Masquerade 5

「何を根拠にそんなことを……」
エンリコが呟くように、銭形に問い掛けた。彼は、銭形が正体を現してから、さらに落ち着きを失っていた。
銭形は冷静にエンリコの態度を見つつ、穏やかに話し始めた。

「この鉄仮面氏だけは犯人ではありえない。……なぜか。それはステファーノ氏が殺された瞬間、ようするにあの悲鳴が上がった瞬間、彼はこの私をぶん殴っていたからです」
「え……」
「あなた、マーダー・ゲームの犯人役でしたな?」
銭形が鉄仮面の男を振り返る。すると、鉄仮面は鉄篭手をつけたままの手に持っていたカードを、黙って人々に向けた。
スペードのエースだった。
「鉄仮面氏は、どうやらあまりこのマーダー・ゲームに乗り気ではなかったらしいですな。犯人役を引いたはいいが、それほど熱心にゲームに参加していない彼 は、取り立てて足音を忍ばせたり、『犯人』は自分だとバレぬよう気を配ることをまったくしていませんでした。鎧をガチャつかせて近寄り、しかも鉄の篭手を したまま、私の頭を殴りつけるんですから。しかも思いきり」
銭形は、苦笑いしつつ後頭部をさすった。相当痛かったようだ。
鉄仮面は相変わらず無言だった。
その隣には、ルチアがピタリと寄り添い、鉄仮面を守るように立っている。

銭形は、一同を改めてゆっくりと見回すと、さらに続けた。
「そもそも、私は疑ってるんですよ。今日起きたことが、ルパンの仕業だということに」
「何を言ってるんだ!」
エンリコがいきり立った。
「ルパンの予告通り『アデラシアの星』はなくなってるんだぞ! ルパンがやったに決まっているじゃないか! だいたいお前、ルパン逮捕が仕事だろうっ!? だったらとっととルパンを……」
「お兄様、少し黙って!」
突然、ルチアの鞭のように鋭い叱責が、エンリコのキンキン声を遮った。その迫力に、エンリコは思わず黙り込む。
ルチアは、銭形だけを真正面から見つめた。
「銭形警部……でしたわよね?」
「はい」
ルチアは薄く笑ったように見えた。
「あなたは、宝石が盗まれ、父が殺されたのは、ルパンの仕業ではないとおっしゃるのね? どういうことか説明できて?」
「お望みとあらば」
ルチアは、一瞬だけチラリと鉄仮面に視線を向けた。鉄仮面はかすかに頷いたようだった。それに気づいたのは、この中で銭形ただ1人であったが。
ルチアは挑戦的に言った。
「では、説明していただきましょうか」


◆ ◆ ◆


「そもそも、私はその予告状からして本物だとは思っておりません」
語り始めた銭形は、その迫力のある顔つきでひとりひとりを睨みつけるように見回す。
皆、一様に黙りこくって銭形の話を聞いていた。
「今回のルパンの予告状が偽物ではないか。そう思ったきっかけは、ステファーノ氏が、ルパンの予告状が届いたというのに、まったく警察に届けようとしな かったことです。ステファーノ氏は、イタリア警察のお偉方に多くの『知人』をお持ちだ。仮に悪戯かもしれないと思っていても、話くらい通しておきそうなも のです」
銭形は、皮肉な調子で言う。
マフィアと警察の一部が裏で癒着しているのは、有名な事実だった。
「相手は、あのルパン三世です。用心に越したことはない。しかも狙われているのは、あの名高い『アデラシアの星』だ。ステファーノ氏も随分気に入っておられた宝石のようですが」
またしても皮肉な口調だった。
今はすっかり泣き止み、静かに話を聞いているロッテが、びくりと体をふるわせた。
「反面、その予告状を相手にしていなかったというわけでもない。ステファーノ氏は、あちらこちらでルパンの予告状が届いたと語っておられた。この話、シチリアではかなり有名になってました。私が情報をつかんだのも、そのせいです。そして……」
銭形は厳つい顔を、うつむいているロッテに向けた。
「ロッテさん、あなたもあちこちで、この屋敷にルパンの予告状が届いたと喋っておられますな」

銭形がそう言った途端。
ロッテが突然号泣した。床にしゃがみこみ、完全に取り乱して子供のように泣きじゃくる。
「ごっ、ごめんなさぁい〜! アタシ、アタシィ〜ッ!!」
「何だっていうの? あなたが何かしたの? 言いなさいっ!」
きつい調子で、ルチアが問う。そのルチアの口調にさらに萎縮し、ロッテはわあわあ泣きつづけ、まったく話にならなかった。
銭形は、ルチアを制して穏やかにロッテに尋ねた。
「ロッテさん、そんなに泣かんでもよろしい。……正直に答えてください。あなたとステファーノ氏ですな? ルパン三世の予告状を書いたのは」
しばらくしゃくりあげていたロッテだが、かろうじてコクリと頷いた。
リカルドが呟いた。
「自作自演ってわけですか」
「その通り。『アデラシアの星』を、ルパン三世が盗んだと思わせたかったわけです。……目的は、保険金ですね」
銭形の問い掛けに、ロッテは再び頷いた。

