」
ルチアは、一瞬自分が見ているものが何なのかわからなかった。
(お父様の背中から、何かが突き出している。……あれは、何? なぜお父様は倒れたりしているのだろう)
(あれは……ナイフの柄……?)
ルチアの頭に、ゆっくりと恐ろしい事実が認識されはじめる。
ステファーノの背には、深々とナイフが突き刺さっていた。
ルチアは再び気が遠くなるのを感じた。

「どうしたんだ? 今の停電は」
そう叫びながら、控えの間からエンリコとアナ夫婦が飛び出してきた。そしてすぐに異変に気づく。
「パパ?」
「キャアアア!」
ステファーノは死んでいた。それは誰の目にも明らかだった。刃の長いナイフで背中から心臓を一突き。ほぼ即死であった。


◆ ◆ ◆


「ルパンだ、ルパンの仕業だ! 『マーダー・ゲーム』の間にヤツがやったんだ!」
エンリコが目を血走らせながら叫んだ。マーダー・ゲームの最中に、本当の殺人が起きる……この悪質でまったく笑えない冗談のような事態に、そこにいる全員がぞっと総毛立つ思いだった。
エンリコは慌しく父の遺体から離れた。ステファーノの遺体の元では、ロッテが泣きじゃくり、ルチアが呆然としている。
こんな事態でも、部屋の隅で律儀に宝石ケースを守っていた二人の黒服の男に、エンリコはつかみかからんばかりの勢いで言った。
「おい、宝石を、『アデラシアの星』を調べろ!」
「ちゃんとここにありますが……」 
「バカヤロウ! 偽物にすり替わっているかもしれないだろうがっ!」

そう怒鳴りつけられ、警備役の2人の黒服は慌てて宝石ケースの鍵を取りに行った。警備室に保管されていた鍵を持って、すぐに男が戻ってきた。
全員の異様な緊張感の中、宝石ケースが開けられる。
エンリコはそっと「アデラシアの星」を取り上げた。
「偽物だ……」
「そんなっ!!」
ルチアが悲痛な声をあげる。
「あれが、盗まれてしまったなんて……そんな!」
今まで起こった事態に感覚がついていかず、ただ呆然としていた他の客達も、ようやく一斉に騒ぎ出した。
「そうだ、やっぱりルパンが来たんだ。そして、ステファーノ氏を殺し、『アデラシアの星』を……」
「ルパンの仕業だ」
「早く警察を……」

そんなざわめきの中、ふいに我にかえったかのように、リカルドが顔を上げた。そしてポツリと呟く。
「ルパンが『来た』!? でも、どこから来たんです? いつ?」
一瞬、リカルドが言っている意味がわからず、戸惑う客がほとんどだった。
「なるほど」
そう答えたのは、ゾロ風の衣装をまとった男だった。人々の視線が彼に集中する。彼はまったく取り乱した様子もなく、落ち着いた口調で語った。

「パーティが始まってから今までずっと、この大広間の出入り口では、警備の人間が常に人の出入りを見張っていた。あの『マーダー・ゲーム』の間もです。お かしな人物が入ってこられるはずはない。では、窓から侵入したのか? いいや違う。この大広間の南側はすべてガラス張りの窓だが、内側から厳重に鍵がかけ られている。しかも、お見受けしたところ、ただのガラスではなく防弾ガラスですね? どこにも異常はない。もちろん庭にも警備員の目は光っているでしょ う。ということは窓からも入ってこられたはずがない。……リカルドさんはこうおっしゃりたいわけですな」
「そうなんです。仮にルパンの仕業だとしたら……」
リカルドは冷静に頷いたが、その先を口にするのを一瞬躊躇った。
ゾロ姿の男がおかまいなしにそれを引き取った。
「そう。ルパンの仕業だとしたら、ルパンはすでにこの中にいる。こういうことになりますな」

冷たい沈黙が人々の上に落ちた。
泣き喚いていたロッテまでが、思わず顔を上げた。涙でマスクがひどく濡れていた。
「この中に、ルパンが?」
全員が、お互いを不信の眼差しで見詰め合う。ゴクリと誰かが咽喉を鳴らす音が聞こえた。
「私は、私は違うぞ!」
エンリコが小心さを丸出しにして、手を震わせながらマスクをかなぐり捨てた。自分がルパンではないという証明なのか、人々に顔をさらす。
「私も違う」
「私もだ」
客達も次々マスクをとっていく。ミイラ男姿の男は、急いで包帯を巻き取った。

リカルドも同様にマスクをはずしながらも、いたってクールな声で呟いた。
「ルパン三世は変装の名人だと聞きます。別に顔を見せることがルパンではないという証明にはならないと思いますが」
そんなリカルドを、エンリコは憎しみのしたたるような視線で睨みつけた。
「おっしゃるとおりですな」
ゾロが落ち着き払って答える。彼だけは一向に動揺していないように見えた。
そんなゾロを、リカルドは不思議そうに見つめ、訊ねた。
「あの、失礼ですがあなたは……」
ゾロは礼儀正しく一礼した。
「実はお詫びをしなくてはなりません。このパーティに来る際、私は日本人画家・香山静生と名乗りました。が、招待されていた本当の香山氏は欠席されていま す。私は彼にお願いしてこのパーティの招待状を譲っていただいたのです。任務のためとはいえ、失礼致しました」
「では……」
「私は、ICPOルパン三世専任捜査官の銭形警部であります」
マスクと帽子、そして長髪のカツラを取ると、銭形は一同に向かって敬礼した。

「えっ……?!」
声をあげたのはルチアだった。
なぜか彼女は激しく狼狽していた。助けを求めるような視線をさまよわせる。
「どうかなさいましたか?」
銭形は炯炯と光る大きな目を向け、ルチアに鋭く問い掛けた。
「い、いいえ。……なんでもありませんわ、銭形警部」
ルチアは、どこは歯切れが悪く答えた。

「おい、そういえばアンタは何者なんだよ」
パーティの間はかろうじて礼儀正しく振舞っていたが、ここにきてエンリコはそんな風に態度を取り繕う気をなくしているらしい。完全に素に戻っていた。全身 を中世の鎧で固め、鉄仮面をかぶった男に対し、エンリコはかなり荒々しく訊ねる。他の客達も、唯一顔を見せていない鉄仮面に疑惑の目を向けはじめた。
「顔、見せろよ」
エンリコが無遠慮に詰め寄る。
「おやめなさい!」
ルチアは、鉄仮面の男とエンリコの間に割って入り、身を持って鉄仮面を庇った。黒い切れ長の瞳で、半分血のつながった兄を強く見据え、断固とした口調で言った。
「この方は私の招待したお客様です! 失礼なことをするのは、絶対に許しませんよ!」
「な、何だよ、ルチア。だから誰なんだよ、……お前の客……?」
ルチアの迫力に呑まれ、気圧されたエンリコの言葉は突然頼りなくなる。が、夫を応援するかのように、妻のアナが口をはさんだ。
「でも、怪しいじゃありませんか。まさかその方がお義父さまを……」
「彼ではありませんよ」
そう言ったのは銭形だった。銭形は穏やかに明言した。
「彼がステファーノ氏を殺したのではありません。それだけは断言します」

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