「図々しいことをっ! あの宝石は亡くなった私の母のものだったのよっ! 大切な、大切な私の母の形見なのよ! それを利用して保険金を取ろうだなんて……!」
ルチアの激しい怒りに、ロッテはさらに小さくなって泣き続けた。
怒りにふるえるルチアも、なかなか美しかった。
が、鉄仮面がそっと肩に触れると、ルチアは少しきまりが悪そうに沈黙した。
ロッテは、泣き腫らし、涙ですっかりマスカラが流れ落ちてしまった情けない顔で、たどたどしく話しはじめた。
「アタシ、ほ、本当はあの宝石が欲しかった、の。…でも、ステファーノが、あれはル、ルチアさんがお嫁に行くときに持っていくものだから、ダメだって……。どんなにおねだりしても、あれだけはくれなかった。アタシ、なら、お金が欲しいって……ねだって……」
周囲から冷たい視線を浴びせられ、またしてもロッテは泣き伏した。

銭形がなだめすかしてどうにか聞き出せたロッテの話を総合すると、こういうことらしい。
ロッテが、「アデラシアの星」が盗まれたことにすれば莫大な保険金が手に入ると、冗談半分にステファーノに持ちかけた。そうして手に入れた保険金半分を自分にくれというわけだ。
するとステファーノは、その話に思いのほか乗り気になった。
計画の細部を立てたのはステファーノだ。単なるコソ泥に盗まれたことにすると、自分の威信が傷ついてしまう。また、厳重な警備を誇るこの屋敷から盗み出せそうな人間はそういない。
というわけで、有名なルパン三世の名を語る事にしたというわけだ。
パーティの席の余興として、ルパン三世になら盗まれて不思議ではない、ある程度隙のある状況を作り上げる。事前に、「あんな宝石くらい盗まれても構わない」と余裕を見せておき、自分の威信もなるべく保とうというつもりだったようだ。

「ルチアさんにだけは、パーティの終わった後、ステファーノから話をするはずになってたの。保険金目当てでアタシたちの仕業だってことは内緒のつもりだっ たけどォ、本物はちゃんと別の安全な場所にあるから安心するようにって……それだけはルチアさんには言うって。ステファーノは……」
ロッテの涙はまだ枯れそうにもなかった。
銭形は穏やかに尋ねた。
「で、本物の『アデラシアの星』はどこにあるんですかな?」
「予告状が来たことにした時から、こっそりスイス銀行の金庫に預けたって……」

「お父様を殺して、お金を独り占めしようとしたんじゃないでしょうね?」
ロッテに問い掛けるルチアの声は、相変わらず限りなく冷たかった。
「違うわっ! アタシ、ステファーノを殺したりしないわよぉ! どうしてアタシが殺さなくちゃならないのっ! 歳は離れてたけど、アタシ、ステファーノのこと、ホントに好きだったのよぉ〜っ!」
ロッテは銭形に飛びつくように迫ってきた。
「銭形さぁん、アタシ、ほ、本当に殺したりしてないのよォ!」
「わかってます。わかってますから、落ち着いて」

「わかってる? では、父を殺した犯人も……」
ルチアの問いに、銭形は強く頷く。すべてわかっている。銭形の目はそう言っていた。
彼は再び説明をはじめた。
「凶器。まずこの問題がある。外から来た我々は、2度もボディチェックを受けていて、これだけ刃の長いナイフはそう易々とは持ち込めない。持ち込めるとすれば、この屋敷の住人です」
ステファーノの子供たちの間に凄まじい緊張感が走った。
銭形の声だけが広間に響く。
「予告状も偽物であり、ここにある『アデラシアの星』も初めから偽物だった。ルパンによる盗難事件はなかったのです。ルパンがステファーノ氏を殺すわけがない。もともと、ヤツは盗みがらみの殺人は決してしないんですがね」
銭形はうんうんと、ひとり頷いた。
「では、殺したのは誰か。……犯人は、ステファーノ氏とロッテさんの計画を知っていた。そしてそれを利用して、すべてをルパン三世のせいにしようとしました」
異様に張りつめた空気が辺りを支配していた。銭形以外、誰も、何も言おうとはしない。
「ポイントは、マーダー・ゲームと、停電です。あまりにも都合がよすぎるゲーム、そしてタイミングよく起こった停電。すべては計画的に行われました」
誰かが息を呑む音がした。
銭形はゆっくりとその人物の方へ顔を向けた。
一斉に、視線が彼に集まった。

「そうですね? エンリコさん」
銭形は、エンリコを見据えていた。
「奥様のアナさんも共犯でしょう。手を下したのは、ナイフの刺さり具合からしてエンリコさんでしょうけどね」

「馬鹿馬鹿しいッ! なっ、何を証拠にそんなことを言うんだ! 名誉毀損で訴えるぞ!」
「そうですわよ、銭形警部。夫とわたくしは、事件があった時、控えの間にいたんですのよ! 広間と控えの間の扉を見張っていた男に聞いてみなさいな! 誰も扉を開けていないと言う筈ですわ」
ヒステリックなエンリコに比べ、妻のアナは比較的落ち着いており、ふてぶてしく言い放った。
銭形が、控えの間への扉の前にいる2人の男の方へ目をやると、2人とも「電気が消えている間、誰1人としてこの扉を出入りした者はいない」と証言した。
ホラ見たことか、と言わんばかりにアナが鼻を鳴らす。
「わたくしたちには、『アリバイ』とやらがあるんですわ。控えの間で、お義父様のあの恐ろしい悲鳴を聞いたのですから!」

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